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「オペレッタにはまっている男」ことFeriのブログ「オーストリアこぼれ話」へようこそ notes

このブログは、2004年秋から、ウィーンを中心にオーストリアに関連する話題を扱っています。オペレッタやオペラといった音楽の話題から、街角で見かけた(現地の方もあまり知らない)話題まで、幅広い内容を camera 写真入りお届けしています。

当ブログの記事は、お陰様で3300件を越えました。「過去の記事」をお探し場合、左下にある「Categories」で、ご興味のあるジャンルを選択すると、カテゴリー毎に記事を絞り込むことができます。どうぞご利用ください。また、会場や公演情報といった継続的にご利用いただける情報については、Austria-fan.comさんにお願いして、情報を掲載してもらっています。合わせてそちらもご覧いただけると幸いです。

なお、最近、SPAMコメントが増えているため、画像認証方式を採用しています。コメントをお寄せになる皆さまにはお手数をお掛けしますが、ご協力をお願いいたします。

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July 30, 2016

Ernest-Bevin-Hof

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ウィーン17区(Hernals区)の話題が続きますが、今日は「Ernest-Bevin-Hofという住宅団地のお話」です。

17区にFeriが住んでいた頃、すぐ近くに市営アパートがありました。複数のアパートが立ち並ぶ形なので、日本で言うところの「団地」です。

例によって公園を中心としており、16棟の中層アパートが建っています。ウィーン市のデーターによると16棟に230戸の住まいがあるようです。

棟数の割に戸数が少ないのは、中層アパートである上に、一戸の面積が広いのでしょう。

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ただ、最近できた団地ではなく、1956年から建設が始まり、1958年に完成しました。ということは、築58年という物件です。

当時、この周辺は都心部に住まいをもつ人の別荘や古い建物が点在していたそうです。戦後の旺盛な住宅事情に応えるため、自然を生かしつつ、住宅団地の建設が行われました。

今でこそ、トップの写真のように周囲は住宅だらけにですが、当時は、画期的なプロジェクトだったことでしょう。

ちなみに設計を担当したのは、Walter Jaksch、Hans Jaksch、Siegfried Theiß、Franz Peydlというオーストリア工科大学出身の建築家4名です。ただ、いずれの建築家も既に鬼籍に入られています。

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1950年代の設計なので、建物は比較的シンプルなデザインです。ただ、この団地のシンボルとなるのが二棟の「星形アパート」(9号棟と16号棟)です。

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そう言えば、日本にも、このようなデザインの住宅団地があったような気がします。

興味深いのは、各棟の玄関付近に、シンボルとなる植物のレリーフが取り付けられていることです。シンボルとなる植物ですが、ポプラ、イチョウ、トウヒ、松、栗、オリーブなどだそうです。

1950年代後半なので、効率優先ではなく、遊び心のあるデザインが採用されたのでしょう。

築50年が経過したことから、2009年から2012年にかけて、躯体の改修を含めた大規模なリフォーム工事が行われています。その際、暖房装置の取り替え、断熱性能の向上、エレベーターの改修なども行われました。

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July 29, 2016

“Ich Wart draußen!” 愛犬の待機場所

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今日は「ペットの話題」をお伝えしましょう。

このブログでも時々取り上げますが、こちらでは犬を飼っている人が本当に多いですね。また、家族の一員として、色々な場所へ連れて行くのも「当たり前」になっています。

日本では考えられませんが、レストランやバイスル、カフェ、ホイリゲも基本的に愛犬の同伴が認められており、店内で色々な犬を見かけることがあります。

愛犬の入店が認められている背景は、「躾がしっかりしている(ソーシャルスキルが高い)」ことにあるようです。

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実際、ご主人が食事中でも、決して餌をねだることなく、床に伏せて静かに休んでいます。今のように暑い時期には、お店側で水を用意しているケースも多く、水だけは飲んでいます。

左の写真は、Feriが贔屓にしているホイリゲですが、飼い主さんが愛犬に水を与えています。犬も咽が渇いていたのか、尻尾を振って喜んで居ます(尻尾が揺れているのにご注目)。

ところで、いつも気になるのですが、こちらには「犬アレルギー」の人は存在しないのでしょうかね‥

さて、そんな賢い犬たちが入店できないところがあります。それが、スーパーマーケットや食料品店、ドラッグストアなどです。

衛生面で問題があるということなのでしょうが、飲食店も同じような気がするのですが、本当の理由はよく知りません。

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まぁ、肉屋さんなどだと、犬の本能を呼び起こしそうな気もしますが‥

