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November 2004

November 30, 2004

ウィーン路面電車博物館(Strassenbahnmuseum)

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ウィーンに一度でも行った方は、赤と白のツートンカラーの路面電車が印象に残っていると思います(この配色は、ウィーン市の旗と同じ)。ウィーンは町並みが美しいので、外が見えない地下鉄よりも路面電車の方が、観光客には楽しめます。

さて、ウィーンには「路面電車博物館」(Strassenbahnmuseum)という施設があります。
場所はU3か、路面電車18系統(こちらは終点)のSchlachthausgaseの近くにあります。駅から見えないので、「本当にここにあるのかな?」と思いますが、駅にある周辺地図を見て行けば、迷うことはないでしょう。5分ほどで到着します。

開館は5月~10月の土曜日、日曜日、祝日に限定されているため、注意が必要です。入場料は大人2ユーロで、入口近くにある事務所で支払います(ここは売店も兼ねていて、以前ご紹介した路面電車や地下鉄の模型、書籍などを販売しています)。

この博物館、昔の車庫を転用したもので、路面電車のみならず、ウィーン市内で活躍していたバスや馬車など、90両以上が保存・展示されており、同館によれば「世界最大の路面電車博物館」と言われています(真偽のほどは確かめておりません。あしからず)。

展示されている路面電車の中には、「電気鉄道100周年」にあわせて、動態に復元された車両もあります。なお、通常、保存車両は、屋外に出されることがなく、車庫内保管が原則となっているので、状態は良好です。また、保存を優先するため、車内などには入ることはできません(一部は見学用のデッキから車内をのぞくことができますが)。
路面電車以外では、二階建てバスや、ちょっと前に旧市街を走っていたシティ・バス(結構ユニークな形をしていて、一度見たら忘れることはできません)なども保管されています。

路面電車ファンにとっては、歴史的な車両が多く、魅力あふれる博物館なのですが、狭い車庫にぎっしりと詰まっているため、写真撮影にはあまり向きません。私も過去、何回か訪問していますが、最近の方が保存車両の復元も進み、状態も良くなっているようです。

ところで、ウィーンには一時アメリカ製の路面電車が走っていた時期があります。これは、第二次世界大戦後、爆撃で破壊された路面電車を補充するため、占領国だったアメリカが送り込んだものです。色はウィーン・カラーですが、車体のデザインはアメリカ・スタイルで異彩を放っていました。

また、動態で保管されている路面電車が、各種イベントで市内を走る機会があります。鉄道ファンの皆様にとっては、こちらの方が魅力的でしょうね。

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November 29, 2004

“地ビア”万歳

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今日は、私の好きなビアのお話です。
日本でも、一時、「地ビール」が、「ブーム」になったことがありました。規制緩和の流れのなかで、「地域興し」の一環として、始まったものです。
ドイツの醸造技術を導入し、小型の醸造設備で生産されているものが多く、地酒を製造する酒造メーカーなどが、製造していることが多いようです。出張で、地方を訪問すると、駅や空港などで、「地ビール」を見ることができます。いずれも、その土地ならではの個性豊かな名前が付けられており、楽しいものです。
しかし、営業的には、かなり厳しいようです。日本の「地ビール」は、生産量が少なく、製造コストが高いため、販売価格も高くならざるを得ません。

日本人は「ビア=手軽な飲み物」(これが、飲食店でアルコール飲料をオーダーする時の「まず、ビール!」という発言に、良く現れています)という認識が強いため、値段の高い「地ビール」は、観光客が試しに飲むことはあっても、地元での継続的飲用には、なかなか結びつかないようです(何しろ、「ビール風アルコール飲料」が値段で大ヒットする国ですから…)。

ドイツの場合、「日本の地酒」と同様に、各都市で、様々なビアが醸造されています。また、値段も、特殊なものを除いて、どこへ行っても同じ値段です。

さて、オーストリアでは、ドイツほど地場密着のビア醸造は盛んではないようです(州単位で、比較的大きな会社があるような感じがしますが…)。とは言っても、ワインと同様、日常生活に欠かせない飲み物なので、「こっそり、ひっそり、目立たず」醸造している会社は存在します。当然、「こっそり、ひっそり、目立たず」なので、ウィーンなどでは、お目にかかるケースは、まずありません。その醸造会社の地元へ行くと、レストランなどで提供される仕組みになっています。幸い?銘柄の名称が入ったビアグラスやビアマグで提供されるので、銘柄がすぐにわかる仕組みになっています(最も、中身とグラスが違っていたら、それまでですが…)。また、希に道路沿いや鉄道沿線に、醸造所があります。

ある年、チロル州のツィラータール(Zillertal)を訪問した時のことです。ツェル・アム・ツィラーという町を通りかかったとき、たまたま道路沿いに醸造所らしき建物が見えました。車を近くに止めて、その建物を見ると「ZillertalBeer」との看板が… そう、「この谷のビア」を作っている醸造所だったのです。道路からもビアを作る時の独特の香りが漂ってきます。また、道路からは銅製の機械が見えました。お願いしたら、見学ができたかもしれませんが、次の予定もあったので、ちょっとだけ見て、目的地のヒンターツゥークスへ向かいました。

その日は、ヒンターツゥークスの麓にあるマイヤーホーフェンに宿をとったのですが、真っ先に飲んだのは、先ほど醸造所を見つけた「ZillertalBeer」であるのは、言うまでもありません。いくらビアの需要が高いとは言っても、この谷だけで商売になるのでしょうか? チロルの谷にあった「小さな醸造所」の発展を祈りながら、グラスを傾けました。

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November 28, 2004

エディタ・グルヴェローバさんのドナ・アンナがウィーンで実現

今年のウィーン国立歌劇場来日公演は、台風が来るは、地震が起こるはで、来日された歌手、楽団員をはじめとする皆様は、さぞかし驚かれたと思います。でも、次も来てくださいね。さて、

2005年1月にウィーンシュタットオパーで上演される「ドン・ジョヴァンニ」に、エディタ・グルヴェローバさんが出演することが決まったようです(役はドナ・アンナです)。
指揮は、小澤征爾さんが予定されており、来日公演の再演(トーマス・ハンプソンさんは出ませんが)となります。私は、小澤征爾さん指揮のモーツァルトをウィーンで聴いたことがありませんので、何もコメントできませんが、現地でどのような評価が下されるか、興味深いところです。

あいにく、私は現地には行けませんが…

ご存じのようにエディタ・グルヴェローバさんの、2004/2005年シーズン最大のハイライトはシュタットオパーの「ノルマ」上演でしょう。

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November 27, 2004

西洋なし

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西洋なし
今日は、果物のお話です。
私が子供の頃、洋なし(現在は、西洋なし)と言っていた果物があります。最近では、“ラ・フランセ”という名前が一般的ですし、品種改良で、オリジナルの名前がついたものも沢山あります(先日の頂き物では、ルレクチエというのがありました)。ドイツ語では“birne”と言うようです。

日本では、好みの分かれる果物の代表でしょう。ちなみに、「洋なし」が「西洋なし」に改名された理由ですが、「洋なし」=「用無し」だとか…ちなみに、こういった「ごろ合わせ」はオーストリアにはあるのでしょうかね?
西洋なしは、16世紀頃からドイツやイギリスで栽培されはじめ、18世紀のイギリスで代表的な品種のバートレットが発見されたようです。これが明治の初めに、日本に入ってきました。山形県では、古くからのなし産地である高畠町で、明治8年から植え付けがはじまったと言われています。

当時は、実ったはずの果実を食べようとしても、石のように固くてまずいのです。「こんなもの食べられないと捨てておいた。それが、時間がたつと黄ばんで香りがしてきたので、拾って食べたところおいしかった。収穫の後に熟させてから食べることに初めて気づいた」という笑えない記録があるそうです。今でも、日本の都市部では、熟す前の「西洋なし」が入荷しますから、自宅で、「熟してから」食べるのが「おきて」です。しかし、このタイミングが難しい。
一方、現在では「西洋なし」の代名詞となった「ラ・フランス」は1864年、フランスのクロード・ブランシュ氏が発見したようです。そのおいしさに「わが国を代表するにふさわしい果物である!」と賛美したことから「ラ・フランス」と名前がついたと言われています(もっともらしい話ですが)。

「ラ・フランス」は、別名「バター・ペア」と言うようです。特有の芳香と、果汁がしたたるち密な肉質は、まさに西洋なしの最高峰です。初めは、一部の人向けの「高価な果物」としてわずかに出回っていたようですが、グルメブームの到来で、広く一般的に入手できるようになりました。
専門家のお話ですと、「ラ・フランス」は西洋なしの中で一番開花が早いため、実がなるまで期間を要します。生育期間が長ければその分手間がかかる上に、病害虫や台風の影響も受けやすいとのことです。そのため、故郷のフランスでは、作られなくなったようです。

