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February 22, 2014

「マルヒフェルトの戦い」 古戦場を訪ねて

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ソチオリンピックも後半戦。21日に行われたスキーのアルペン女子回転で、オーストリアの マルリース・シルト (Marlies Schild)選手が銀メダル、カトリン・ツェッテル(Kathrin Zettel)選手が銅メダルを見事、獲得しました。優勝はアメリカの新鋭ミカエラ・シフリン(Mikaela Shiffrin)選手でした。

2回目トップタイムで1回目の6位から首位に立ったMarlies Schild選手は、トップグループでは最後の30番目に滑るアメリカのMikaela Shiffrin選手を待ちます。Mikaela Shiffrin選手は中盤で若干ミスもあり、もしかしたらオーストリアが金メダル獲得なるか‥と思ったのですが、第1回目の「貯金」が効いて、Mikaela Shiffrin選手が優勝。Marlies Schild選手は0.53秒差の2位になりました。なお、Marlies Schild選手は2大会連続の銀メダル獲得です。

なお、第1回目4位だったベルナデッテ・シルト(Bernadette Schild)選手は マルリース・シルト選手の妹。姉妹で表彰台の可能性もあったので、2回目の結果に期待がかかりましたが、残念ながら2回目は途中で棄権となってしまいました。その時、お姉さんの残念そうな表情が印象的でした。

2回目は上位選手の中にもコースアウトなどで棄権する選手が多く、やや荒れた試合になりましたが、アルペンはオーストリアのお家芸だけに、銀、銅のメダル獲得は、こちらでも盛り上がっています。

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さて、今日はウィーン近郊にある「古戦場」のお話です。

皆さんは「マルヒフェルトの戦い」(Schlacht auf dem Marchfeld)をご存じでしょうか。

1278年8月、ドイツ王ルドルフⅠ世・ハンガリー王ラースローⅣ世が率いる軍勢と、ボヘミア王オタカルⅡ世率いる軍勢との間で行われた戦闘です。

ご存じのように、この戦いで、ルドルフⅠ世が勝利し、ハプスブルク家がヨーロッパの有力家系に飛躍するきっかけになりました。

戦闘はボヘミア軍がドローゼンドルフとラ・アン・デア・ターヤーの町を包囲したものの、帝国軍とハンガリーの連合軍を発見して包囲を断念します。そして、デュルンクルト近郊で連合軍と交戦することに‥

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午前中はハンガリー軍が擁する騎兵隊がボヘミア軍と衝突、正午になってルドルフⅠ世は近くの丘や森に隠した伏兵のオーストリア軍とハンガリー重装兵隊に攻撃を命じます。

側面を突かれたボヘミア軍は大混乱に陥り、ボヘミア軍は壊滅し、オタカルⅡ世も戦死しました。当時は、だまし討ちは卑怯な戦法という認識だったのですが、一国(というか一族)の命運がかかっている訳ですから、そんなことも言っていられなかったのでしょう。

戦いの後、ルドルフⅠ世は策略を巡らせ、最終的に1282年、アルブレヒトⅠ世とルドルフⅡ世という2人の息子にオーストリアを与え、オーストリアはハプスブルク家の領土となりました。これからハプスブルク家の時代が続く訳です。

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という訳で、オーストリアの歴史に名を残す古戦場は、現在のニーダーエスターライヒ州ゲンゼルンドルフ郡(Bezirk Gänserndorf)の都市デュルンクルト(Dürnkrut)とイェーデンシュパイゲン(Jedenspeigen)近郊、49号線(Bernstein Straße、ベルンシュタイン通り)沿いにあります。
日本で例えるならば、関ヶ原か川中島か‥といったところでしょうか。

このあたり、写真のように現在も広大な原野が広がっており、悠久の歴史を感じさせるところです。その原野の中に「マルヒフェルトの戦い」の記念碑(Gedenkstein)が建立されています。近づくとかなりの大きさなのですが、回りに何もないため、道路を車で走っている場合、注意しないと通り過ぎてしまいます。

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この石碑ですが、1978年に「マルヒフェルトの戦い700年」を記念して建立されたものです。Feriは、もっと古いのかと思っていましたが、30年ほど前に建てられた比較的新しい石碑ですね。なお、石碑は花崗岩で、高さは6メートルほどです。

日本の場合だと、立派な案内看板が設置されている上に、この手の史跡の周辺は良い意味で観光地として開発されていることが多いので、わかりやすいのですが、このあたりオーストリアらしいところかもしれません。

一応、記念碑の周辺には小規模な駐車スペースはありますが、土産物屋をはじめとする商業施設はもちろん、案内施設も一切ありません。意外と言えば、意外です。

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ただ、逆に周囲に何もない平原の中に立っていると、ふと、丘の向こうから騎馬隊が押し寄せてくるような感じが‥その昔、この平原で行われた大規模な戦いをイメージすることができますね。

なお、石碑の付近には施設はありませんが、Jedenspeigenの町には Heimatmuseum in Sierndorfが開設されていますので、石碑を見学と合わせて、立ち寄ってはいかがでしょうか。

また、毎年、夏には当時に戦い(騎馬戦)を再現したイベントも行われています。こちらも人気があるようですが、Feriは実際に見たことはないので、詳しいご紹介は避けておきましょう。


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