そのため、ウィーン市内を歩いていると、店の玄関先で待機している愛犬をよく見かけます。

日本でもスーパーマーケットなどは、愛犬の入店が禁止されていますが、店の前で静かに待っているケースは少ないような気がします。

その点、こちらの犬は、よその犬と一緒になっても、静かに待機しています。これも躾の成果でしょうか。

興味深いのは、「愛犬の待機場所」の表示です。各店舗とも工夫を凝らしており、これを見るだけでも、なかなか楽しめます。

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July 28, 2016

17区の名所 Bärenvilla(Friedrich von Schmidt-Haus)

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今日は「Feriが以前住んでいた17区Dorunbachの名所」をご案内しましょう。

実は、この名所は、Feriが以前住んでいたDorunbachのアパートからほど近い場所にあり、どこかへ出かけるときは、ほぼ間違いなく、「この名所」の前を通っていました。さすがに「歴史と伝統のある街」ウィーンです(笑)。

実は、17区のアパートを紹介してくれた友人から、契約前にアパートを見学した際、“ここは有名な建物ですよ”と教えてもらったことがあります。

確かに普通の建物に比べると趣のあるデザインです。その名称はBärenvilla(Friedrich von Schmidt-Haus)。

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かつて、この建物を所有していたのはFriedrich Schmidt(フリードリッヒ・シュミット)という人物です。この名前を聞いて、ピンときたあなたは、かなりの「ウィーン通」です。

Friedrich Schmidtは、あの有名なウィーン市庁舎(Wiener Rathauses)を設計した建築家です。いぁー、すごい人物がFeriのアパート近くにお住まいだったのですね。

現在のウィーン市庁舎は、1868年に実施されたコンペで、ドイツ出身の建築家Friedrich Schmidtの案が選ばれました。彼の設計を元に、1872年から建設が進められ、1883年に完成しています。

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ドイツ出身の建築家なので、ドイツにも同氏の設計した建物が多数存在していますが、ウィーンにもLazaristenkirche(Neubau)、Pfarrkirche St. Othmar unter den WeißgerbernKirche Maria vom Siegeといった教会をはじめとする優れた作品が残っています。

この建物ですが、更地に最初からFriedrich Schmidtが設計して建てたものではなく、1860年にブドウ栽培農家の住まいを手に入れたものだそうです。

ちなみに、この周辺には現在でもワイン用のブドウ畑が存在しています(ブドウ畑周辺はFeriの散歩コースでした)。
17区の住まいは、ウィーン市庁舎を設計する前に入手したことになります。この住まいで、構想を練ったのでしょうか。

既存の住まいを手に入れた建築家のFriedrich Schmidtが、それの満足するはずはなく、リフォームと増築を実施します。

当然、その際、ウィーン市庁舎のスタイルを取り入れたのは言うまでもありません。何しろFriedrich Schmidtの代表的な作品ですから‥

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July 27, 2016

SCHRAMMELMUSIK発祥の地

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今日は「SCHRAMMELMUSIKの話題」です。

Feriが、以前、住んでいた17区のアパートからほど近いところに「Schrannelpark」という小さな公園がありました。これは散歩の途中、偶然、見つけたものです。

公園内には写真のようにコントラギターをモチーフにした「SCHRAMMELMUSIKの石碑」が建立されています。そこで、ちょっと気になったので、色々と調べて見ました。

皆さまもご存じのようにウィーンの民族音楽であるSCHRAMMELMUSIKは、ヴァイオリニストのヨハン・シュランメル(Johann Schrammel)と、ヨーゼフ・シュランメル(Josef Schrammel,)兄弟により生み出されたものです。

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Schrammel家は、両親ともに音楽家(父親はクラリネット奏者、母親は歌手)という音楽家一家だったそうで、幼少の頃からバイスルなどで演奏活動をしていたようです。

シュランメル兄弟は Ottakringで生まれており、ウィーンを中心に活動をしています。後にAnton Strohmayer(コントラギター奏者)、Georg Dänzerとカルテットを結成し、独特のシュランメル音楽をホイリゲなどで演奏していました。活動の拠点はヌスドルフ周辺のホイリゲだったという話もあります。

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では、シュランメル兄弟と17区は、どのような関係があるのでしょうか?