「幻」の西洋なしと言われる品種に「ルレクチエ」 があります。こちらは、明治36年に、新潟県の生産農家により、故郷フランスから1本の苗木として導入されたとのことです。数ある西洋なしの中でもその栽培方法は難しく、また果実が落下しやすく、安定した収穫もできないため、なかなか栽培面積は増えなかったようです。その後、農家の皆様の研究開発で、今では高級フルーツとしての地位を確保しています。

ところで、現在、日本では多種多様な「西洋なし」が発売されています。名前も、「ラ・フランス」、「バートレット」、「ブリックリンク」、「デボー」、「ブーレボスク」、「シルバーベル」、「ゼネラル・レクラーク」などなど、もう覚えられないような状態です。

さて、オーストリアで発売されている品種は、残念ながらよく知りません。しかし、5月から9月くらいまでは、マルクトに並んでいます。また、ホテルの朝食で提供されることもあります。以前、8月に宿泊したホテルの朝食で、「西洋なし」があったので、試しに食べてみましたが、堅くて、日本の「西洋なし」とは全く食感がことなりました。どちらかというと、リンゴに近い食感でした。その後、別のホテルでは、日本の食感に近い「西洋なし」に出会いました。きっと、品種が違うのだと思います。
よく、マルクトで「2キロ○○ユーロ」という看板を見かけます。ウィーンに「住んでいる」のであれば、飛びつくのですが、滞在期間が短いため、いつも見るだけです。
ウィーンに長期間滞在して、思う存分、西洋なしを食べ尽くしたい…という欲望に駆られることがあります。
これだけでも、変人ですな。

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November 26, 2004

天使は路面電車でやってくる

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今日は、クリスマスにまつわるお話です。
オーストリアではクリスマスは、大切な宗教行事で、某国のようにクリスマス=年末商戦の第一弾ではありません。とは言っても、最近はウィーンを中心にクリスマス商戦も盛んになりましたが… ただし、某国のように26日になると一成に松飾りにはなりませんが…

さて、このような「時代の変化」でしょうか、クリスマスの時期になると、ウィーンでも様々な企業PRが行われるようになりました。

12月にウィーンを訪問すると、夜はオペレッタやオペラ鑑賞ですが、午後はクリスマス市を訪ねて、屋台を見て回るのが日課になっています。当然、グリューワインを頂きながら(グリューワインについては、改めてご紹介します)。

ある年、ラートハウスプラッツのクリスマス市を訪れた時のことです。一通り回って、ホテルへ戻るため、シュトラッセンバーンの停留所へ戻ると、そこへピンクの路面電車(臨時列車 ゾンダーツーク)がやってきました。車体には、某有名お菓子メーカーのロゴが…(このピンクは、このお菓子メーカーのカラーなのです)。

ラートハウスの停留所に止まると、突然、ドアが開いて、天使が登場。そして、同社のお菓子のサンプルを配り始めました。停留所付近にいた子供たち(一部は大人も)は、大変です。皆、お菓子のサンプルをもらうため、天使の元へダッシュ。

あっけにとられているうちに、天使を乗せたピンク色のシュトラッセンバーンは、シュタットオパー方面へ走り去っていきました。

楽しいアドベンのエピソードです。さて、今年は、どのような驚きがまっているのでしょうか?

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November 25, 2004

自動販売機、あれこれ

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今日は「自動販売機の話題」その2です。
以前、クレジットカードが使える自動販売機をご紹介しましたが、今日は、「売っているもの」がちょっと変わった自動販売機をご紹介しましょう。
といっても、花束まで売っている日本にはかないませんが…

実は地方に行くと、牛乳やソフトクリームの自動販売機を見かけることがあります。「別にどちらも珍しくないよ」という声が聞こえてきそうですが、実は、日本の「それ」とは全く違います。

まず、牛乳は「缶」や「パック」ではありません。何と、カップを機械に入れて、お金を入れ、ボタンを押すと……そのカップに「生乳」が出てくる…というものです。

次に、ソフトクリームですが、日本でもホテルなどで、パッケージされたアイスクリームが出てくる自動販売機はあります。しかし、オーストリアの自動販売機は、気合いが違います。何と、コーンをとって、自分で機械の中に入れて、お金を入れ、ボタンを押すと、ソフトクリームが出てくる… 当然「盛りつけ」は自分で上手に行わないと、コーンからはみ出してしまうようです。

自動販売機の普及率が、低いと思われるオーストリアにもかかわらず、この「凝りよう」は何でしょうか? 私は試したことはないのですが、利用状況にも興味があります。

なお、日本でしたら「食品衛生法」等の法令に引っかかりそうで、まず、保健所の営業許可が出ないと思います。
以外なのは、大都会ではなく、地方都市に、「この手の自動販売機」が設置されている…という点です。理由は不明ですが、食材の供給が容易にできるというのも要因かもしれません。

なお、写真はザルツブルク州の「ある町」で見かけた「生乳」の自動販売機です。もちろん、中に乳牛が入っているわけではありません。

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November 24, 2004

オーストリア人はF-1レーサー?

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今日は、ドライブのお話です。レンタカーなどを借りて、オーストリアでドライブをしていると、「追い越し」をかけられることがあります。
高速道路等で、追い越し車線があるところでしたら、別に驚くような話ではありません。しかし、片側一車線の一般道路を走行中、後続車両に追い越されることが多数あるのです。

追い越す車のナンバープレートを見ていると、いわゆる「地元」の車が多いようですが、当然、制限速度を超えています。明らかに低速で走行している農業用車両などを追い越すのはわかるのですが、ほぼ制限速度で走っている乗用車を平気で追い越していきます(一般道路の制限速度は80km/hだったと思います)。

当然、一車線ですから、反対車線にはみ出すわけで、対向車が来ないかどうかの判断が、「追い越し決行」の鍵を握ります。ヨーロッパではマニュアル・ミッションの車が多いので、いったんギアを低速にシフトダウンし、ウインカーを点滅させ、一気に加速して、追い抜く…と言葉で説明すると簡単ですが、抜かれる方も、慣れないと結構緊張します。
というのは、対向車が迫ってくる場合があるので、その場合は、抜いた車を前に入れるだけにスペースを確保しないと、事故につながるからです(何しろ相対速度は160km/hになりますからね)。ただし、パッシングをして、速く走るように強要する訳ではなく、「前が遅い」と「独自の基準」で判断すると、業務用自動車(軽トラックやライトバン)でも、平気で追い越しをかけてきます。

こんな経験を何度もしてくると、「オーストリアのドライバーは、F-1レーサーなの?」と思いたくなることがあります。「狭いオーストリア、そんなに急いでどこに行く」(古いですな)と思うのですが、どうも「追い越すことに生き甲斐を感じている」(大げさですが)という感じもします。

また、高速道路など、追い越し車線のある道路では、「ガンガン」抜いていきます。日本では、道路が混雑しているため、高速道路でも追い越し車線が本来の機能を果たしていないケースがあります。しかし、オーストリアのアウトバーンでは、車線変更を頻繁に行います。つまり、追い越した後は、走行車線に戻るのが「お約束」となっています。

ただし、いい気になって高速走行をしていると、スピード違反取り締まりに、引っかかってしまうことがありますので、国外からの運転者は注意が必要なのは、言うまでもありません。
これは、スピード違反で反則金を支払った「私の教訓」です。

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November 23, 2004

「夏休み」の出来事

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オーストリアに限らず、ヨーロッパの人たちは長期間の夏休みをとりますね。
とくに家族揃って、バカンスに出かけるのが「恒例行事」となっているようです。ユーロ統合前は、オーストリアは物価が安かったので、ドイツ人が多く訪れていました(確か、オーストリアに別荘を持っていたドイツの首相がいたと思いますが…)。

さて、以前、ザルツカンマーグートのザイルバーンに乗った時、たまたまドイツ人一家と一緒になりました。その時、こんな会話がありました。

独:“君たちは日本人かい?”
日:“そうですよ。Tokyoから来ました”
独:“君たちは、ここに何日間いるんだい”
日:“2日ですが…”
独:“えっ、たった2日間!”
日:“この後、ザルツブルクとクーフシュタインにも行く予定ですが…”
独:“君たちは、忙しいね。私たちは、ここに1ヶ月滞在しているんだ。下に見える湖に、私のボートがあるよ”
日:“それは、すごいですね”
独:“ボートだけじゃなくて、自転車も車に積んで持ってきているよ”
日:“長い夏休みは良いですね”
独:“私たちは、法律で休むことが義務づけられている。なぜ、日本人は休まないんだい?”
日:“…”(陰の声:そんな法律、日本じゃできる訳ないだろう)

最近では日本人も夏休みをとるようになりました。とくに夏休みを7月から9月の期間内に自由にとることができる会社も増えているようです。それでも「皆さんご一緒に」というスタイルが抜けないのは、「日本人の性」なのかもしれません。これは、「休んでいても仕事がまわると、自分の存在域がなくなることへの恐怖心が原因」とも言われていますが…。その実態は、「家族サービス」という妙な言葉に代表されるように、「家族揃って皆が楽しむ」という発想が弱いことも要因かもしれません。

また、真偽のほどが定かではありませんが、「日本人は農耕民族だったので、昔は定期的に仕事をしないと生活できなかった。だから、長期の休みという発想が生まれなかった。逆にヨーロッパは狩猟民族なので、ONとOFFがはっきりしている」という話を聴いたことがあります。もっともらしい話ですが、ヨーロッパでの農耕民族はいますよね。

さて、写真はオーストリアの「ある商店」で、見かけた「夏休み休業の看板」です。いぁー楽しそうですね。思わず、うれしくなってしまうデザインです。よく見ると、毎年使えるように日付のところが変更できる「仕様」になっているようです(この看板の下には、通常の営業時間を表示した看板がありました。写真でもチラッと見えますね)。この看板、どこかで売っているのでしょうか? 

