« 屋台のオペレーションも合理的です | Main | 変わったお店シリーズ70 田舎のミニホームセンター »

November 15, 2012

2012ウィーン国立歌劇場 来日公演を振り返って

Img_108_11_6907_001

ウィーン国立歌劇場の公演も無事終了。千秋楽がグルベローヴァさんの日本最終公演となったので、華やかなフィナーレとなりましたね。ここで、1980年の初来日から、2012年の公演までを振り返ってみたいと思います。皆さま、ご存じのようにウィーン国利歌劇場の来日公演は、今回で通算8回目となります。

○1980年(9月30日~10月17日、全22公演)
「ナクソス島のアリアドネ」:東京2公演、大阪2公演
「エレクトラ」:東京3公演
「後宮からの誘拐」:東京3公演
「フィガロの結婚」:東京3公演、大阪2公演、横浜2公演
「サロメ」:東京4公演、大阪1公演

※初来日は、5演目と多い上に、大阪、横浜公演もあり、気合いが入っていましたね。当時の総監督はエゴン・ゼーフェルナーさんです。最晩年を迎えた巨匠カール・ベームさんが日本で国立歌劇場を振った「最初で最後の公演」として、クラシックファンの心に強く残った初来日となりました。カール・ベームさんは「アリアドネ」を1回、「フィガロの結婚」を4回振っています。ちなみに民音が招へい元だったようですね。

Img_107_10_6621_001

○1986年(3月16日~4月12日、全22公演)
「マノン・レスコー」:東京3公演、大阪1公演、横浜1公演、名古屋1公演
「フィガロの結婚」:東京4公演、大阪1公演、横浜1公演
「ばらの騎士」:東京4公演、大阪2公演、名古屋1公演
「トリスタンとイゾルデ」:東京3公演

※2回目の来日公演では、名古屋公演が加わった点が特記されます。また、現在まで、唯一の「春先の引っ越し公演」となりました。当時の総監督はクラウス・ヘルムート・ドレーゼさんですが、就任初シーズンなので、実質的には前監督のエゴン・ゼーフェルナーさん時代にプロダクションなどが決まったのでしょう。わずか1回の地方公演というのも、今から考えると驚異ですね。キャストやスタッフをはじめ舞台装置の移動などでコストがすごくかかったような気がします。どうなんでしょうか。

○1989年(10月21日~11月18日、全17公演)
「パルジファル」:東京4公演
「ランスへの旅」:東京5公演
「ヴォツェック」:東京3公演
「魔笛」:東京5公演

※3年前の地方公演連発にこりたのか、東京公演だけとなりましたが、通好みに演目が加わりました。総監督はクラウス・ヘルムート・ドレーゼです。恐らく、この来日公演では同氏の考えがプロダクションに反映されていると思われます。「ランスへの旅」や「ヴォツェック」は、日本ではあまり上演されませんからね。一方、「魔笛」は5公演。有名なオペラではありますが、5公演というのは今では信じられません。

○1994年(9月16日~10月19日、全18公演)
「ボリス・ゴドノフ」:東京3公演
「こうもり」:東京4公演
「フィガロの結婚」:東京5公演
「ばらの騎士」:東京6公演

※4回目の来日公演ですが、前回以上に公演数が増えています。「ばらの騎士」は6公演ですが、来日公演で、かつ同じ会場で6公演というのは珍しいような気がします。
この来日公演から総監督がイオアン・ホーレンダーさんになりました。同氏は1992年に急死したエバーハルト・フェヒターさんに代わって就任しています。

Img_108_11_6768_001

○2000年(10月22日~11月11日、全10公演)
「ナクソス島のアリアドネ」:横浜3公演
「シャモニーのリンダ」:東京3公演
「メリーウィドウ」:東京4公演

※6年ぶりとなった5回目の来日公演は、グルベローヴァさんが2演目に出演した回として特記されます。この回から横浜公演が復活しました。今となっては幻の「メリーウィドウ」も懐かしい。総監督はイオアン・ホーレンダーさんですが、以降、2008年公演まで、合計4回の来日公演を率いています。これはすごいですよね。なお、Feriは、この公演から参戦しました。遅いですねぇ‥ ただ、ここでグルベローヴァさんの素晴らしい公演に出会ってしまったのが「運の尽き」。