実は、後年、兄弟が住んでいたのが、現在17区の区役所があるElterleinplatzにほど近いKalvarienberggasse 36/Rötzergasse13だったことがわかりました。また、お二人とも、この地で亡くなっており(Johann Schrammelは1893年、Josef Schrammelは1895年)、それぞれHernals墓地に埋葬されています。17区に縁のある音楽家兄弟だったという訳です。

そのため、Elterleinplatzの中心には、写真のようなモニュメント(Alszauberbrunnen)が建立されています。

ちなみに、このモニュメントは1932年に建立されたもので、Johann Schrammel,、Franz Paul Fiebrich、Alfred Rondorf 、Willi Strohmayerという4人の奏者が演奏しているブロンズ像が置かれています。

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July 26, 2016

変わったお店シリーズ112 奥に引っ越した自転車屋さん

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ドイツでは、このところ難民による事件が続発しており、不安が募っているようです。

ミュンヘンの事件では、SNSで「犯人が複数存在する」という不確実な情報が流れたため、警察当局も事実が明らかになるまで、厳戒態勢を敷いたようです。

また、一部の報道によると、オーストリアから警察系特殊部隊コブラ(Einsatzkommando Cobra)の隊員が40名、派遣されたようです。ドイツの事件にオーストリアの特殊部隊が出動するとは思ってもみませんでした。

さて、今日は「変わったお店シリーズ」をお届けしましょう。

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以前は“ウィーンは自転車が活躍している割に自転車屋さんが少ない”という見当違いのコメントを書いたことがありました。実際、ウィーン市内を散歩していると、実は意外な場所で沢山の自転車屋さんが営業をしています。

日本では、基本的に完成品の自転車を販売するところが多いと思いますが、こちらでは完成品の販売に加えて、各種自転車用品や改造用のパーツなども幅広く販売しているお店が多いようです。

そのため、自転車屋さんの中には、専用の工房を店内に併設しているところもあります。

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今日、ご紹介する自転車屋さんですが、実は、以前は38系統の路面電車が走っている表通りに面した場所で営業をしていました。

表通りに面しているため、ロケーションとしては最高なのですが、数年前に表通りの店をクローズして、ちょっと奥まった場所に移転してしまいました。

「奥まった場所」ですが、いわゆる住宅街の中で、近くに自動車修理工場、家具工房はありますが、飲食店をのぞくと、いわゆる商業施設はほとんどありません。閑静な住宅街の中にあります。

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July 25, 2016

突然の出会い 民族音楽の足跡

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今日は「民族音楽家の史跡にまつわる話題」をお届けしましょう。

皆さまもご存じのようにウィーンには、様々な音楽家に縁がある史跡が点在しています。クラシック音楽ファンのみならず誰もが知っている音楽家から、地元に密着した民族音楽作曲家まで、本当に幅広い人たちが活躍していたことがわかります。

そういう意味で、言い古された言葉ですが「音楽の都」だと思います。

今日は、そんな音楽家の史跡から、民族音楽作曲家のケースをご紹介しましょう。先日、馴染みのホイリゲに行く途中、16区のNeulerchenfelder Straßeで写真のような壁画が描かれている建物を見つけました。

この壁画ですが、正直、Feri好み。まず、窓を囲む形でデザインされているところが素晴らしいですね。そして、教会らしい建物と、左にはシュランメル音楽では欠かせないコントラギター(Kontragitarre)が大きく描かれています。

さらに下には楽譜の一節が描かれていますが、その手前にはワインのデキャンタが‥

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言葉はわからなくても、ホイリゲと関係が深いシュランメル音楽に関する音楽家がお住まいになっていた場所であることがよくわかります。

後日、写真を分析したところ、Hans v. Frankowski(1888~1945)と書かれており、この壁画の人物はグラーツ出身の音楽家であることがわかりました。

Hans v. Frankowskiはペンネームで、本名はJohann Edler von Frankowskyと言うそうです。1988年11月3日、グラーツに生まれ、幼少期にウィーンに移り、シュランメラン音楽の作詞・作曲、演奏などを行った方です。

この壁画に描いてある文章から、Hans v. Frankowskiは第二次世界大戦末期の1945年1月15日、連合軍の空爆によって奥さまとともに、この場所でお亡くなりになったことがわかりました。

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July 24, 2016

懐かしの公衆FAX

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日本でも大きく報道されているようにオーストリアに隣接するドイツで、立て続けに悲惨な事件が発生しました。テロとの見方もありますが、まだ背景がはっきりしていないようです。

