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November 17, 2012

番外編 JALフランクフルト就航50周年

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今日はFeriが日本へ行くときにお世話になることが多い「日本航空の話題」です。

経営破綻後、今年、再上場を果たした日本航空ですが、10月4日にフランクフルト線就航50周年を迎えました。
あいにく時期が時期だけに日本では大々的にPRされることはありませんでしたが、現地ではささやかなイベントも行われたようです。

日本航空のフランクフルト線は、1962年10月4日、コンベア880型機による南回りで運航が開始されました。今の人はコンベア880型機と言っても、どんな旅客機かご存じないと思いますが、アメリカの大手航空会社だったジェネラル・ダイナミクス社のコンベア部門が製造した四発のジェット旅客機です。

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当時は「世界最速のジェット旅客機」という触れ込みでデビューしました。1959年に初飛行に成功し、日本航空では8機が使用されました。コンベア880型機は東南アジア路線向けとして、主力機材であったDC-8よりも小型であることから導入されたそうです。

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一時期、国内線でも使用されたそうですが、Feriは日本航空のコンベア880は見たことがありませんが、右の写真は当時、日本航空が配っていたコンベア880の絵葉書です。

さて、フランクフルト線ですが、当時は南回り。どんなルートだったかと言うと、羽田→香港→バンコク―カルカッタ→カラチ→クウェート→カイロ→ローマを経由し、フランクフルトへ(実は先があって、最終目的地はロンドンだったそうです)。飛行距離は16800kmで、所要時間は何と31時間(ただし飛行時間は27時間) 機内はファーストとエコノミーの2クラスで、途中、機内食は7回も提供されたそうです。

ジェット旅客機で運行されていたとは言え、今から考えると創造を絶する「長旅」ですね。その後、需要が増えたため、1963年には当時の主力機だったダグラスDC-8が投入されています。当時、日本航空のジェット旅客機と言えばDC-8が代名詞でしたね。

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さらに1967年には、この南回りルートは大西洋を越えて世界一周航路(ロンドン-ニューヨーク-サンフランシスコ-ホノルル-羽田)になりました。すごいですよね。

余談ですが、Feriは、当時、日本航空の国内線で運用されていたDC-8には乗ったことがあるのですが、国際線での搭乗は残念ながら実現しませんでした。ヨーロッパ線で最後までDC-8が投入されていたのは、モスクワ経由便だったと思います。なお、日本航空では1980年代後半まで、南回りヨーロッパ線を運行していたようです。

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ヨーロッパ線が大きく変わったのは、1969年に開設された北回り(アンカレッジ経由)ルートでしょう。Feriが最初に利用した頃は、もちろんアンカレッジ経由でした。機材も1970年代にはDC-8から大幅に輸送力がアップしたボーイング747に変わりましたね。

B747も最初はコブが短いオリジナルの100型や200型機でした。その後、1990年代に入り、アンカレッジ経由から直行便に切り替わったのはご存じのとおり。さらに機材も2階部分が長い300型や400型になっています。

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最初から直行便の皆さんはピンとこないかもしれませんが、北極経由の北回りヨーロッパ線では、航続距離の関係で、途中で燃料補給が必要でした。

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いわゆるテクニカルランディングと呼ばれるもので、この場所にアラスカのアンカレッジが選ばれたのです。日本航空だけでなく、ルフトハンザ、ブリティッシュエアウェイズ、エールフランス、KLMなどヨーロッパ系の航空会社も当時はアンカレッジで給油をしていました。

給油中は、いったんロビーに出なくてはならないので、アンカレッジ空港のターミナル内は一時寄港する日本人のお客さまで大賑わい。制限エリア内から出ることはできませんが、免税店もあり、日本語を話せる店員さんもいましたね。Feri達は、この免税店を「アラスカ市場」と呼んでいました。

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写真はアンカレッジのターミナル内にあった名物の「シロクマの剥製」。後ろに見えるのは、かの有名な「アラスカうどん」。当時は、エコノミークラスでもボリュームのある機内食が提供されていましたが、なぜかアンカレッジのうどんは大人気でした。ちなみにアンカレッジ経由の所要時間は15時間でしたね。

アンカレッジ経由の場合、日本発が夜で、アンカレッジは昼間。そしてヨーロッパには朝到着するので、到着日は一日有効に活用できる反面、若い頃のFeriでも夜にはグロッキー‥というケースが多かったですね。

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実は日本とヨーロッパを結ぶ最も近いルートはシベリア上空を通過するルートなのですが、冷戦の頃は、軍事機密の関係もあり、シベリア上空の飛行は制限されていました。そのため、西側の航空会社は制限がないアンカレッジ経由の北極ルートを使っていた訳です。北極圏通過証を配っていたエアラインもありましたね。

しかし、1991年のソ連崩壊により、シベリア上空の飛行が大幅に緩和され、時間的にも有利な(燃料が節約できる)、各エアラインとも、こちらのルートにシフトしています。日本航空では、それよりも前からモスクワ経由(当初は、シベリアルート利用の条件としてソ連当局からモスクワ着陸が義務づけられていたそうです)のヨーロッパ線を運行していましたが、本格的にシベリア直行ルートに変更したのは1992年くらいだったと思います。

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ちなみにFeriが最後にアンカレッジを利用したのは1991年夏でしたが、日本行きはKLMだったので既に直行便になっていました。

Feriは、乗り継ぎでウィーンへ行く場合、ドイツ語が使えるフランクフルトがお気に入りなので、ルフトハンザか日本国空、全日空の利用が多いですね。

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さて、日本航空のフランクフルト線に話を戻すと、機材が2006年からは双発で燃費の良いボーイングB777-300ERにダウンサイジング化されています。FeriはこぢんまりとしているB-747のアッパーデッキが好きだったのですが、これが利用できなくなってガッカリした記憶があります。

ただ、直行化により所要時間は11時間台に短縮されましたから、そういう意味では楽になりましたね。それにしてもヨーロッパまで双発の旅客機で行けるようになるとは思ってもみませんでした。また、以前だったら日本航空、全日空ともB747-400型機の後継には大型のA380を導入したと思いますが、これも時代の流れでしょうかね。

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ところで、日本航空のFacebookを見ると10月4日の記念日当日には日本行きJL408便出発ゲートで「JALミニオクトーバーフェスト」を開催したとか‥。ナショナルフラッグキャリアだった頃ならば、もっと大々的に行ったのでしょうが、時代は変わったものです。

フランクフルト線はビジネス路線としてビジネスパーソンに人気がありますので、各社とも力を入れている路線です。全日空では羽田-フランクフルト線に最新鋭のB-787-800型機を投入しており、今後も競争が続くことでしょう。


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Comments

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

Posted by: 投資の勉強 | February 27, 2014 at 12:57 PM

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