もっとも、治安が悪化してくると、逆に「空き巣に入ってね」という、逆メッセージになってしまう可能性もありますが…(長期間家を空ける時は、人がいるように見せかける仕掛けを用意する国もあるようです)。しかし、このような看板を「堂々と」出して、夏休みがとれるような国にしたいものです。

というわけで、今日は「勤労感謝の日」でした。

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November 22, 2004

KTMは「豪のメーカー」ではありません

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今日はモーターサイクルのお話です。
オーストリアは、一般的に工業国ではないというイメージがありますが、1934年設立のオーストリアでは歴史あるモーターサイクル・メーカーにKTM(KTM-Sportmotorcycle AG)という会社があります。
私はモーターサイクルには縁がないので、詳しくはありませんが、オフロードバイクの世界では有名な会社です。本社はザルツブルクに近いMattighofenという町にあり、日本法人も設立されています(KTM-Sportmotorcycle Japan K.K 東京都目黒区上目黒にあるようです)。50ccクラスのモーターサイクルも発売していますが、さすがに日本では、あまり見ることはありません。

さて、先日、日本で、同社のリコールが報道されました。自動車やバイクのリコールは、珍しくありませんし、輸入車では、比較的多く見かけます。
ところが、某有名経済紙(これで、わかってしまいますよね)の記事に、「豪バイクメーカーKTMリコール」という見出しが…
“おい、おい、ちゃうだろう!” 実際、私もオーストリアに詳しくない知人に旅行の話をすると、必ず、「カンガルー」が生息する方のオーストラリアだと勘違いしている人がいます。

そういえば、ウィーンの土産物店では、自虐的?にカンガルーに「×マーク」を付けたTシャツとは売っていますよね。
ウィーンやザルツブルクは有名ですが、オーストリアという国自体は、まだまだ知名度が低いようです。

ところで、余談ですが、日本では鉄道模型メーカーでKTMという略称を使っている会社があります。
こちらも老舗のメーカーさんで、正式名称はカツミと言います。

写真はオーストリアの地方都市で見かけたKTMのバイクです。

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November 21, 2004

不思議な機械…その実態は?

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ウィーンに限らず、オーストリアでは夏の間、レストランやカフェは、テラスで営業する店が増えます。多くは歩道を「借りて」そこに、テーブルと椅子を並べて営業しますが、お店によっては、自店専用のテラスを持っているところもあります(とくに地方都市)。

このテラス席ですが、レストランでは、にわか雨に備えて、テントの屋根を設けているところが、多くなっています。余談ですが、オーストリアの山間部では、夏期、日中天気が良く、暑いと積乱雲が、ムクムクとわき上がり、夕立が降ることが、日常茶飯事です。私も何度かひどい目に遭いました。

しかし、緯度が高いため、夏期は遅くまで明るいので、夕食を表でとるのは、夏期休暇中の旅行では、最大の楽しみです。20時くらいになってきて、だんだん日が落ちてくる。そして、街灯やテラスのぼんぼりに灯が入り、町の人たちのおしゃべりが聞こえてくる…ここだけは時の流れがゆったりとしているように感じます。

さて、前置きが長くなりましたが、今日は、そんなレストランのテラスで見つけた、ちょっと変わった「機械」のお話です。

皆さんは写真の機械は一体、何だと思いますか? 私も最初に見た時には、何だかわかりませんでした。

最初は、形からして照明装置かな?と思ったのですが、周りが暗くなっても、電気が入る雰囲気はありませんでした。

次に考えたのは、日本でも良くある「虫除け装置」です。日本でも、郊外に行くと、光に誘われて虫がくるので、「虫を誘引、撃退する装置」が軒下に吊してあるお店がありますね。一般的にライトブルーの専用蛍光灯を使っていて、その周りに電撃装置が付いているものです。ご覧になった方も多いのではないですか? 虫が出延期装置に当たると「バチッ」という音がします。しかし、この装置に、別に虫が寄ってくる気配もありません。
また、4日間ほど滞在した町の、某レストランにあったのですが、私が訪れた時は、「この装置」を使っている気配はありませんでした。

さて、明朝、この街を立つという前日、再びこのレストランを利用しました。日中は異常に暑かったのですが、案の定、18時過ぎに夕立が降りました。1時間ほどで雨は上がったのですが、標高が高い場所なので、その後は急速に気温が下がりました。「ちょっと、この気温だとテラス席は寒いな…」と思ったのですが、天気も回復してきたし、この街、最後の晩なので、テラス席で食事をとることに決めました。私が席に着いてから、何組かのお客様が入ってきて、テラス席も賑やかになりました。

料理を頼んで、ワインを飲みながら待っていると…ボーイさんとお客様が何やら話をしています。そして、ボーイさんが「例の機械」の操作を始めました。
たまたま、私の近くに「例の装置」があったので、よく見ることができました。写真では写っていませんが、下には大きな「箱」が付いています。この箱をボーイさんが開けると、中には、何と日本でもおなじみのプロパンガスのタンクが、取り付けられているではありませんか。そして、ボーイさんが、おもむろにプロパンガスのコックをひねりました。続いて、写真の部分、つまり傘の下あたりに、ライターで火をつけました。すると…円筒形の部分にガスの火が付きました(写真の中央下に、ガスの火が見えると思います)。

そう、正解は「屋外用ガスストーブ」だったのです。
このストーブ、テラス席のテント内に設置されていましたが、傘のおかげで、テントを焼くことなく、使用できる「優れもの」です。また、傘の反射で意外と、広い範囲まで、温かさが伝わる…印象を受けました。
それにしても「ガスストーブ」とは思っても見ませんでした。

まだまだ変わった「仕掛け」が町中に潜んでいる、そんなオーストリアの一時でした。

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November 20, 2004

“ワインの水割り”

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今日は、「お飲み物」の話題です。
最近、ウィーンのみならず、オーストリアで見かけるアルコール系飲料に“G'SPRITZTER”という飲み物があります。どのような飲み物かと言うと、「ワインの水割り」です。ワインは、一般的に白ワインが多いのですが、赤ワインを使ったものもあります。また、「水」と言っても、ガス入りのミネラルヴァッサを使います。

カフェやレストランでは、1/4リットル単位で販売されており、1/8がワイン、1/8がミネラルヴァッサとなります(つまり、「半分に割る」という訳ですね)。お店で提供される形態は、1/4リットル用ワイングラスか、ホイリゲなどでおなじみのワイン用ジョッキ(1/4リットル)で、私の知る限りでは、半々です(中には、最初の一杯はワイングラス、お変わりを頼んだらジョッキという店もありましたが)。

ところで、かなり前のことですが、ザルツカンマーグートの某レストランで、アメリカからいらっしゃった観光客(ご夫婦)が、ワインとミネラルヴァッサをオーダーし、自分で作って、飲んでいたのを見たことがあります。当時は、このような飲み方を知らなかったため、びっくりしたことを覚えています。
今では、シュタットオパーやフォルクスオパーのビュフェにも登場しているところを見ると、「市民権」を得た「飲み物」に成長したのでしょうか。

この“G'SPRITZTER”ワインよりも「軽い」こと、ビアよりお腹がふくらまないことなどから、ちょっとのどを潤すような時には、最適な飲料です。というわけで、最近はお気に入りになってしまいました。以前は、あまり見かけませんでしたが、最近は、ほとんどのカフェ、レストランでシュパイゼカルテにのっています。お値段は、当然、お店によって違うのですが、2ユーロ前後です(写真の「緑の瓶」が該当商品です。ただし、中は飲んでしまった後ですが…)

また、最近では「完成品」が、一部のスーパーマルクトで販売されています。500ミリリットルの瓶入りで、こちらは0.7ユーロ(70セント)です。まぁ、ワインとミネラルヴァッサを買って、自分で作ればよいのですが…

ところで、この商品名“G'SPRITZTER”ですが、日本人には発音が難しい「単語」の一つで、「G」は強く発音しないようです。私は、“シュプレッツァ”と言っていますが…
最近は、“G'SPRITZTER”が病みつきになってしまい、自宅でも愛飲しています。困ったものです…

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November 19, 2004

オーストリアの「渋滞」は…

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今日は自動車道路のお話です。
一般的に高速道路でも渋滞が少ないオーストリアですが、季節や場所によっては、「渋滞」は存在します。一番多いのは、夏のイタリア方面、とくにアルプスを山岳トンネルで抜けるあたりは、車線が制限されることなどもあり、渋滞が発生することが多いようです。

