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December 06, 2008

オーストリア航空の思い出

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airplane オーストリア航空が、フルトハンザ・ドイツ航空に買収されるような状況になってきました。

ところで、airlinesさんから、オーストリア航空に関する「思い出のコメント」をいただきましたが、実は、Feriにとっても思い出深いエアラインです。

当ブログでも2004年10月に、就航当時のオーストリア航空・東京線の模様をご紹介したことがあるのですが、実は、Feriがオーストリア航空の東京線を利用したのは、路線開設間もない1989年7月のことです。

私事ですが、当時、別の会社に転職することが決まり、その会社への正式入社まで若干、時間がありました。そこで、ドイツ、オーストリアへの小旅行を実行しました。その際、往路は一度乗ってみたかったスイス航空163便(機種はDC-10-30)を利用し、チューリヒへ向かいました。そこから、ミュンヘンまで飛び、レンタカーを借りてオーストリア・ザルツカンマーグート方面へ。

そして、帰路は開設間もないオーストリア航空555便(機種はA310-324)を利用しました。当時、東京-欧州などの長距離路線ではDC-10などの3発機か、B747のような4発機が標準だったので、双発のA310による長距離運行は珍しかったと思います(Feriも長距離の双発機搭乗は、その時が初めてでした)。
冒頭の写真は、成田に到着したOS555便のA310です coldsweats01

airlinesさんのコメントにもあったように、オーストリア航空の東京線は、当時、モスクワ経由でした。当時はまだソビエト連邦も健在だったため、シベリア上空通過に制約が多く、OS555便は、オーストリア航空、アエロフロート、全日空の三社共同運航便という珍しいフライトでした。

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また、全日空も力を入れており、Feriが乗った時は、同社の客室乗務員も乗務していました(全日空の制服で乗務していました。さすがにアエロフロートの乗務員はいなかったと思います)。余談ですが、当時は全日空がヨーロッパ線に就航し始めた頃で、自社機材による運行はロンドン線だけでした。しかも、ロンドンの空港は、ヒースロー空港の発着枠に空きがなかったため、ガトウィック空港でした。

OS555便は、ウィーンからモスクワ・シェレメチボ空港に到着後、出発までの時間は1時間15分ほどの待機時間でした。しかし、ここからの搭乗するお客さまもいるため、一度、全員が降機し、改めて搭乗するという形でした。Feriも当時、シェレメチボ空港が、薄暗かったような記憶しかありません。今は、どうなっているのでしょうかね。ちなみに、下の写真はシェレメチボ空港を離陸中に撮影した空港の様子です。アエロフロートの輸送機(軍用機仕様ですが)が多数駐機しているのが見えますね。

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さて、オーストリア航空の東京便に話を戻すと、当時の使用機材A310-324は、ワイドボディ機の中では小型の部類であるにもかかわらず、F、C、Yの3クラス制を採用していました。当時の全日空国際線時刻表が手元にあるのですが、これを見るとファーストクラスは2-2-2の12席、ビジネスクラスは2-3-2の37席(非常口部分は1-3-1)、エコノミークラスが2-4-2の123席(後部は2-3-2)となっていました。ちなみに、同機は、当時のオーストリア航空最大の機材でした。

モスクワ経由ということで、ご多分に漏れず、お食事が多く、ウィーン-モスクワ間で昼食、モスクワ-東京間で夕食と朝食が提供されていました。当時の欧州線標準のアンカレッジ経由も含めて、昔は機内食の量が多かったですねぇ。写真の機内食ですが、上はウィーン-モスクワ間、その下はモスクワ-東京間(夕食)です。一応、ビジネスクラスですが、今よりは見劣りしますね coldsweats02

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さて、FeriがOSのA310に搭乗したのは、実は、この時が最初で最後になってしまいました。というのは、同社の東京便が1995年夏のダイヤからA340-212に変わったためです。

この時、アエロフロートとの共同運行が解除され、ウィーン-東京の直行便になっています。また、A340の導入に合わせて、ファーストクラスが廃止され、C、Yの2クラス制に移行しました。A310ではビジネスクラスも2-3-2だったのですが、A340導入に合わせて2-2-2という余裕のある座席配置になりました。

