« お花、売ります。畑からご自由にどうぞ‥ | Main | 地下鉄U1の南延伸工事(プロモーション動画付き) »

October 30, 2013

カールマンの住まいを訪ねて‥

Img_2013_10_1342_001

今日は、このブログではあまり取り上げない「音楽家関係の史跡」の話題です。

オペレッタにはまっているFeriが好きな作品は色々ありますが、エメリッヒ・カールマンの作品も、その代表です。
今シーズン、フォルクスオーパーで上演されている「チャールダーシュの女王」や、来年プルミエが行われる「伯爵令嬢マリッツア」などはお気に入りの一つです。ハンガリーのチャールダーシュやジャズのエッセンスを取り入れた曲はカールマンならでは‥と言えるでしょう。

さて、このカールマンが「チャールダーシュの女王」を作曲した時に住んでいた住まいがウィーンにあります。音楽関係の史跡は、ウィーンの場合、まずなくなることが考えられないので、Feriは積極的に訪問していません。

先日、旧市内に用事があり、その帰りに寄ってみることにしました。場所はカールスプラッツからほど近い4区のPaulanergasse 12です。

Img_2013_10_1341_001

てっきり史跡に指定されているのかと思ったのですが、意外なことに普通の古い石造りに建物で、史跡の指定は行われていませんでした。現在もアパート件オフィスとして利用されているようです。ただ、玄関の脇には、カールマンが住んでいたことを紹介するプレートが掲げられていました。

このプレートですが、高いところにあるので、写真を撮って、後から拡大して見たところ「In diesem Hause lebte und wirkte von 1912-1923 der weltberühmte Komponist」と書かれていました。また、下段には、ここで作曲したとされる作品名が書かれていました。

Img_2013_10_1344_001

カールマンが、ここに住みながら仕事をしたのは1912年から1923年までの11年間ですが、ちょうど1915年に初演された「チャールダーシュの女王」を、ここで作曲したことになります。オペレッタにはまっているFeriとしては、非常に感慨深いものがありました。

ちなみに今は向かいにスーパーマーケットもあり、地域の人達の生活道路。歩道で感慨にふけっているのはFeriくらいなものです。このほか、プレートには作品名として「Ein Herbstmanöv」と「Zigeunerprimas」の名前が刻まれていました。

ただ、「Ein Herbstmanöv」は、ここに住む前に作曲した作品だと思うので、ちょっと不思議な感じがしましたが‥
なお、ウィーンにあるカールマン関連の史跡としては、18区に1934年から1938年まで使っていた別荘と、中央墓地のお墓(Reihe 12 Nr.10)があります。

Img_111_09_0358_001

有名な話ですが、カールマンは、ユダヤ人だったため、ナチス・ドイツによる迫害を避けるため、第2次世界大戦中はアメリカに渡り、1942年に市民権を獲得し、アメリカに帰化しています。しかし、第2次世界大戦後、やはりヨーロッパが恋しかったのか、パリへ渡り、1953年にパリで亡くなっています。パリで亡くなったカールマンのお墓がウィーンにあるというのも意外な感じがします。

余談になりますが、カールマンのオペレッタで、現在上演されている作品には特徴があります。それはフィナーレが近くなるとお芝居が多くなり、印象に残る曲(アリアや重唱など)が出てこないことです。「チャールダーシュの女王」も「ヤイ、ママン」まではテンポも良いのですが、そこから先は、フィナーレまでお芝居オンリーですね。

そう言えば、今日、10月30日はエメリッヒ・カールマンの命日です。お墓参りは、また別の機会に‥


※「人気ブログランキング」に登録しています。この記事がお気に召しましたら、下記のバナーをクリックしていただくとFeriの励みになります delicious

Br_decobanner_201105_v_02

オペレッタ |

« お花、売ります。畑からご自由にどうぞ‥ | Main | 地下鉄U1の南延伸工事(プロモーション動画付き) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« お花、売ります。畑からご自由にどうぞ‥ | Main | 地下鉄U1の南延伸工事(プロモーション動画付き) »