この時期、バカンスシーズンなので、もともとレジャー用の自動車が多い上に、走っている車も多種多様です(キャンピングカーは当たり前で、ボートやグライダーを牽引している例も珍しくありません。もっともドイツ人も多いようですが、遊ぶことには気合いが入っています)。

以前、タウエルントンネル内で火災事故が発生し、仮復旧で通行可能状態になった年のことです。日本から、ザルツブルクへと向かい、そこからレンタカーを借りました。例年、夏に訪れているシュタイヤマルク州との境にある町へ行くため、高速道路A10を南下しました。ところが、途中、タウエルントンネルに近づくにつれて、車が詰まってきて、最終的には完全に停止状態となってしまいました。いわゆる「渋滞」です。しかも、しばらくの間、全く動かない状態が続きました。ここまで激しい渋滞は、正直初めての経験です。

と、その時、何と、車に乗っている人が、車から降りているではありませんか(証拠写真をご覧ください)。中には、ボールを出して、遊ぶ人まで出てくる始末です(もちろん、高速道路上です)。これにはびっくりしました。さすがに全員が降車しているケースは、希でしたが、同乗者は車を降りて、道路上をふらふらと歩き回っています。しばらくすると、徐々に動き出す気配が…皆さん、あわてて車に戻って、さぁ出発です。

この渋滞、どうして発生したのか、非常に興味がありましたが、こんな「からくり」がありました。タウエルントンネルが片側一車線で、かつ応急修理中であるため、トンネルへ入る車を制限していたのです。トンネル手前の道路を、一定の区間でブロックし、まず、ここに車をためてから、一定量だけトンネルへ誘導する…という方式をとっていたのです(ちょうど、ダムに水をためて、一定の量になると放水する…というイメージでしょうか)。そのため、必然的に渋滞が発生したという訳です。

さすがに、その後は、このような「大渋滞」に遭遇したことはありませんが、夏の移動中、カーラジオから流れる「交通情報」を聞いていると、やはり渋滞はあるようですね。

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November 18, 2004

プラッツ・コンツェルト

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私とオーストリア音楽の出会いは、実は「プラッツ・コンツェルト」と呼ばれる「無料の演奏会」でした。今から20年ほど前、初めてオーストリアを訪問した頃は、今のようにオペラやオペレッタはもちろん、クラシック音楽に深い関心がありませんでした(「オペレッタにはまっている男」を名乗るのが恥ずかしいのですが)。

しかし、子供の頃から、両親がクラシック音楽が好きで、自宅で流していた(別に私に聞かせるためにという訳ではなく)ので、潜在意識の中にはすり込まれていたようです。
そんな「音楽のDNA」がオーストリアで芽生えたのは、今日ご紹介する「プラッツ・コンツェルト」でした。

「プラッツ・コンツェルト」とは、簡単にご紹介すると、季候の良い時期、広場で開催される「無料の演奏会」のことです。楽団(コーラスの時もありますが)の多くは、民族衣装をまとったブラスバンドです。特に夏期、観光客が多く訪れる町では、週に一回程度、曜日を指定して開催されることが多いようです。会場は、広場とご紹介しましたが、市庁舎前(必ずしも市ではないところもあるのですが…)広場が多いようです。なお、一部は、野外音楽堂(別に東京の日比谷ではありませんが)で開催される場合もあります。

メンバーの多くは、アマチュアで、年齢層も幅広いところが多いようです。もちろん、オーストリアだけあって、アマチュア・バンドと言っても、水準の高い楽団も多数存在します。
一般的な展開は、次の通りです。開演時間は20時前後で、リーダーの先導で、演奏しながら会場に入場します(これが、またかっこいい!)。会場には、すでに譜面台等が準備されており、各自、自分のポジションに着席します。その後、バンド・リーダーとは別の指揮者が登場し、演奏を始めます。夏期は、多くの場合、近隣の飲食店から、ビアが大ジョッキで振る舞われ、演奏の合間にメンバーが「回し飲み」をします。

通常、連続で演奏することは少なく、一曲ごとに、メンバーが曲の解説をします。演奏される曲ですが、多くがオーストリアのマーチやポルカです(ブラスバンドなので、当たり前と言えば、当たり前ですが…)。曲目によっては、手拍子が入ったり、子供が踊ったりと、リラックスムードが漂う陽気なコンツェルトです。この間、バンドと同行している「ディアンドル姿のシュナップス売りのお姉さん」が会場を回り、シュナップスを販売します(シュナップス売りのお姉さんについては、改めてご紹介します。そもそも、何でこんな人が同行しているのか、不思議に思う人も多いでしょう)。

演奏は、おおむね1時間から1時間30分で、「とり」はラデツキーマーチで締めくくるのが一般的です(もちろん、地元に代々伝わるマーチを演奏する楽団もあります。あくまでも一般論)。また、最近では自分たちのバンドのCDを販売しているところもあります(私も何枚か持っていますが、大切な宝物です)。

演奏終了後は、再びバンド・リーダーが、先頭に立ち、行進しながら会場を後にする会場と、アンコールで何となく終わってしまう会場の二種類があります。有名なサンクト・ウォルフガングのプラッツ・コンツェルト(会場はホテル・ポスト前の広場)は、観光客の受けをねらっているのか、前者のパターンです。一方、モンドゼーは、後者のパターンです。

ご存じの方も多いと思いますが、オーストリアの夏は日が長いので、夕食も20時以降のとる方が多く、「テラス席で夕食を楽しみながら、生演奏のコンサート」という優雅なバカンスを送ることができます。

オーストリアを訪問し始めたころは、夏が中心だったこともあり、この「プラッツ・コンツェルト」が、「夜の最大のお楽しみ」でした。えっ、どうやって開催を知るのか…ですか。実は、広場や町の入口に「Heute Platz-Konzert」という看板や横断幕が出ているのです。その頃は、親友と二人で旅をしていたので、助手席のナビゲーター役は、道路の案内のみならず、「この看板」をいかに素早く発見するかが重要な役割でした。そして、この看板を見つけると、直ちにその町で、今晩の宿をとる相談をしたものです。

私のオーストリアでの音楽との出会い、それは「プラッツ・コンツェルト」と「フォルクス・ムジーク」(これは、改めてご紹介しましょう)です。
しかし、ここからオペレッタに至る道のりには、色々なことがありました。

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November 17, 2004

“雪山パン”

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今日は登山鉄道に関するお話です。
私が「雪山パン」と勝手に名付けた「菓子パン」があります。
販売しているのは、ウィーンからも比較的近いリゾート地、シェーネベルク山の登山鉄道の「とある駅」です。

シェーネベルク鉄道は、ザルツカンマーグートのシャーフベルク鉄道と同じ歯車式鉄道で、軌間(線路の幅)も同じです。そのため、同じような規模の鉄道というイメージがあるのですが、実はシェーネベルク鉄道の方が、路線距離が遙かに長いという特徴があります。
逆にシャーフベルク鉄道は、距離は比較的短いものの、勾配がきつく、旧型蒸気機関車の場合、客車は1両を押し上げるのが精一杯でした。
それに対して、シェーネベルク鉄道は客車を常に2両押し上げていました。麓のプッフベルク駅(標高577メートル)から、山頂駅(標高1795メートル)までの所要時間は、現在、約1時間です。

当初は「国鉄」の路線でしたが、その後、ニーダー・エスターライヒ州営になり、現在に至っています。さらに、シャーフベルク鉄道が、スイス製の新型蒸気機関車を導入し、「蒸気鉄道」に「こだわり」を見せているのと対照的に、こちらは、あっさりとディーゼルカーを導入してしまいました(サラマンダーという愛称がついており、かなりどぎつい色をしています)。

さて、そんなシェーネベルク鉄道ですが、路線延長が長いこともあり、蒸気機関車時代は、中間の駅(Baumgartner)で20分程度の休憩がありました。これは、蒸気機関車に水を補給することが、主な目的です。給水時間が長いこともあり、「乗客も降りて一休み」が恒例になっていました。

この駅ですが、駅舎中にビュフェがあり、ここで「そのパン」を販売しているのです。大人も、子供も、列車が到着すると、買い求めて、食べている人が多いところを見ると「名物」なのでしょう。

雰囲気としては日本の「峠の力餅」のノリです。大きなパンを切って販売しているようですが、上に粉砂糖が乗っているところから、“雪山パン”と勝手に銘々しました。この“雪山パン”ですが、中に入っている「あん」により、二種類あります(ジャムとチーズ)。また、お値段ですが、私が最後に訪問した2000年には30シリングでした。

今はディーゼルカーの導入で、中間駅での停車時間も短縮できるのですが、昔の雰囲気を味わってもらうためか、いまでも休憩停車は続けられているようです(ただし、時間は10分程度に短縮)。