今のところ、オーストリア国内では、このようなテロ事件は発生していませんが、トルコの軍事クーデター未遂事件が報じられると、オーストリアに住むのトルコ系住民が、無許可のデモ行進を展開し、エルドアン大統領の支持を訴えると同時に、クーデター派を批判したそうです。

また、ウィーン市内では、クルド系レストランがデモ参加者に破壊されるという騒動も発生しています。幸い、大事には至りませんでしたが‥

ちなみにオーストリアには、約28万人のトルコ住民がいるそうですが、そのうち13万5000人はトルコ国籍保有者と言われています。

今後、トルコのクーデター未遂事件を受けて、クーデター関係者が粛正を恐れて、オーストリアへやってくるのではないか‥という見方も出ています。

いずれにしても、ヨーロッパ全体が揺れ動いているといっても良いでしょう。

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ただ、今のところオーストリア国内は、基本的には平静なので、夏にいらっしゃる皆さまも、極端に心配されることはないと思います。ただ、用心には越したことはありませんが‥

さて、今日は「通信手段の話題」をお伝えしましょう。

今では携帯電話やインターネットの普及により、通信手段も多様化したのは、皆さまもご存じの通りです。

とくにインターネットが普及する前、オーストリアから日本へ連絡をとるのは、それなりに大変でした。

最もポピュラーな通信手段は電話。日本でも、一部場所に国際公衆電話が設置されていますが、こちらでは基本的に公衆電話は、総て国際通話に対応しています。

まぁ、考えてみれば隣国のドイツやイタリアなども国外になるので、日本以上に国際電話の需要が多かったためでしょうね。

以前もご紹介したように、クレジットカード対応の公衆電話も多く、手持ちの小銭を気にすることなく、電話をすることができました。

その昔、Feriも、オーストリアを旅行中、日本の留守宅に国際公衆電話から連絡を入れたことが何度もあります。

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さて、もう一つ、電話回線を使った通信手段にFAXがありますが、こちらの方が文章を送ることができるので、海外では便利な場合があります。

特に国際電話の場合、どうしても距離が長いと応答にタイムラグが生じて、会話が重なってしまうことがあります。そのため、双方が慣れていないと、言葉が重なってしまい、会話が成立しないということも‥

その点、FAXは、一方通行ですが、こちらが必要な情報をまとめて送ることができるので、確実な通信手段です。

最近はインターネット経由の電子メールが普及したため、FAXを利用する人は減っているようですが、操作が簡単ですから、根強い愛用者もいらっしゃるようです。

ところで、以前は、ヨーロッパの国際空港などには公衆FAXが設置されていました。写真はドイツのフランクフルト国際空港に設置されていた公衆FAXです。

もちろんFAX専用機ではなく、通常のFAXと同じく電話機と併用です。使い方は、通常の公衆電話と同じですが、FAXという性格上、途中で電話回線が切れてしまうと困るので、クレジットカード専用になっていました。

原稿をセットしてから、レジットカードを通してデポジットを行い、その後、FAX番号をダイヤルするというものです。

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July 23, 2016

上下分割方式の功罪

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今日は「鉄道の運営方式にまつわる話題」をお伝えしましょう。

最近、イタリアやドイツで、旅客列車同士の正面衝突事故が起こり、多数の死傷者が発生しています。

以前に比べて、正直、信じられないような鉄道事故が続くヨーロッパ。オーストリアでも、残念ながら鉄道事故は、時々、発生しています。

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2015年7月には、Leopoldauで貨物列車と近距離列車の衝突事故が発生していますが、最近、オーストリア運輸省が事故原因を発表しました(画像は、その内容を伝えるKURIER)。

ちなみに、この事故による経済的損失は250万Euroだったそうで、「過去3年間で最悪の事故」と断定しています。

当局の調査によると、事故の発生要因は、保安施設の故障などではなく、ダイヤの乱れが遠因だったようです。

つまり、ダイヤが乱れていたため、本来、停止しなければいけない列車が進入して衝突した‥という訳です。運転士の信号見落としのようですね。

ヨーロッパで、このような鉄道事故が増えている要因の一つに、国鉄民営化の際、「上下分割方式が採用されたことにある」という意見があります。

上下分割方式とは、線路を管理するインフラ会社と、実際に列車を運行する会社が別れている方式です。

当然、列車運行会社は旅客会社と貨物会社に別れています。さらに最近ではEUのオープン化政策により、旅客列車については、複数の会社が運行するのが基本になってきました。