さらに、1997年には、より大型のA340-313Xに機種が換わっていきました。ちなみにFeriが次にOSの東京線に搭乗したのは、1998年12月のことです(機種はA340-313X、なお、双発のA330-223がA340の代わりに東京線へ投入されたこともあるようです。)。そうそう、関空にも就航していましたね。一回だけ、東京発が込んでいたため、羽田から関空まで飛んで、そこからオーストリア航空56便を利用したことがあります。下は、関空で出発準備中のA340-313Xです。個人的には、この旧塗装の方が好きだったのですけれども… heart04

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この頃は、まだ「9.11以前」だったため、機内で客室乗務員にお願いをすると、場合によっては飛行中でも操縦室を見学させてもらうことができました。

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その後、ご存知のように2007年、B777-200に変更され、今日に至っています(3機はラウダからの移管、1機は自社発注ですが)。
さて、ルフトハンザ・ドイツ航空に買収されると、B777-200シリーズの行方が気になります。というのは、ルフトハンザは、現在、ボーイング製の機材はB747とB737シリーズは使用していますが、B777は保有していません。これに該当する機材は、エアバス社のA340、A330シリーズです。スイスも再建途中で、MD-11を売却し、A340に機種変更しました。さて、路線と同時に、機材の動向も気になるところです。

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Comments

約20年間に及ぶオーストリア航空の足取りについてのFeriさんの詳しい記述に脱帽します。
ひと頃のモスクワ空港はひどかったですね。薄暗くてトイレなどは出るものも出なくなるほどの汚さ。Feriさんが述べられている通り、一度降機してまた改めて搭乗する(非能率な)システムの所為でパスポートコントロールがありましたが、検査官がひどかったです。ジイッと睨み付けるんです。私も負けじと目をそらさないように頑張りまるでニラメッコの様相でした。一人一人の通過にひどく時間がかかり皆いらいらしてました。今はウイーンまで直行となり不愉快な思いもせず、時間面でも便利となりました。モスクワ空港もさすがに現在はあんなことは無いだろうと思いますが・・・。
OSは一時関西空港発便があって西日本に住む私にとってはとても便利だったのですが(そしていつも混んでいたのに)廃線は意外で残念なことでした。
現在関空からウイーンに能率良く行こうと思えばLHでフランクフルト乗り継ぎとなりますが、燃油サーチャージ等がOSと比較すると7割以上割高となるので、ご苦労でも成田からのOS利用となってしまいます。OSがLHの傘下に入ると路線の寡占化が進み利用者にとってはマイナス面が生じるのではないかと不安を感じます。

Posted by: Unicorn(ユニコーン) | December 06, 2008 at 12:35 PM

ユニコーンさま、コメントありがとうございます。また、お久しぶりです。

OSの関空線撤退については、団体客の利用が中心で、利益が出なかったというのが本音のようです。特に関空に関しては、他社も同様なようで、それが国際線の相次ぐ撤退につながっているようです。

現在、ルフトハンザは成田ーフランクフルト、成田-ミュンヘンを開設していますが、これ以上、増便しても満席にできないでしょうから、当面、オーストリア航空の東京線は残ると思っています。逆にヨーロッパ内のオーストリアードイツ間の路線に関しては、何らかの整理が行われるかもしれません。

燃油サージは利用クラスに関係なく「均一料金」なので、安いチケットほど影響が大きいですよね。とりあえず2009年1月から日系は下がるようなので、ホッとしていますが。

Posted by: Feri | December 06, 2008 at 05:16 PM

いや~、世の中って広いようでほんとうに広いんですね(?)。
Feriさんはさり気なく機内食のプレゼンテーション・・
Unicomさんはモスクワ空港検査官の厳つい表情・・

凄い~、すごく興味深く拝読しています。

私も調子にのってひとつふたつ(番外編)
NH/SU/OS556便にはアェロフロートのスタッフが乗務していたそうです。コクピットに一人、機関士として。
笑い話みたいですが、シベリア上空で不測の事態が生じた時、緊急にダイバートする代替飛行場とのコミニュケーション要員として(だってローカル管制官は米国語をあまり得意としていない)だそうです。ほんとうだったのでしょうか?
これは体験談、搭乗間際にフッと後方を見ると異常に大きな身体をした人の群れ。お相撲さん一行でした。ビジネスクラスだとは思いましたが、あの身体であのシート大丈夫かなと人事ながら少し心配しました。あとで客室乗務員(日本人)に聞くと、エキストラのシートベルトを使用されていましたよ。と微笑まれて・・静に去ってゆかれました。Σ(゚д゚lll)アブナッ !