○2004年(10月3日~10月15日、全7公演)
「ドン・ジョヴァンニ」:東京4公演
「フィガロの結婚」:東京3公演

※6回目は何と2演目にプログラムが縮小された関係で、公演期間も2週間と最短です。しかし、2公演とも2002/03シーズンから音楽総督に就任した小澤征爾さんが大活躍し、日本のファンを魅了しました。グルベローヴァさんはドナ・アンナで起用されました。この回から4年スパンになったようです。これも商売上手のホーレンダーさんの発案でしょうかね。また、ホーレンダーさんになってから、毎回、グルベローヴァさんが共演するようになりました。これも同氏の人脈が関係しているのでしょうか。
なお、来日公演直後の10月18日には、現地で「ドン・カルロス」(フランス語版)のプルミエが行われています。この関係で来日期間が短かったのかもしれません。それにしても、ずいぶんと無理をするものです。

○2008年(10月21日~11月8日、全10公演)
「コシ・ファン・トゥッテ」:東京4公演
「ロベルト・デビュリュー」:東京3公演
「フィデリオ」:横浜3公演

※小澤征爾さん総監督として来日したのは、この回が最後。また、小澤さんが日本でウィーン国立歌劇場を振ったのは、結果として、これが最後となりました。10月26日の「フィデリオ」で来日公演、通算100回を記録しました。舞台装置が文化会館の舞台に入らないため「ロベルト・デビュリュー」がコンサート形式になってしまったのが、返す返すも残念。あと、現時点では唯一、ムーティーさんが来日公演でウィーン国立歌劇場を振った回でもありますね。2003/04シーズンから専属歌手として活躍している甲斐 栄次郎さんが、同歌劇場メンバーとして初来日した公演です。ちなみに甲斐さんは、このとき「ロベルト・デビュリュー」のグラルティエロ・ローリー卿役でした。また、辣腕総裁のイオアン・ホーレンダーさんが率いた最後の来日公演となりました。

Img_108_11_6911_001

○2012年(10月14日~11月4日、全9公演)
「サロメ」:東京3公演
「フィガロの結婚」:横浜3公演
「子供のための魔笛」:横浜2公演
「アンナ・ボレーナ」:東京3公演

※新総裁に就任したドミニク・メイヤーさん(マイヤーと表現されることもありますが、本来フランス人なのでメイヤーの方が正しいと思います)とフランツ・ウェルザー=メストさんのコンビによる初来日公演となったのですが、直前になって「サロメ」を振る予定だったメストさんが怪我で来日できなくなるというアクシデントが‥ 

当初は小澤征爾さん指揮で「スペードの女王」が予定されていましたが、小澤さんの病気により演目ごと変更になるという珍しい来日公演となりました。しかし、隠れメニューみたいですが「子供のための魔笛」が、一番の注目公演だったと思います。何しろ海外のカンパニーが子供さん専用のプログラムを上演するというのは、前代未聞。しかも、日本人専属歌手の甲斐 栄次郎さんがパパゲーノを演じながら、MCも務めるという画期的な公演でした。ただ、公演場所(横浜)や公演日(金曜日)、チケットの売り方も含めて、もう少し多くのご家族が参加しやすい公演にしてくれたら言うことはなかったのですが‥

Img_108_11_6802_001

また、3.11以来、初の来日だったので、キャストの変更なども心配されましたが、大幅な変更はありませんでしたね(「フィガロの結婚」のスザンナ役がアニタ・ハルティッヒさんからシルヴィア・シュヴァルツさんに変わったくらい‥)。

なお、日本では報道されていないようですが、今回の来日公演では、ウィーン郊外サイバースドルフにある核研究専門機関の職員が日本へ同行し、空気汚染など環境状況を調べ、毎日団員に公表していたそうです。こういった安心策も功を奏したのかもしれません。

これを見ると2000年の来日公演から公演数が大幅に減っているなど、大きなターニングポイントになったような気がします。また、今回、日本最終公演となったエディタ・グルベローヴァさんは1980年の初来日には同行していますが、その後、ウィーン国立歌劇場来日公演の出演は2000年まで、20年間もありませんでした。もっとも2000年以降の4回は、いずれも出演していますが‥これはホーレンダーさんの影響力も関係しているように思います。