皆さんも、ご乗車の折りには、ぜひ、一度お試しください(別にビュフェから何もいただいておりませんが)。

http://www.schneebergbahn.at/

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November 16, 2004

おとなが楽しむこどものための街歩きガイド

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すばらしい本を見つけました 「wien おとなが楽しむこどものための街歩きガイド」という本です。オリジナルは、オーストリアで発行された絵本(当然、ドイツ語版)なのですが、何と、これを和訳して出版してしまった会社があるのです。正直、びっくり。

オーストリアに限らず、ヨーロッパでは、おとなでも楽しめる「一品の絵本」が数多く出版されています。
この本は、いわゆるウィーンを紹介した「ガイドブック」なのですが、ウィーンを愛している人が作っているようで、普通の観光客が見落としてしまうような内容が、網羅されています。とくにウィーンを訪問した方は、楽しさが倍増すること、請け合いです。
本来、子供向けにつくられた内容ですが、解説も気がきいています。とくに要点が押さえられており、日本人にはオーストリアやウィーンの歴史を、簡単に知ることができます。
さて、内容ですが、オーストリアとウィーンの簡単な歴史紹介から、始まります。その後、旧市街を中心に「街を歩きながら巡る」というコンセプトで、6つのコースが設定されています。そして、コース上の「見どころ」を「独自の視点」でまとめています。

また、子供が興味を持って街歩きができるように、本には要所に「なぞなぞ」が入っています。これを持ってウィーンの「街歩き」をしたら、楽しさが広がること、間違いなしです。

オリジナルは、文:ブリギッタ・ヘプラー、アレクサンダー・ポティカ、絵:ジルビレ・ホーゲルで、原作の持つ「味」を活かしながらの和訳にしている点も、配慮が感じられます。

日本での出版元はセパ工房という会社で、同社のサイトから直接注文することができます。
オーストリアとウィーンが好きな方、ぜひ購入して、第二弾、第三弾を期待しましょう。
最近では、一押しの「楽しい本」です。
http://www.seba.jp

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November 15, 2004

ブルスト・スタンド

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今日も「軽食」のお話です。
ウィーンの代表的な「ジャンク・フード」は、何と言ってもブルストでしょう。
とくにウィーンでは市内にブルスト・スタンドがあり、市民でにぎわっています。私も、昼食時など、「ちょっと本格的な料理はしんどいなぁ」という時に利用します。ブルストが好きなものですから…

ちょうど、日本の「スタンドそば」の感覚でしょうか。ただし、さすがウィーンと思うのは、
1.ビアが必ずある(中には缶ではなく“生”の店もある)、
2.ブルストも何種類かある(茹でたフランクフルターや、焼いたブラートブルスト等々)、
3.ゼンメル等のブロートが付く、
4.飲み物も意外と豊富、
といったところでしょうか。

意外と遅くまで営業している店もあるようで、よく、フォルクスオパーでオペレッタを見たあと、路面電車に乗ってホテルに戻る途中にも、営業している店を見かけます。何時まで営業しているのでしょうかね。

地方の小都市の場合、肉屋さんがブルスト・スタンドを兼ねているケースが多いので、「独立したブルスト・スタンド」は「大都市の証」(大げさですが)と言えるかもしれません。
私の知る限り、ブルスト・スタンドは、いずれも道路(歩道ですが)の上に、独立して立てられており、肉屋さん以外は、いわゆるビル・イン方式(建物の中にお店があるタイプ)はないようです。その理由は、定かではありませんが、日本で言う「屋台」と相通じるものがあるのかもしれません。

このほか、クリスマス市や、各種イベントの際にも出店しますが、こちらは「仮設」なので、日本の屋台と同じ感覚です。
<写真は、某有名日本食レストランの向かいにあるブルスト・スタンド>

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November 14, 2004

携帯電話事情

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最近ではウィーンのみならず、オーストリア全土で携帯電話が普及するようになりました。
地方都市でも、「電話機の安売り」が頻繁に行われています。また、携帯電話の普及は、「着信音(着メロも普及しています)がうるさい」という「オーストリアの静寂」を破る現象を引き起こしています。最近では、「日本より着信音がうるさい」と感じることがあります。
あれだけ、公共の場でのBGM等について神経質な国なのに、なぜ、携帯電話の着信音に無神経なのか、私には理解できない部分があります。また、日本では、電車やバスの中では、声高に話す人は減ってきましたが、ウィーンでは地下鉄や路面電車の中で、平気で通話している人を見かけます。

実は、携帯電話の普及にともなってもう一つ多く変化したものがあります。それは基地局のアンテナ設置にともなう問題です。
ご存じのように携帯電話の通話エリアを広げるためには、基地局を増設する必要があります。とくに山が多いオーストリアでは、山間部で携帯電話を使えるようにするためには、効率の良い場所に基地局を設置する必要があります。一番効率の良い場所…それは谷を見下ろすことのできる山の頂です。

毎年、夏に訪れるザルツブルク州の某町でも、昨年大きな変化がありました。定宿にしているホテルのテラスから見える向かいの山の頂上付近に、携帯電話の基地局が設置されたのです。麓から見ると針葉樹が生い茂るきれいな山。そこに突然現れた携帯電話の基地局(実際に目立つのはアンテナを取り付けたタワーですが)。違和感を覚えたものです。
その後、ドライブ中にも注意深く観察していると、谷のいたる所に基地局が設置されていました。また、一部は山の中腹にあるヒュッテや、農家の屋根にアンテナが付けられているケースもありました。日本でも都市中心部以外では、効率の良い大型アンテナを建てる傾向のようです(余談ですが、自宅の近くにも大型アンテナを持つ基地局があります)。
一方都市部では、ビルの屋上がアンテナ設置場所になっているのは、日本と同じです。
しかし、歴史を感じさせるビルの屋上に、新しいアンテナは…

確かに、公衆電話の少ないオーストリアでは、便利なことは、便利なのですが、大切な景観が損なわれるのは、残念でなりません。

<写真は牧草地に立つ携帯電話の基地局>

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November 13, 2004

クリスマス・プレゼントに救われた聖夜

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今日は、ちょっと早いのですが、クリスマス・イブのお話です。

かなり前ですが、クリスマスの時期に、ザルツブルクへ行ったことがあります。
12月24日は、ザルツブルク市内に宿をとり、かの有名なオーベルンドルフ(Oberndorf)へ、「シュティレ・ナハト・カペレ(聖夜の礼拝堂)」を訪ねました。

市内からは、個人旅行なのでザルツブルク・ローカル・バーンという私鉄(路面電車に近い形をしています)で向かいました。19時頃からミサがあり、大勢の観光客で礼拝堂の周辺はごった返していました。ドイツ国境に隣接していることもあり、ドイツ側からもバスを連ねて、観光客が大挙してやってきていました(当然、日本人も多数)。

あいにく、雪が降っていなかったため、ムードは今一つでしたが、「世界に冠たる観光地」を見たという感じです。
私は、ミサが終わってから、再び、電車で市内に戻りました。中央駅に近いホテルに荷物を置いてから、夕食をとろうと、旧市街へ繰り出しました。ここまでは、良かったのですが、飲食店もほとんど営業していません。結局、旧市街をブラブラしている内に、店に入るチャンスを逸してしまい、寂しくホテルへと戻りました。市民の皆さんは今頃、ご自宅で一家団らんと思うと、何か情けなくなってきました。

結局、夕食をとるチャンスを逸してしまい、寂しくホテルの部屋に戻ると、テーブルの上に、お菓子がセットしてあるではありませんか!午後にチェックインした際はなかったので、きっと夕方にサーブされたのでしょう。ホテルからの気の利いたクリスマス・プレゼントです。

結局、その晩は、ミニ・バーの白ワインと、ホテルからサービスされたお菓子で、クリスマスをお祝いしました(写真が、そのお菓子)。

その数年後、再び同じ時期にザルツブルクを訪れた際は、飲食店の営業時間も長くなっており、このような「間抜けな出来事」はなくなりました。しかし、今となっては、懐かしい思い出の“聖夜”です。

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November 12, 2004

シンケン・ケーゼ・トースト

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今日は、「軽食」のお話です。
ウィーンをはじめ、オーストリアのカフェで見かける軽食に「シンケン・ケーゼ・トースト」(ハム・チーズ・トースト)というものがあります。早い話が、日本でいうところの「ホット・サンド」です(厳密にはちょっと違うのですが)。

別にめずらしい食べ物ではないのですが、私には量が手頃なので、オペラやオペレッタを鑑賞した後に頂くことがあります。
オーストリアのカフェでは、普通のトーストは見かけませんが、シンケン・ケーゼ・トーストに代表される「ホット・サンド」は、結構ありますね(「ハワイアン・トースト」というのもあります。中身は見てのお楽しみ…)。

単純な軽食なので、同じシンケン・ケーゼ・トーストでも、結構お店によって「仕様」が違うのも興味深いところです。しかし、多くのお店で、ケチャップが付いてきます(中にはボトルごと提供するお店もあります)。
食べ方は自由なのでしょうが、ナイフとフォークがついてきます。オーストリアの食べ物としては、「小振り」なので、そのままガブッと食べても大丈夫です。

