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March 11, 2014

東日本大震災から3年 その時、ウィーンは‥

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今日は3月11日。東日本大震災の発生から3年を迎えます。

阪神淡路大震災の場合、津波の被害がなかったため、瓦礫の撤去後、元の場所に建物や構造物を建てることができ、3年後には、かなり復旧も進んだ‥と聞いています。

反面、東日本大震災の場合、津波による被害が大きかったため、元の場所に住むのかどうかという判断が必要になってきます。基本的に高台移転が計画されているところが多いようですが、漁業関係者が多い土地柄、元の場所にお住まいになることを希望される方も多いとか‥

これは津波の被害を押さえる防潮堤の建設にも関係があるようで、なかなか意見の集約が進まないようです。

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また、もう一つは、こちらでも未だに話題に上る福島第一原発。正直、専門家にも様々な意見があるため、避難を継続すべきなのか否かという判断がつかないようです。

遠く離れた日本での出来事故に、こちらでは偏った情報に基づく、不正確な報道も時々流れており、日本人として複雑な気持ちです。

2011年3月11日、Feriはウィーンの定宿で震災の第一報に接しました。ちょうど、朝の時間帯で、早めに朝食をとって部屋に戻り、テレビを付けたところ、通常、ORF2はオーストリア各地の風景を放送する番組を流しているのですが、突如、中断してショッキングな津波の映像が流れてきました。

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自家用車が住宅の屋根に乗っている映像。映像はCNNやNHKのものだったと思います。

正直、最初に映像を見たとき、Feriはどこ国なのかわかりませんでしたが、どうも建物などから日本らしいということがわかったのですが、問題は「日本のどのエリアか」ということです。

しばらくして東北地方らしいことはわかったのですが、Feriの実家がある関東地方の被害状況は全くわかりません。何しろ、こちらの放送局では日本の土地勘がないわけですから、的確な情報を提供するのは難しかったことでしょう。

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さっそくインターネット経由で情報を集め、被害地域の全貌を把握することができました。このあたりが、昔と違うところ‥ 関東地方にある実家周辺も震度5だったので、被害が心配になり、すぐに国際電話を入れましたが、着信規制がかかっており、当日はつながりませんでした。

相前後して、日本の親友がメールで概要を知らせてくれたので、個別の状況を掴むことできました。ただ、親友は都内の勤務先で被災したのですが、11日は鉄道が不通のため、自宅へ戻ることはできなかったそうです。

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さて、11日、Feriはバーデンでオペレッタ「シュヴァルツヴァルトの娘」を見る予定を立てていました。こちらに居ても何もできないので、不安な気持ちをかかえながらバーデンへ向かったことを覚えています。

バーデンでのオペレッタ観賞を終え、ウィーンのホテルに戻りました。ちょうど、日本時間の12日朝になったので、このタイミングで日本に住む兄一家の自宅へ電話を入れたところ、実家も含めて人的被害がなかったことがわかり、一安心。

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翌、3月12日もORFでは、朝から東日本大震災のニュースが流れていましたが、この日を境に津波の被害よりも福島第一原発の話題が多くなってきました。

なお、ORFでは十分なスタッフを日本に常駐させていないので、映像はドイツのZDFやアメリカのCNN、日本のNHK国際映像などを二次利用していました。

ところで、12日はウィーンの友人のお誕生日。親しい日本人の仲間と午後からお宅を訪問し、お祝いをしましたが、皆、地震の被害が心配で、話題は何となくそちらの方に‥特に福島第一原発の状況が心配でした。

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その時点では、津波により全電源喪失という大変な事態が起こっていたことは知る由もありません。まだ、原子炉建屋も爆発しておらず、原子炉の停止措置がとられたという報道もあったので、大丈夫だろうという意見が大半でした。

その晩は、フォルクスオーパーで「チャールダーシュの女王」。顔なじみの日本人奏者の皆さんも、震災のことを心配していたのが印象的です。当たり前ですが、震災後は大好きなオペレッタも十分楽しむことができませんでした。

翌、13日の朝、テレビを付けると福島第一原発の原子炉建屋が水素爆発で吹き飛んだショッキングな映像が飛び込んできました。ニュース映像から「これは大変なことになった‥」と思いましたが、日本政府や東電が具体的に、どのような対応策をとっているのかは、残念ながら詳細には報じられていませんでした。

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日本では、あまりピンとこないのですが、こちらではチェルノブイリ原発事故後、被爆したと思われる皆さんが、ヨーロッパ内で差別を受けたという原体験があるため、非常に神経質になっています。

そのため、被災地が1万キロも離れているうにもかかわらず、ジェット気流に乗って放射性物質が到達するのではないか‥という不安もあり、話題が福島第一原発の事故に集中したのはやむを得ないことでしょう。

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ところで、3月9日に三陸沖でマグニチュード7.2の地震が発生していたようですが、3月9日の朝、こちらでは、写真のようなニュースが流れてきました。


九州方面が震源‥のように見えるのですが、これは何だったのでしょう? 未だによくわかりません。気象庁のデーターによれば、当日は、日本時間の13時頃、熊本地方で小規模な地震はあったようですが‥(左下の写真が9日のテレビ映像です)。

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Feriは結局、13日、日曜日にフランクフルト経由で日本へ向かったのですが、フランクフルト空港にある日本航空のラウンジでは、帰国する日本人の皆さんが、インターネットテレビで、日本の状況を不安そうに確かめていました(この時、NHKは無料でインターネットで放送を流していました)。

日本へ向かう機内ですが、ご家族に被災者がいらっしゃるお客さまもいる可能性があるためか、今までに経験したことがないような重苦しい雰囲気でした。

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14日の夕方、予定通り成田に着いたのですが、ご存じのように電力供給がうまくいかず、14日の夕方の時点でも鉄道は運休中。大混雑している成田空港駅で3時間ほど待機して、超満員の運転再開初列車に乗ることができました。

ところでFeriは、お客さまがあまり降車しない駅が実家の最寄り駅。奥に入ってしまったので、とても下りることができない状況でした。そこで、「すみませんが、ここで下りるのですが‥」と言ったところ、お客さまが協力してくれて、通路を何とかけて下車することができました。緊急時の「日本人の一体感」を強く感じた瞬間でもあります。

また、オーストリアでは大きく報じられませんが、そして、被災者を救う活動の励みとなったのが、両陛下をはじめとする皇族方の被災者へのお見舞いだと思います。

ところで、日本は、この震災でオーストリアの皆さまからも、多くの援助をいただきましたが、十分なお礼ができたのか‥というと、Feriは確信が持てません。国際赤十字経由で送られた海外義援金の使途などが、ちゃんと寄付をしたオーストリアの皆さんに伝わっているのでしょうか?

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震災から1ヵ月後にフォルクスオーパーで行われた「復興支援コンサート」の模様も、日本では十分紹介されることはありませんでした。この点、残念でなりません。

一方、日本国内で大規模な自然災害が発生した場合の救助体制についても、東日本大震災の結果を踏まえて十分な検証が行われ、改善に結び付いているのか‥というと、専門家の見方では、不十分な点が多々あるようです。

例えば、救助にあたった自衛隊員などは、被災者の皆さんに温かい食事を優先して食べていただいたため、自分たちは冷たい食事で堪え忍んだ‥という話があります。当時は「美談」として取り上げられましたが、結果として、隊員の体力消耗につながるので、今後は抜本的な改善が必要なのですが、遅々として進んでいないという話も耳にしました。

こういった問題も含めて、幅広い角度での検証が必要だと思います。

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