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July 22, 2016

アスレチックマシンがある公園

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今日は「公園の話題」をお伝えしましょう。

ウィーンは街の規模に比べて「公園の多い都市」ですね。旧市街のブルグガルテンやシュタットパークなどは、いつも人で賑わっています。

また、各区でも公園の整備に力を入れているのは、このブログでもご紹介したとおりです。いわゆる「庭園系の公園」も多いですが、意外と多いのがスポーツ施設を併設しているところです。

日本では、ボールを使ったスポーツを禁止している公園もありますが、こちらでは写真のように「金網で完全に囲っている専用スペース」を用意しており、ボールが公園外に出ない工夫がなされています。

さらに、日本では、事故発生のリスクから、撤去が進む傾向がある児童用遊具を設置してある公園も、沢山あります。

興味深いのは、児童用遊具を設置してあるゾーンについては、地面に「木の皮」が敷き詰められており、転んでも怪我をしないような配慮がなされています。

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こちらについても、ゾーンで分けられているのが一般的で、遊具のあるゾーンへは愛犬の立ち入りも禁止されています。

利用目的に合わせて「ゾーニング」をしているところが、見事だと思います。さらにウィーン市の公式ホームページには、各公演に「どのようなゾーンが設置されているか」(例:Spielplatz、Eingezäuntes Spielareal mit speziellen Spielgeräten für Kleinkinder、Trinkbrunnen、Ballspielkäfig、Hundezone)を掲載しています。

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そのため、現地に行く前に、利用者のニーズに合っている公園かどうかを確認できます。さすがに税金が高いだけのことはあります(以下、自粛‥)。

そういった努力をせず、何か問題があると設備を撤去してしまうという発想には疑問を感じますが‥

さて、前置きが長くなりましたが、先日、散歩の途中でアスレチックマシンを設置してある公園を見つけました。場所は16区(Ottalring区)、区役所前にあるRichard-Wagner-Parkです。

このアスレチックマシンですが、「FreeGym fitness im freien」という総称がついています。

設置されている機具はBRUSTPRESSE(チェストプレス)、LATZUG(ラットプルダウン)、CROSSTRAINER(クロストレーナー)の3種類で、それぞれ、使い方の解説プレートが取り付けられています。さらに、使用できる人の体重、身長なども書かれており、本格的なマシンであることがわかります。

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July 21, 2016

祝 Gotthard-Basistunnel 完成 ÖBBの3大トンネルプロジェクトは今‥

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今日は、ÖBBが進めている長大トンネルプロジェクトのご紹介です。

2017年6月、17年の歳月をかけて建設が進められていたスイスでGotthard-Basistunnel(ゴッタルドベーストンネル)が開通し、日本でも「青函トンネルを抜いて、世界最長の鉄道トンネルになった」と大きく報道されました。

開通式典には、スイス政府の幹部に加えて、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相も参加するなど、周辺国の期待が高いことがうかがわれます。

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なぜ、周辺国の期待が高いかと言えば、それは、環境保護を主たる目的にトラック輸送を鉄道輸送に転換させる機能が重視されているからです。

従来からも、ゴッタルド峠ではトラックなどを貨車に搭載して運んでいましたが、如何せん、急勾配区間があるため時間がかかっていました。

そこで、貨物列車の運行を楽にするため、「山のベース」つまり、山脈の下方に長大トンネルを建設し、山を登らずに緩やかな勾配で、同区間を抜けるという発想で建設が計画されたものです。

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「山のベース」を通るため、ベーストンネルという名称になった訳です。ちなみに、無理に日本語に訳すと「基底トンネル」になります。イラストを見ると「ベース」の意味がよくわかると思います。

スイス国鉄が公表している資料を見ると、在来線経由の場合、機関車2台を連結した重連運転で牽引可能なのは1400トンです。

それ以上の場合は、貨物列車の後部や中間に電気機関車を補助機関車として連結する必要がありました。ちなみに後部に補助機関車を連結した場合は1600トン。中間に補助機関車を連結した場合は1800トンでした。

一方、新線開業後は、機関車を重連で運行した場合、2000トンの貨物列車が運行可能で、単機でも1600トンを牽引することができます。つまり、電力消費量や運行乗務員の削減に大きく寄与する訳です。

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