○グルベローヴァさん続報
最終公演を前にした11月2日、日本で共同インタビューが行われていますが、日本経済新聞の11月13日付け朝刊「文化往来」のコラムで、恐らくそこで聴いたと思われる内容が紹介されています(インタビューの詳細はNBSがWebサイトで公開するようですが、まだ出ていません‥)。

2012_11_13_nikkei

この中で、興味深いのは10月29日に天皇皇后両陛下から御所へ招かれた時のエピソードです。皇后陛下のピアノ伴奏でグノーの「アベ・マリア」とシューベルトの「楽に寄す」を歌ったそうで、ご本人も「32年間のハイライト中のハイライト」と語ったそうです。

皇后陛下は毎年、夏、草津国際音楽アカデミーにご参加され、ここで外来の奏者と演奏を行うことがありますが、御所では珍しいと思います。グルベローヴァさんも、皇后陛下の伴奏で歌うことができて、本当に印象に残る最後の来日になったことでしょう。

また、昨年のバイエルン国立歌劇場日本公演に続き、今回の日本公演でも出演料のうち、1万ユーロをあしなが育英会の「津波遺児募金」に寄付しているそうです。

さて、次回、2016年はなければドミニク・メイヤーさんとフランツ・ウェルザー=メストさんのコンビによる来日公演となります。両氏は2010年から現職に就任していますが、果たして継続して契約されるかどうか、このあたりも注目されますね。

皆さまも来日公演には、それぞれ色々な思い出があると思います。もし、よろしければ、コメント欄にウィーン国立歌劇場来日公演にまつわる思い出を寄せていただければ幸いです。

※「人気ブログランキング」に登録しています。この記事がお気に召しましたら、下記のバナーをクリックしていただくとFeriの励みになります

Br_decobanner_201105_b_3

オペラ |

« 屋台のオペレーションも合理的です | Main | 変わったお店シリーズ70 田舎のミニホームセンター »

Comments

ウィーン国立歌劇場の来日公演の歴史、興味深く読みました。そこに付け加えさせていただきますと、1986年の来日のときは、招聘元が中部日本放送です。それ以外は1回目の民音主催も含めNBS(その前身も含め)がかかわっています。地方公演が多かったのもその関係ではないでしょうか。このときはS席が3万円でしたが、各公演初日の中央390席をロイヤルシートとして4公演で16万円で売り出しました。それが発売と同時に完売ということで、大きく新聞に取り上げられました。「16万円すぐ完売、ああ本物の本物」なお、プログラムをみますと、まだエゴン・ゼーフェルナ博士が総監督となっています。

Posted by: オーストリアこぼれ話愛読者 | November 15, 2012 11:26

オーストリアこぼれ話愛読者様

コメントありがとうございます。物価水準から考えるとS席の料金は、今とほぼ同じ感覚でしょうか。ただ、ロイヤルシートの金額は凄まじいですね。ためになりました。

Posted by: Feri | November 15, 2012 13:08

9月にウィーン・ザルツブルグを訪ねました。出発前にこちらのブログを拝見し大変参考になりました。ありがとうございました。
さて、ウィーン国立歌劇場公演は、1980年のフィガロ大阪公演を観ました。20代で初めて触れた本物のオペラで、カルチャーショックを受けたのを憶えています。
タイトルロールのヘルマン・プライもチャーミングなスザンナを演じたルチア・ポップも亡くなり、時の流れを感じます。

それにしてもチケットが高額なのには驚きます。
今回の旅では、幸いにウィーンフィルの定期公演とウィーンフィルメンバーによる室内楽を聴くことができました。
次はぜひオペラを観たいと思います。

Posted by: papagena | November 18, 2012 21:11

papagena様

秋にオースおリアへお越しいただき、ありがとうございます。1980年の初来日は色々な意味で「伝説の公演」ですね。

ぜひ、次回、国立歌劇場でオペラをお楽しみいただければ幸いです。そうそう、ぜひ、フォルクスオーパーへもお越しください。

Posted by: Feri | November 19, 2012 10:16

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 屋台のオペレーションも合理的です | Main | 変わったお店シリーズ70 田舎のミニホームセンター »