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December 25, 2013

クリスマス・イブの特別な思い出‥

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昨日、12月24日、クリスマス・イブでしたね。皆さまは、いかがお過ごしになりましたでしょうか。

ウィーンは快晴で、気温も日中は10度(プラスですよ)を越え、この時期としては珍しい「穏やかな日」になりました。Feriも午前中は「最後の買い物」でスーパーマーケットに出かけましたが、昼食後、余りの天気の良さにつられて、1時間30分ほど付近の散歩を楽しみました。

しかし、地元の人は誰でも考えることは一緒。ご年配のご夫婦、若いカップル、お一人のおじさま、おばさまが、それぞれ散歩を楽しんでいました。

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気温10度だと、歩いていても本当に気持ちが良いです。天気が穏やかだったので、市庁舎前広場のクリスマス市も賑わっていました。

また、毎年、お伝えしていますが、この日はORF2で朝9時から「LICHT INS DUNKEL」(闇に光を‥)という募金特別番組を終日放送します。募金を受け付ける電話オペレーターに、フィッシャー大統領をはじめとする政治家や有名歌手・俳優さんなどが無償で出演しています。

こちらでは、この日だけは国立歌劇場、フォルクスオーパーなどの劇場も休演、クリスマス市を含めてお店も午後、早い時間に閉めてしまい、皆さま、ご自宅に帰って家族揃ってクリスマスを迎えるので、静かな夜になります。この「家族揃って‥」というのが、こちらのキーワードです。

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さて、前置きが長くなりましたが、12月24日はFeriにとって「個人的に印象に残る日」なので、そのお話です。

今から20年以上前になりますが、11月下旬にFeriの父親が体調不良で入院しました。とにかく病院とは縁のなかった父親なので、当初は風邪か何かだろういうことだったのですが、検査の結果、膵臓ガンであることがわかりました。

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膵臓ガンは早期発見が難しいため、この時点で根本的な治療は難しいというドクターのお話でした。ただ、本人は直前まで普通に生活していたので重病の割には元気で、妙な感じでした。実際、最初に見舞いに行ったときは、今にでも自宅に帰るような雰囲気でしたから‥

Feriには年の離れた兄がいるのですが、相談の結果、自宅近くの小さな病院よりも、看病をする母の負担を軽くするため、体制がしっかりしている大学病院の方が良いだろうということで、すぐに転院しました。何しろ父は、母と結婚してから、入院したことのないので、母も戸惑っていました。

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大学病院転院後、担当ドクターと、今後の治療方針について話をしましたが、父親が高齢であることから、基本的に無理な延命治療はしないことで話がまとまりました。

実は、この時、Feriは、友人ご夫婦と年末年始をウィーンで過ごす計画を立てていました。

しかし、父の状態がはっきりしないため、大学病院へ転院した12月上旬、Feriはウィーン行きを断念し、予約してあった航空券などをすべてキャンセルしました。結果的に友人ご夫婦は、その後、子供さんができたこともあり、一緒にウィーンに行く最後のチャンスだったのですが‥

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その後、小康状態が続いていましたが、12月21日の早朝、容態が急変したと病院から連絡が入り、すぐに駆けつけました。最後は意識がありませんでしたが、同日の夕方、眠るようになくなりました。

父は召集されて戦争に出兵し、終戦後、しばらくシベリアに抑留された組でした。結局、父から直接、戦争体験を聴くことはありませんでしたが、過酷な経験だったのでしょう。帰還後、上官の勧めもあってキリスト教(プロテスタント)に入信したそうです。

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当然、葬儀はキリスト教式で行うことになり、通っていた教会の牧師さんに連絡をとりました。通常ならば23日に葬儀になるのですが、12月23日は「天皇誕生日」の祝日なので、斎場も休業です。そこで、翌日の24日、クリスマス・イブに葬儀を行うことになりました。

父は、凝り性だったので、私が子供の頃は、大きなクリスマスツリー(本物のモミの木)を部屋に飾っていたほどです。この木は、通常は庭に植えてあり、この時だけ、掘り出して居間に設置し、各種の飾り付けをしていました。その父の葬儀が、12月24日というのは、まるで本人が計算し尽くしたかのような感じで、集まった親戚一同も、驚いていた記憶があります。

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プロテスタントの教会ですから、祭壇も質素で、派手な飾りはしていませんが、実は改築前はヨーロッパの教会を思わせる見事なドーム型の礼拝堂を備えた素晴らしい建物でした。

また、24日の晩にはクリスマス礼拝があるので、クリスマスの飾りがある中での葬儀となりました。キリスト教式の葬儀では、牧師さんが本人のエピソードを交えたお話をする上に、故人が親しんでいた賛美歌などを演奏するので、親しみのある式になります。

それ以来、12月24日は、Feriにとって「特別な日」になってしまいました。そのためか、24日には宗派は違っていますが、クリスマス・ミサに参列することが増えましたね。

式の数日後、友人夫婦は予定通りウィーンに出発することになり、成田空港へ向かう特急列車が出発する駅まで見送りに行ったことが、今でも良く覚えています。

それから、20年後、今年もウィーンでクリスマスを迎え、地元教会のクリスマス・ミサに参列しているFeriを天国の父は、どのように見ていることでしょうか‥

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