番外編 ドレスデン・ゼンパーオーパー(前編)
○ウィーンとも関わりの深い歌劇場
ドイツに限らず、多くの歌劇場は所在地の都市名や州名が頭に付いていますが、ここドレスデンはちょっと異なります。Feriも最初は、“妙な名前の劇場だな”と思っていました。
で、このゼンパーというのは、当劇場の建設を担当した建築家、ゴットフリート・ゼンパーの名前からとったものだそうです。このゼンパー氏は、実は、ウィーンのブルグ劇場建設にも携わっています。つまり、ウィーンと関係の深い建築家と言うことになりますね
。
ご存じの方も多いと思いますが、ドレスデンは第二次世界大戦末期(1945年)、英米軍の大空襲により、旧市街が壊滅的な被害を受けました。有名な建物は軒並み破壊されています。
ゼンパーオーパーも完全に破壊された訳ですが、再建までに掛かった期間は、何と40年。広範囲にわたり外観を忠実に原型通り再現したため、これだけの時間を要したようです(ドイツ人のこだわりを見た感じがします)。恐らく物理的には、もっと早く復旧することもできたのかもしれませんが、ドレスデンは、東ドイツ(ドイツ民主主義人民共和国)の街でしたので、計画経済の下で優先度が低かったのかもしれません。

しかし、その外観は見事です。なお、後ろ側には近代的なビルが併設されており、練習場などの施設が併設されています。しかし、テアタープラッツから見ると、後ろの建物は全く見えない設計は見事ですね。ちなみに、ウィーン国立歌劇場も戦災を受けていますが、再建まで10年の期間でした。
ところで、よくドレスデンを訪問した人は、「古い建物は何故黒いのか」という疑問を持ちます。ごもっとも。実は、これは最初から黒かったのではなく、ドレスデン大空襲で焼けてしまったために、黒くなったものだそうです。この悲惨な戦争の歴史を後世に伝えるため、意図的に古い建物は黒いままにしているそうです(よい、悪いではなく「忘れないため」だそうです)。
と言うわけで、瓦礫から再建されたゼンパーオーパーも真っ黒…という訳です。
○見事な装飾の劇場内
さすがに40年もかけているため、劇場内の修復も見事です
。

ゼンパーオーパーはウィーン国立歌劇場のように正面玄関から続く、中央階段はありません。入ったところは、通路という設計になっています。
しかし、両側には大理石の双円柱で支えられた十字天蓋をもつロビーが設けられています。ここだけみると、戦災を受けたことを全く感じさせません。また、劇場内にも装飾が施されているのが特徴です。
写真のように劇場(客席)天井にも立派な絵が描かれています。これは、本当に見事で、一見の価値がありますね。さらに、舞台両脇にも彫刻が設置されている点も特徴でしょう。
恐らく、このあたりの復元にも、かなり時間を要したものと推察されます。さすがにドイツ人魂というか、徹底するときは、本当にすごい。当時の共産圏では、西側と異なり、時間はかかっても、採算を度外視して、国が歴史的遺産の修復をしていました(これは、鉄道車両のような工業資産も同じです)。もし、ドレスデンが西ドイツに所属していたら、ここまで徹底した復元ができたかどうか疑問です。
長文だと読みにくいため、後編は明日、アップします。






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