このシンケン・ケーゼ・トーストですが、なぜか、ビアでも、ワインでも、カフェでも合うので、お酒に目のない私にはご機嫌です。

ところで、なぜ、この手の軽食がオーストリアで一般的になってきたのかは、残念ながら存じません。これだけ広く普及しているからには、なにかおもしろいエピソードがありそうです。

さて、皆さんも、オーストリアの郷土料理に飽きてきたら、一度召し上がってみてはいかがでしょうか。少なくともアメリカ資本のファーストフードよりは、オーストリアらしいと思います。
<写真は、ザルツカンマーグートの某ヒュッテで出てきたものです。左側にトマト・ケチャップが…>

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November 11, 2004

冬のライオン

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シェーンブルン動物園には、アフリカ系の動物が結構います。
以前、冬にウィーンを訪ねた時、寒い時期にもかかわらず、パンダを見にシェーンブルン動物園に行ったことがあります。“この寒い時期ならば、パンダ舎も空いているだろう”という姑息な考えから、北ものです。ところで、日本国内も含めて、動物園へ行くのは、いったい何年ぶりでしょうか(陰の声:何十年ぶり?)。

厳寒のウィーンで、一番元気だったのは、当たり前ですが、ペンギンたちです。専用プールの中で、のびのびと泳いでいます。シロクマも元気なのでしょうが、たまたま展示エリアが改装中で、会うことができませんでした。

ところで、日本にも、寒冷地に動物園はあります。しかし、一般的に冬期間は休園にするところが多いようです。しかし、なぜかシェーンブルン動物園は、しっかり営業しています。そのため、象などのアフリカ系動物には、専用の獣舎があり、その中で見ることができるようになっていました(当たり前ですが、獣舎の中は、暖房が効いていて温かいのです)。

そのほかのアフリカ系の動物も、冬期間は獣舎の中で見るようになっているのですが、一部は、「表の庭」に出ることができるようになっています。ふとライオンのエリアに立ち寄った時のことです。雪を頂く岩山の上にライオンの姿が…。
はじめは、正直「飾り物ではないか」と思ってしまいました。どこか一点を見つめている、このライオン。存在感を感じさせます。ところで、永年のウィーン暮らしで、寒さにも慣れたのでしょうか。ふと、ライオンに聞いてみたくなりました。

なお、パンダのお話はいずれ、ご紹介したいと思います。

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November 10, 2004

誕生日のお祝いはシュナップス

オーストリアでも、お誕生日は大切な「記念日」です。私は8月下旬が誕生日なので、子供の頃は、夏休み期間中だったこともあり、あまり楽しい思い出はありません(友達が集めてお祝いでも…と思っても、皆、夏休みで出かけていました)。

さて、以前勤めていた会社の「夏休み」がずれた年、ちょうど、オーストリア旅行中に、自分の誕生日を迎えたことがありました。
旅の最後、ザルツブルクから日本に戻る予定だったので、前日はモンドゼーに宿泊しまいた。出発の日がちょうど「私の誕生日」でした。レセプションで会計を済ませ、ホテルの駐車場に止めてあるレンタカーに荷物を運び込みました。

そして、“さぁ、出発”という時、レセプションの女性スタッフが、笑顔で私の車の方ややってきました。“会計の間違えでもあったかな?”と思って車の前で待っていると、“今日は、あなたの誕生日ですね。これはホテルからの、ささやかなプレゼントです”といって、シュナップスを1本差し出しました。いぁー、これには驚きました。たしかに宿泊カードには、誕生日を記入する欄がありますし、前日、チェックインの際、私もそこに書いていました。そこに気がついたのでしょう。しかし、絶妙のタイミングでしたね。しかし、よほど「酒好き」に見えたのでしょうか? プレゼントがシュナップスとは…

ディアンドル姿がかわいい、レセプションの女性に見送られて、モンドゼーを後に、一路、ザルツブルク空港へ向かいました。締めくくりで、うれしい気分になった「この年のサマー・ツアー」でした。
このシュナップスが、私の心をしっかり掴みました。その翌年から、そのホテルがモンドゼーの「定宿」になったのは、言うまでもありません。

しかし、皮肉なことに、その後、誕生日にオーストリアに滞在する機会がなく、このような体験ができなくなってしまったのが、唯一心残りです。

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November 09, 2004

えっ、これが国際線の機内食?

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今日は、機内食のお話です。
以前は日本の国内線でも、北海道や九州方面の便では、茶菓のサービスがありました。
しかし、徐々に簡素化が進み、現在では、「スーパーシート」と呼ばれる特別席で軽食や茶菓が提供されるだけになりました。また、近距離国際線でも、機内食の簡素化が進んでいるようです(私は、国際線はヨーロッパ方面しか搭乗しないため、伝聞です)。

さて、ヨーロッパ内でも、以前は「飛行機は贅沢な乗り物」だった頃の名残か、国際線では、飛行時間が1時間前後のフランクフルト-ウィーンといったフライトでも、立派な機内食が提供されていました。多くはコールド・ミールでしたが、アルコール飲料も無料で提供されていました。また、以前ご紹介したチロリアン航空や、ラウダ・エアでは、オーストリア航空への対抗上、機内食も充実していました。

ところが、ユーロ発効後、EU内の航空機は実質的に「国内線」になってしまった感じがします。特に機内食に代表される機内サービスの簡素化は、顕著です。これは、航空業界を取り巻く競争環境が厳しくなり、かつて国を代表したエアラインでも倒産する時代に入ったことも影響しているようです(何しろ、スイス航空が倒産する時代ですから)。
現在、ヨーロッパ内のフライトは、ビジネスクラスとエコノミークラスの2クラス制です。ただし、長距離国際線と異なり、座席は、エコノミークラスとほぼ同じ(ビジネスクラスの場合、横の席を一つ減らしている場合があります)です。では、「違いは何か」と言えば、ズバリ機内食です。ビジネスクラスでは、食事も提供されますし、アルコール飲料も無料です。

一方、エコノミークラスでは、写真のようなものが提供されるだけです(このときは、ミネラルヴァッサとチョコレート菓子)。また、軽食やアルコール飲料は、「有料」となっています。まぁ、飛行時間が1時間前後ですから、「何か食べないと」というケースは少ないので、有料の機内食を召し上がっている方は、あまり見かけません。また、ビアなども、結構よいお値段なので、売れ行きも今ひとつといったところです。

そう言えば、昔、スイスのクロスエアという会社の小型機(いわゆるコミューター機と呼ばれるもの)で、チューリヒからインスブルックまで飛んだことがあります。定員も少ないため、客室乗務員は搭乗しておらず、機長と副操縦士の2人です。座席も左右に一列ずつでした。「当然、機内サービスなど、あるはずがない」と思っていたところ、水平飛行に入ったら、何と副操縦士が、操縦席を離れ、瓶に入ったザフトを配り始めました。正直、これにはびっくりしました。
いずれにしても、昔の機内食が懐かしい、今日この頃です。

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November 08, 2004

“閉まる扉にご注意ください”

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日本と異なり、ウィーンでは「注意の案内放送」はほとんどありません。それでも、最近のウィーンは「うるさくなった」との認識が一般的ですが…

日本の都会では、乗客が異常に多いこともあり、鉄道の駅や車内は「騒音の嵐」です。“閉まる扉にご注意ください”“駆け込み乗車は危険ですから、おやめください”“黄色い線の後ろに下がってください”“不審なものを車内で発見したら、さわらずに係員にお知らせください”“忘れ物が大変多くなっています。ご注意ください”などなど…。まぁ、賑やかなこと。それに加えて携帯電話の着メロや、大きな話し声(最近の若い方の話し方を見ていると、怒鳴っている感じがします)。ただし、これを「うるさい」と思わなくなってしまった私たちの方が実は、怖いのですが(音に対する感受性が、鈍くなっている訳ですから)。

今日の話題は、「うるさい車内の元凶」とも言える「車内放送」ではありません。実は、ウィーン地下鉄の「ドア」のお話です。

ウィーンの地下鉄は、ごく最近まで路線は違っていても、単一車種で運行されていました。2両1ユニットで、これを何ユニットかつないで、一つに列車になっています。また、合理的なワンマン運転が採用されているのも特徴です。寒冷地のウィーンらしく、乗降用の扉は、プラグドアと呼ばれる形式です。これは、外側に開いてスライドするもので、閉めた時は車体と一体になります。最近、日本でも観光バスなどに採用されているので、ご存じの方も多いでしょう。気密性が高いことと、「戸袋」と呼ばれるドア専用スペースを必要としないことから、ヨーロッパでは、中・長距離列車用の車両にも広く使われています。

ウィーン地下鉄の場合、最新型は別として、ドアを開ける際は、駅に到着後、「ドアについた大きな引き手」を横にスライドさせます。そうすると、動力でドアが開く仕組みになっています(初めての方は、ドアの引き手が大きいため、完全に手動で開けるのかと思うかもしれません。しかし、しっかり動力のアシストがついています)。閉まる時は、運転室からの操作で、一斉に閉じられます。このような方式を「半自動方式」といい、日本でも寒冷地の車両では、室内の保温効果を高めるため、かなり採用されています。

