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September 14, 2004

チロリアン航空と客室乗務員のお話

dhc-7b.jpg

オーストリアにインスブルックを拠点にしているチロリアン航空という会社があります。
現在は、航空自由化と競争激化を受けて、オーストリア航空グループに入り、名称もオーストリアアローズに変更されています(ただし、会社は存続しているようで、時刻表には「運行はチロリアン航空」の文字が見られます)。

今から15年くらい前になりますが、友人と二人でオーストリア旅行をしているとき、ひょんなことから“インスブルックからウィーンまでチロリアン航空に乗ってみない?”という話になり、現地で航空券を購入して、搭乗したことがあります。当時使用していた機材は、カナダ製のDHC-7(ダッシュ7)というターボプロップ4発のものです(写真の飛行機です)。これはインスブルック空港が、山に挟まれている関係で、上昇性に優れた機体が必要だったことが要因のようです(当時は短距離離発着ができる中型機材は限られており、実質的にはDHC-7が唯一でした。現在は、より効率的な双発機DHC-8に変わってしまい、残念ながら今は見ることができません)。定員は60名強で、ちょうどYS-11とほぼ同じ大きさです。
当時は今のようにインターネットもありませんでしたので、事前の情報もなく乗ったのですが、びっくりしたことがあります。

それは、客室乗務員が、皆ディアンドル姿だということです。つまり、チロリアン航空では制服がディアンドルだったのです。客室乗務員は保安要員としての性格が強いため、活動的な服装が多いのですが、これには驚きました。まさに、「空飛ぶホイリゲ」です。
さらにびっくりしたのは、各座席に用意されている機内誌に、運行乗務員を含む全乗員が写真入りで紹介されていることでした(全員というのがすごい)。今だったら、ストーカー行為に走る人が出てきそうで、とても考えられませんが。
ですから、搭乗して、機内誌を見ると、“あっ、今日はマリアさんが乗っている”と、すぐわかる訳です。今ではEU内の近距離国内線では、エコノミークラスの場合、食事のサービスはなくなりましたが、当時は、国内線にもかかわらず、立派な機内食(コールドディッシュですが)が提供されたことを覚えています。当時、定期便に使っていたDHC-7は、わずか2機。大変小さな会社で、いかにも「オーストリア的な航空会社」という印象を持ち、一度でファンになってしまいました。その後も、日本からオーストリアへ行くとき、ザルツブルクやインスブルックに行く際、チロリアン航空のお世話になっています(余談ですが、昔は日本の航空会社でTyroleanAirwaysを読めない係員がいました。いちど私が読み方を教えてあげたことがあります)。

その後、急速に路線を拡張し、機材もターボプロップ機に加えて、ジェット機のフォッカー70やカナディアCRJ(これは、今は日本でもJ-AIRやフェアリンクで運行されています)などが加わり、ヨーロッパ内国際線の運行も始まりました。これにともなって、「古き良き手作り航空会社」の雰囲気はなくなってきましたが、ディアンドル姿の客室乗務員は健在です。
なお、もう一つ、新興航空会社に、F1レーサーだったニキ・ラウダ氏が創設したラウダ・エアがありますが、これについては、また、改めてご紹介しましょう。

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