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July 16, 2011

オットーさんのお葬式が、今日、執り行われます

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日本は今日から三連休なので、お出かけになる方も多いことでしょう。

昨晩(7月15日)は、メルビッシュ・オペレッタ・フェスティバルのプルミエだったのですが、夕方の激しい雷雨により、中止になってしまいました。最後の登板となるセラフィンさんも悲しそうだったとか‥なお、毎年恒例のORF生中継ですが、バックアップ用に収録していた2日前の「ゲネプロの様」子を放送したようです。

さて、今日は、本日、ウィーンで行われる「オットー・フォン・ハプスブルクさんのお葬式」に関する話題をお届けしましょう。

日本では、大々的に報道されませんでしたが、オットー・フォン・ハプスブルク(Otto von Habsburg)さんは、オーストリア・ハンガリー帝国「最後の皇太子」で、1912年11月20日、カ-ルⅠ世と皇后ツィタの長男として生まれました。

しかし、第一次世界大戦でオ-ストリアが破れ、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊したため、カールⅠ世は、皇帝の地位を失い、オットーさんも含む家族は国外へ逃れています。その後、各国を転々とし、ドイツのバイエルン州に居を構えました。

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日本でも2008年1月にNHKで放送された、「探検ロマン世界遺産 ウィーン前編」に登場していたので、ご覧になった方もいらしゃるかもしれません。

7月4日、ドイツ・バイエルン州ペッキンクのご自宅で亡くなられました。享年98歳。死因は公表されていませんが、2年yほどまえに自宅の階段から転落して以来、体調を崩されていたようです。

オーストリアにはお住まいになっていませんが、オーストリアとゆかりの深い方なので、国葬並みの大規模なお葬式が執り行われることになったようです。

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オットー・ハプスブルクさんと先にお亡くなりになったレギーナ夫人の棺は、7月14日と15日、カプツィーナ教会に安置されました。写真は、その時の模様を伝える新聞報道です。

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さて、オットー・ハプスブルクさんの鎮魂ミサは年7月16日、15時からシュテファンドームで行われます。その後、葬列は17時10分にシュテファンドームを出発し、グラーベン、コールマルクト、ホーフブルク王宮、リンク大通りを経て、昨年亡くなった妻のレギーナさんも眠るノイヤー・マルクトのカプツィーナ墓所へ向かうことになっています(到着予定は19時だそうです)。

Feriは残念ながら、今、ウィーンにはいないので、葬列の模様をお伝えすることができませんが、現地の新聞では、大々的に、この模様を伝えています。恐らく、多くの方が葬列を見送ることになるでしょう。


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