オーストリアでは、路面電車から、長距離列車用車両まで、ほぼ全ての車両が「半自動方式」を採用しています(最近は、開ける時はボタン式になっていますが)。

ところで、ウィーン地下鉄では、ドアが閉まる時の「閉まり方」が半端ではありません。というのは、最初はゆっくりスライドしてくるのですが、その後、一気に加速してバタンとなります。両開きドアですから、ドアの間にはゴムもついていますが、これが、また固い。日本では、乗客がドアに挟まれることを前提に、閉まる瞬間は力が弱まる設計になっている上に、万が一挟まれた場合、すぐに引っ張って抜けるように、ドアのゴムも柔らかいものが使われています。事実、東京都内では、挟まれている人を多数見かけますが、外側に大きくはみ出してしまった場合以外、引っ張れば簡単にドアから逃れられます。

しかし、ウィーン地下鉄では、仮に挟まれたら、再度ドアが開かない限り、絶対に抜けそうもありません。それどころが、ものすごい勢いで閉まるドアに挟まれたら、怪我をする可能性が高いのではないでしょうか。あの扉に挟まれることを覚悟で、駆け込み乗車をする勇気は、ありませんね。まさか、そのような効果をねらって、勢いをつけてドアが閉まる訳ではないと思います。それにしても、発想の違いを感じさせる電車のドアでした。
(写真は、最新型地下鉄なので、ドアはボタンで開けるようになっています)

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November 07, 2004

フランツヨーゼフ駅

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今日は、鉄道駅のお話です。
さて、ウィーンにはいわゆる「終着駅」スタイルの駅が何箇所かあります。代表的なものは西駅でしょう。国際列車が発着する華やかな雰囲気がありますが、フランスやドイツに比べると駅舎が近代的で、今ひとつウィーンの雰囲気に合わないと感じるのは、私だけでしょうか。

この他、長距離列車が発着する駅としては、ベルベデーレ宮に近い南駅もあります。しかし、こちらは現在では国内区間の列車が中心となってしまい、駅の規模の割には、華やかな雰囲気はありません。

また、プラターの最寄り駅である北駅や、シティ・エア・ターミナルのある中央駅(Mitte)も、名前は立派なのですが、Sバーンや近郊電車が発着する「中間駅」です。

そんな中、フランツヨーゼフ駅という、たいそう立派な名前の駅があります。しかも、行き止まり式の「終着駅」スタイルです。初めて地図で発見した時には、その名前から、さぞや立派な駅だろうと、勝手に想像を巡らしました。

ただし、時刻表を見ると、長距離列車の発着はなく、Sバーンや近郊区間の列車が中心です。

さて、実際に訪問して、びっくりしました。まず、いわゆる駅舎がないのです。日本のようにビルの中に入っており、独立した駅舎はありません。おそらく再開発によって建てられたであろう「駅ビル」は、近代的な建物で、旅行者から見ると「ウィーン情緒」が感じられない建物です(生活者の視点から考えれば、「ウィーン情緒」よりも、機能性が優先されるものですが…)。
駅のプラットホームも、ビルの中にあるため、表の光が入らず、地下鉄のような雰囲気です。正直、初めて訪問した時は、「期待はずれ」でがっかりしてしまいました。特に名前が良いだけに、ちょっと残念な気がします。

駅前には路面電車(D系統)も通っており、乗り換えなどの便が良いためか、利用者は意外と多いようです。

ウィーンにも「近代的な駅がある」という典型でした。

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November 06, 2004

DANKEの「玄関マット」

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日本のお店でも入口に、会社のゴロや商標の入った「玄関マット」が置いてあります。いわゆる宣伝用ですよね。オーストリアでも、このような玄関マットを置いてあるお店を見かけます。
さて、今日は、この「玄関マット」にまつわるお話です。

一般家庭用の玄関マットは、当たり前ですが、会社のロゴや商標は入っていません。いわゆる普通の模様か、無地ですね。商店向けの玄関マットは、一般的に、そのお店に商品を供給しているメーカーや、代理店・特約店が提供するため、一般人には手に入りません。これは、日本でも同じです。

ところで、9月22日号で、「ツィンマー・フライ」の金属製プレートをクーフシュタインで買ったことをご紹介しました。
実は、このクーフシュタインで、もう一つ「大きな買い物」をしています。今から10年以上も前のことです。クリスマスに合わせてクーフシュタインを訪れた時のことです。昼食をとった後、寒かったのですが、街の中を散歩しました。クリスマス商戦、真っ盛りなので、お店のウィンドーもクリスマス用の飾り付けです。見ているだけでも楽しいですね。そんな中、カーテンや絨毯を扱っている店の前を通った時のことです。入口横のワゴンに「DANKE」と書かれた「玄関マット」が、置いてあるのが目に入りました。

よく見ると、見本ではなく、ちゃんと販売しているようです。大きさは70cm×30cmほどで、さほど大きなものではありません。材料は天然素材(シュロのようもの)です。“うぅーん、欲しい”。しかし、この後、ザツルブルク、インスブルックを回って、最後はウィーンに回るという、旅の途中です。“荷物になるしなぁ。どうしようかなぁ”さすがに迷いました。レンタカーで回っていれば、迷うことはなかったのですが、当時は「鉄道で旅」です。

今まで一度も見たことのない「プロ用の玄関マット」です。しばらく迷ったあげく、意を決して、そのお店に入り、「DANKEのマット」を手に入れました(写真は購入当時、インスブルックのホテル内で撮影したものです)。
しかし、お店の人も、いきなり、訳のわからない東洋人が飛び込んできて、「玄関マット」を買っていったのですから、驚いたことでしょう。

さて、この玄関マットですが、その後、無事、ウィーン経由で日本までやってきました。
今でも、自宅の玄関で「現役」として活躍しています。日本の一般家庭で、こんな玄関マットを使っているところは、極めて少ないと思います(“オーストリアでも一般家庭では、ないよ”とは、このマットを見た友人意見ですが…)。

その後も、オーストリア訪問時には、色々なお店の店先を注意してチェックしています。しかし、この手の「特殊なグッズ」を発見することは、少なくなりました。

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November 05, 2004

「倍々ゲーム」

今年の日本は異常気象や地震などで、オーストリアから来日されたウィーン国立歌劇場の皆様も、さぞや驚かれたことと思います(でも、また来てくださいね)。

さて、以前、「ウィーンなんでも情報」でも紹介された「オーストリアの習慣」に「倍々ゲーム」というものがあります。様々な募金活動の際、企業では従業員が自主的に集めた募金を所属企業に渡すと、企業で同じ金額を加えて募金するというものです。

また、クリスマスの時期にオーストリアを訪問すると、テレビで「募金番組」を生放送しており、びっくりしたことがあります(確か「闇に光を」といったようなニュアンスの活動だったと思います。正確な記録がなくて申し訳ございません)。これは電話で募金を受け付けるもので、スタジオの電話オペレーターはボランティアの皆さんのようです。そう言えば、軍人さんもいらっしゃいましたね。金額や募金した方の名前などが、リアルタイムで放送される番組です。こうして集まったお金を、今度は放送局(ORF)が倍にして、募金するのでしょうか。

正直、今回の新潟中越地震の報道などを見ていると、親しい人が被災者だったこともあり、「震災に関係ない人が興味半分で見るために放送している」としか思えない内容が多く、心が痛みます。
なぜ、日本ではオーストリアのような、募金番組を某公共放送が実施しないのでしょうかね。

そんな中、今日、地元のスーパーであるジャスコ(イオングループの中核スーパー)に買い物に行った時のことです。店内放送で、“台風や震災に遭われた方に対する募金をレジで行っています”という放送が流れてきました。最近では、コンビニエンスストアでも実施しており、珍しいことではないのですが、その後、“お客様からお預かりした募金は、私どもで、ほぼ同額を加えて被災者の皆様にお届けします”とのアナウンスが…
いゃー、驚きました。日本でもついにオーストリア伝統の「倍々ゲーム」が始まったのです。惜しいのは、買い物にきているお客様の関心が薄いことでしょうか。

今日の日本では、被災地以外からの救援が可能です。従って、災害初期は別として、これから必要になるのは、正直、資金です。こんな時こそ、外国の皆様も大好きな「日本の円」の出番ではないかと思うのですが…

今回の災害では、被災地に詐欺や車上荒らし、さらに震災で避難した住宅に空き巣が入っているとか。日本の人心荒廃もここまできたのか…と悲しくなります。

ぜひ、日本でも「倍々ゲーム」が定着することを祈るばかりです。

そんな中、出張のためにインターネットで航空券の予約をとっていたところ、ANA(全日空)のマイレージクラブで「新潟県中越地震被災者の方への義援金として10000マイルで1万円分の寄付」という「新しい寄付システム」が始まりました。インターネット上の手続きで、いわゆる手数料等もかからず、寄付ができるというものです。惜しいのは、よく見ないと、このような寄付ができることが、わからない点です。もっと、積極的にPRしても良いと思うのは、私だけでしょうか。

