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February 02, 2014

番外編 小澤征爾さんの連載が終わりました

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今日は番外編として日本経済新聞の朝刊に連載されていた「私の履歴書」の話題をお届けしましょう。

日本経済新聞朝刊の最終面には月替わりで、各界の名士が「私の履歴書」というコラムを執筆しています。主に実業家が多いのですが、2014年1月はウィーンでもご活躍された指揮者の小澤征爾さんが執筆されました。

Feriも、友人に記事をスキャナーで読み込んでメールで送ってもらい、小澤征爾さんのエピソードを楽しませてもらいました。

「私の履歴書」なので、幼少期から今日に至るまでのエピソードが綴られる訳ですが、興味深かったのは指揮者の道を志したのは、中学生時代に親に内緒でラグビーをやって指を負傷。ピアニストの道を絶たれたことがきっかけだったとか‥

また、小澤征爾さんがライフワークとして取り組んでいらっしゃる「サイトウ記念フェスティバル」誕生のきっかけとなった斎藤秀雄先生との出会いと、「指揮の指導」なども興味深い内容でした。

1959年、神戸から貨物船でヨーロッパへ渡ったエピソードなどは、今では考えられない「大冒険」。フランス、ブサンソンの指揮者コンクール出場が、正規の留学生でなかったため、日本大使館が相手にしてくれず、アメリカ大使館の支援で実現したというのも始めて知りました。このあたり、人脈と運が後押ししていたようですね。

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カラヤンやバーンスタインとの出会いやレッスンなども興味深い内容でした。とくに当時、オペラを振らなかった小澤征爾さんに対して、カラヤンが「指揮者にとってオペラとシンフォニーは車の両輪」という持論を展開し、ザルツブルク音楽祭でオペラの指揮をさせたというエピソードは印象に残りました。

また、有名なNHK交響楽団とのトラブルも紹介されていましたが、このコラムを読む限りでは、NHK交響楽団が指揮者をしっかりサポート仕切れなかったようですね。

24回目の連載では、斎藤秀雄先生がお亡くなりになった時のエピソードが綴られていますが、小澤征爾さんにとって斎藤秀雄先生の存在が、いかに大きかったかがよく伝わってきました。

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新聞休刊日などもあるため、都合30回の連載でしたが、Feriが楽しみにしていたのは、ウィーン国立歌劇場音楽総監督時代のエピソードです。が、これが出てきたのは、わずか1回(29回)‥しかも、他の回に比べると内容もあっさりとしたものでした。

また、当然、日本人初のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの指揮を担当した時のエピソードも紹介されると思ったのですが、こちらは全く記述がありませんでした。

ここが読みたかったのに‥と思ったファンの方も多いかもしれません。ただ、小澤征爾さんは、1968年に再婚されていますが、今の奥さま、ヴェラさんの後押しが、ウィーン国立歌劇場の音楽監督への就任を後押しした‥というお話は興味深いですね。やはり奥さまの一言‥というのは影響力があるのですね。

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唯一、現在も継続している国立歌劇場の「子供のための魔笛」を創設したのが、ご自身が考えるウィーン時代に残した業績だったのかもしれません。

最初、ウィーン時代の記述が極端に少ないので、「ウィーンには良い思い出があまりなかったのかな」‥とも考えたのですが、若い頃のお話にスペースを咲きすぎてしまい、気がついたら連載も終盤になってしまった‥というのが本当のところかもしれません。というのは、芸術家の中には、計画的に物事を進めるのが苦手‥という方も多いようですから‥

ところで、29回でご自身も書かれていますが、外国語が苦手なので、ウィーンだけではなく、海外では公式晩餐会やパーティーに出席することは希だったそうです。これが人間関係のトラブルを避けられた要因なのかもしれない‥とご本人は分析されています。

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確かに、こちらでは各種のパーティーというのは、ある種、非公式な「交渉の場」になることがありますから、純粋に音楽芸術に邁進したい小澤征爾さんにとっては、避けたかった場かもしれませんね。

ところでFeriは、小澤征爾さんがウィーン国立歌劇場の音楽監督時代に指揮をした演目は、さほど多く観ていません。Feriは、こちらで観たのは2002年12月にプルミエがあった「ジョニーは演奏する」(3枚目の写真)、2007年5月の「さまよえるオランダ人」(4枚目と5枚目の写真)程度です。小澤征爾さんが得意とするチャイコフスキーものを、こちらで観ることができなかったのが心残りですが‥

しかし、「希代の芸術家」というのは実力に加えて、様々な皆さんからの支援、そして運も味方に付けているなぁ‥というのが偽らざるところです。

ご病気で体調を崩されましたが、これからの再起を期待したいところです。


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