Posted by: | December 06, 2008 at 10:52 PM


関空といえば、ネパール航空(?)そしてネパール航空といえばあのラウダ航空を思い出します。
ある時期、ネパール航空が乗務員不足で雇い入れたのがラウダの客室乗務員だとか。

格好良かったな~、薄茶色のパンツルックに映えるその長い足、ニッキーがいつも愛用していたあの赤色の野球帽から流れる綺麗なブロンドの髪・・・。まさに洋画のひとコマを眺めているようなシーンに呆然としていました。いまどうしてるんだろう、あの麗しき人達。

Posted by: | December 07, 2008 at 11:16 AM

ラウダ・エアですか。懐かしいですね。
実はFeriはヨーロッパ内ですが、乗ったことがあります。その時の様子は2004年10月の当ブログで照会しておりますので、一度、ご覧ください。

http://wien.cocolog-nifty.com/operette/2004/10/post_12.html

ベースボールキャップをかぶった気さくな客室乗務員さんもご紹介しております。

Posted by: Feri | December 07, 2008 at 11:44 AM

なつかしい、お話を有難うございました。
B777-200に機種が変更になって、エコノミーの座席配置が3-4-3(機体によっては、3-3-3)になり、夫婦でウィーンを訪れる私共には、不便この上ありません。昨年は、中央4席の真ん中2席になり、往生しました。
毎年、ウィーンを訪れていますが、これだけは憂鬱です(。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・)。ビジネスクラスだと、訪問が2年に一回?(゚ー゚;

Posted by: 愚庵 | December 08, 2008 at 09:54 AM

愚庵さま、コメント、ありがとうございます。

実は、私も今回、オーストリア航空のB777に載りましたが、3人掛けの通路側にしてもらいました。が、AとBのお客さまが女性のお友達同士 coldsweats02 。お話が盛り上がっていて、ちょっとしんどかったですね。

A340の時は、A・BまたはJ・Kだと、必ず一人旅のお客さまに当たるので、静かに過ごすことができました。個人的にはA340の方が好きでしたけれども。

Posted by: Feri | December 08, 2008 at 12:54 PM

Feriさん、ありがとうございました。
早速、ご紹介下さった記事に飛び込みました。
これ!この麗しき姿。 camera写真の笑顔もあの関空で見たそのまんま・・・。
ウィーンの空港で手に入れたラウダ航空のステッカーいまでも大切に保存しています。

Posted by: airlines | December 08, 2008 at 11:50 PM

はじめまして、楕円球と申します。懐かしいお話に思わず書き込みしてしまいました。

私も大学院を出る時にウィーンに行き、モスクワ経由のオーストリア航空機に乗りました。シェレメチボ、暗かったですねぇ(苦笑)。リーバイスが免税店で売られていてしかも高くて「共産圏」を実感しました。キャビアは安かったですが・・・(余談ですが、父の知り合いでカードでキャビアを買ったら結局請求が来なかった、という話を聞きました。これも共産圏ならでは、でしょうか)。

記憶ではモスクワで降りる際に全日空のCAから「正直なところ置き引きなどが頻発しているので貴重品は絶対に持って降りてください」と案内がありました。結構びびりました。

機材ですが、皆様ご指摘のように777は酷いですね。私は大嫌いな機材です。昔のエアバスの2-4-2はよかったのになんで777にしてしまったのでしょうか。おまけにいつも混んでいた関空路線を廃止するとは・・・(怒)。関西に移住してから不便でなりません。LHに買収されたので、関空路線も復活させてほしいです。

長文失礼しました。

Posted by: 楕円球 | January 07, 2009 at 04:47 PM

楕円球さま、コメントありがとうございます。ほぼ、同じ時期にお乗りになったようですね。

機材変更の件ですが、燃費がかなり違うそうです。元々、所有していた機材が少なかったことに加えて、ラウダ・エアと経営統合し、同社のB777があったため、経費削減の観点からB777にしたようです。

ちなみに、B777の国際線で3-4-3という10列配置は珍しいようですね。これは、ビジネスクラスのシェルフラット化により、ビジネスクラスのキャビンが拡大せざるを得ず、そのしわ寄せがエコノミーに来たようです。また、関空から撤退した最大の理由は、ビジネスクラスが埋まらなかったことが原因のようです。

どうぞ、またお気軽にお立ち寄りください。

Posted by: Feri | January 07, 2009 at 07:31 PM

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