そして、被災者の皆様が、早く安心してお休みになれるようになることを、心からお祈りしております。

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November 04, 2004

癒し系鉄道「リリプトバーン」

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大観覧車で有名なプラター(ご本家の方です)ですが、最近は色々なアミューズメント施設が設けられるようになりました。いわゆる「絶叫系」の施設も増えつつあり、ウィーンのオアシス、プラターも雰囲気が変わってきているような気がします。

さて、そんな中で、昔から変わることなく、走り続けている「リリプトバーン」という鉄道があります。子供を対象とした、「いわゆる遊園地の汽車」なのですが、意外と線路が長く、大人も楽しむことができます(地図を見ると、その距離がわかります。何と総延長は3.9キロメートル)。また、線路の幅は、381ミリという、ちょっと変わった寸法です。

私も、はじめてウィーンを訪問した時、同行した友人と一緒に乗車した思い出があります(日本の“青年”二人がリリプトバーンに乗っている姿は、ちょっと異様だったかもしれません。本当に当時は若かった…)。
写真は内燃機関を搭載した機関車ですが、本物の蒸気機関車も走っています。当然、蒸気機関車の方が、人気があるのは、言うまでもありません。

今年、久しぶりにプラターを訪ねました。冒頭に書いたように、プラターも「時代の流れ」に逆らうことができないのか、絶叫系の施設が急速に増えており、正直、がっかりしました。そんな中、プラターのシンボルである大観覧車と、このリリプトバーンが、数少ない「癒し系の乗り物」でしょう(個人的には「癒し系」という言葉はありまり好きではないのですが、わかりやすいので使いました)。

このリリプトバーンも、2004年に何と開業75周年を迎えています。

http://www.liliputbahn.com/home.htm

ところで、オーストリアには「リリプト」という名前の鉄道模型メーカーがあります。同社は、オーストリアのシュマール・シュプール・バーンの車両など、ファン好みの魅力的な「一品」を発売していたのですが、最近、一度倒産してしまいました。その後、他社の支援を受けて、再建をしているようです。
先日、久しぶりにプラターを訪れて、ふと、こんなことを思い出しました。

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November 03, 2004

お昼休みあれこれ

イタリアほどではありませんが、オーストリアでもお昼休みを大切にする習慣があります。最近は、長い時間昼休みをとるお店も減ってきましたが、私がはじめてオーストリアへ行った時は、まだ「長時間の昼休み」が当たり前でした。とくに地方の町では、昼休みが徹底していました。

さて、今日は、その時のお話です。

今から20年近く前、シュタイヤマルク州の「とある町」を訪問した時のことです。当時、雑誌の編集に携わっていたため、午前中から写真撮影を行っていました。たまたま列車の都合で、町に戻ったのが、13時を回っていました。さて、「遅い昼食でもとろうか」と同行の友人と一緒に、駅から町に繰り出しました。

ところが… 一般の商店はすべて「昼休み」で閉まっています。嫌な予感が… そう、飲食店も、ランチタイムを終え、すでに閉店準備をしていたのです。

タッチの差で、昼食をとることができませんでした。お店で何かを買って食べようとおもっても、お店は閉店中です(オーストリアでは、肉屋さんでサンドイッチなどが買えるので、肉屋さんが開いていれば、問題なかったのですが…)。町の中を歩いている人も、ほとんどいません。

結局、友人と私は、駅のベンチで空腹のまま、2時間ほど過ごすことになってしまいました。今なら車で、開いている店を探すことができたのですが、当時は、列車で移動していましたので、これもできません。えっ、なぜ、列車で移動しなかったかって。実は、次の列車は2時間後だったのです。

最近では、長時間、昼休みをとるお店も減ってきましたが、それでも地方の町を訪問したときは、要注意です。

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November 02, 2004

自宅にある「本物のステファン・ドーム」

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私の自宅には、本物のステファン・ドームがあります。「本当?」「嘘だろう!」と思う方が多いと思いますが、これは事実です。というわけで、今日は、このお話です。

ウィーンを訪問した方は、必ず旧市街の中心部にあるステファン・ドーム(日本では「ステファン寺院」と記載されるケースがありますが、私は今ひとつピンと来ません)を訪れると思います。いつ訪れても観光客が途切れることがありませんね。
このステファンには、入口から入って左側にドーム・ショップがあります。さすがに教会のショップだけあって、絵はがきやガイドブックなどの観光客向けのお土産以外にも、信徒向けの宗教グッズも各種販売されています。実は、ステファン・ドームで使われているろうそくも販売されています。とくにガラスのろうそく立てはお勧めです。また、時々、新しいオリジナル・グッズが発売されるので、ウィーン訪問時には、毎回訪れています。

さて、実は「自宅にあるステファン」とは、そこで購入した写真のピンバッジです。
なぜ、これが「自宅にあるステファンなのか?」ということですが、このピンバッジについていた説明書には、次のような文章が書かれています。
「このピンに取り入れられる石は、完全にオリジナルである」(der in diesem pin eingearbeitete stein ist ein originalstein)。ちょっとわかりにくいですが、ステファン・ドームの有名なモザイク屋根を模したデザインの右上に「石」がついています。
このピンバッジは「ステファン・ドーム850年」を記念して、献金の目的で発売されたものです。当然、完売となり、今は見かけませんが、私にとって大切な「一品」で、趣味のコレクションを飾ってある棚に鎮座しています。
というわけで、自宅にある「本物のステファン・ドーム」と言っても、自宅に本物の建物が建っている訳ではありません。ごめんなさい。
また、もう一つ「レーザー光線でガラスの内部にステファン・ドームを描いた置物」も持っています。なぜか、ステファン・ドームにも「はまっている私」でした。


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November 01, 2004

「鉄道博物館」、その実態は…

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ウィーン郊外に「鉄道博物館」(Eisenbahn Museum Strasshof)があります。この鉄道博物館は、オーストリア鉄道150年(1987年)の行事にあわせて整備されたものです。

ちなみにオーストリア最初の鉄道は、1837年に開通したカイザー・フェルディナント・ノルト・バーン(Kaiser Ferdinands Nordbahn)です。

さて、この鉄道博物館へは、ウィーン・ミッテからS1に乗り、30分ほどで、最寄り駅のSilberwaidに到着します。注意が必要なのはStrasshofという駅が手前にあるのですが、ここで下車すると、博物館まで徒歩で40分ほどかかります。ちなみにSilberwaidからは5分ほどです(何で知っているのか…それはヒミツです)。

私は、2002年の9月に初めて訪問しました。平日だったので、お客様の姿が、まったくありませんでした。一瞬、営業しているのかと心配になりました。ちょうど、その時、係員が通りかかり、“博物館に来たのか”と声をかけてくれ、無事入場することができました(入場料当時4.5ユーロ)。車庫の中も、屋外展示場も、少数の係員以外、誰もいません。私の「貸し切り状態」です。普通ならば、写真撮影や見学に最適の環境なだけに、大喜びするのですが…

ところが、回ってビックリ仰天。というのは、いわゆる「博物館」というよりは、保存車両の集積地といった感じなのです。もちろん動態保存の車両もありますが、とりあえず「集めてあるだけの車両」や、「整備待ちの車両」の方が圧倒的に多いのです。しかも、屋外の車両はかなり傷んでいます。

実は、オーストリア国鉄も150周年記念の行事にあわせて、歴史的車両の整備を大々的に実施しました。その際、当時、西駅近くの産業技術博物館(Technisches Museum)で展示されていた機関車を引き上げています。その中から、動態に復元されたものも、多数存在します。そして、9月にStrasshofに隣接する特設会場で、大々的に車両パレードが開催されたのでした。

しかし、現在では、予算不足のためか、そのころに比べると、明らかに保存状態が低下しています。また、展示の仕方も、余り展示を意識している様子はなく、「とりあえず置いてある」といった状況です。ただし、保管されている車両の数は非常に多く、仮に「完全に整備」されたら、見事な博物館になると思います。
もちろん、現在でも一部は動態保存されている蒸気機関車などもあり、時々特別運転で登場します。しかし、普段は火が入っていないので、「生きている車両」という感じはしません。

当初、ここで昼食をとることを考えていましたが、平日なのでカフェも休業中でした(悲しい…)。
幸い、自動販売機で飲み物を買うことができたので、助かりました。ところで、ここ自動販売機、珍しくビアを売っていました。ホテル以外の場所で、ビアの入った自動販売機を見たのは、ここが初めてです。

鉄道ファンの方でも、特別行事でもない時は、お奨めしかねますが、ご興味のある方は、下記のサイトで情報を収集することができます。

http://www.heizhaus.com/

なお、開館は4月から9月中旬(2004年は、4月1日~9月26日)の10時から16時となっています。博物館の定番「月曜休館」(Montag geschlossen)となっています。

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