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March 16, 2014

番外編 レストラン「さくら」の思い出

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今日は番外編として、今から30年以上前に利用した「日本食レストランの話題」をご紹介しましょう。

1980年代、ヨーロッパには日本から多くの企業が進出し、駐在員も多かったことから、西ドイツなどには日本食レストランも多数、出店していました。また、団体のツァーでも日本食レストランの利用するプランが入っているものもありました。そう考えると30年前に日本食レストランを利用したことを、別段、ブログで取り上げるほどの内容ではありませんが、場所が「ドイツ民主共和国・ライプチヒ」となれば、話は別です。

時は1982年6月。そう、Feriが外国為替管理法違反容疑で拘束された年です。拘束から解放され、西ドイツで友人と合流したFeriは、フランクフルトから夜行列車で東ドイツのエアフルトに向かいました。

ちなみに列車で国境を通過する場合、国境駅で昼夜を問わず厳重なチェックが行われます。パスポートのチェックはもちろん、密航者や密輸を防止するため、車両の点検も入念に行われます。

ただ、車内では外貨からオストマルクへの交換はできないので、これは最初に到着した都市で行うように指示されます。車両の点検では、ドイツシェパードの軍用犬が車両の下をチェックしていました(国境警備に当たっていた軍用犬はどうなったのでしょうかね‥)。

ちなみに東ドイツから西ドイツ側へ出て停車する最初の駅には、赤十字のボランティアが出ていて、西ドイツ側がパスポートをチェックする時間を使って、お茶を振る舞っていました。まさしく「戻ってきました」と実感する一時です。

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さて、ライプチヒで宿泊したのは1981年にオープンしたホテル・メルクール(MERKUR)。場所はライプチヒ中央駅にほど近いゲルバー通り(Gerber Straße)沿いにありました。

客室数447を誇る高層ホテルで、その外観は、何やら日本初の高層ホテルである新宿の京王プラザホテルに似ています。

それもそのはず‥このホテル・メルクールは日本の鹿島の技術協力によって建設された高層ホテルなのです。ちなみに1971年にオープンした新宿の京王プラザホテルも鹿島が建設に携わっています。

当時、ライプチヒで入手した観光案内パンフレットにも「KANIMA Corp. Tokyo」と書かれており、誇らしく思ったものです。恐らく建設中は、鹿島のエンジニアの皆さんが、ライプチヒに長期間滞在し、工事に携わったのでしょう。そういった経緯があったためか、館内には和食レストラン「さくら」がありました。また、ホテル内には日本庭園もありました。

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Feriたちはホテル・メルクールには2泊しましたが、友人と相談の上、夕食を1回、「さくら」でとることにしました。

今だったら、食事風景も含めて写真を沢山撮影していたと思いますが、如何せん、当時、持っていたカメラは35mmの一眼レフ。なおかつ、「東ドイツのホテル内」ということもあり、無用なトラブルを避けるため、写真が皆無‥というのが残念でなりません。

ましてや、外国為替管理法違反容疑の拘束されているFeriは、友人が一緒とは言え、ビビりまくっていたのかもしれません。

30年前の話なので、記憶があいまいになっているのですが、幸いなことにRechnung(レシート)が見つかりました。お料理以上に今でも強烈に覚えているのは、東ドイツのお姉さんが着物姿でサービスにあたっていたことです。最初はちゃんと指導もしたのでしょうが、歩き方が外国人そのものなので、何ともアンバランスだったことを覚えています。

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何を食べたのかをはっきりと覚えていないのですが、当時のレシートを見ると、定食ではなく、アラカルトだったようです。メニューは「日本のもの」をそのまま使っており、「焼き鳥」・「ますの塩焼き」「ご飯」などが並んでいました。

ちなみにかき揚げが15.6M、焼き鳥が15.3M、ご飯は4.15M、塩焼きは16.3M、お茶は1.2Mでした。また、係のドイツ人が「アイン塩焼き」「ツヴァイお茶」などオーダーを確認していたのが、強く、印象に残っています。

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当初、日本食レストランなのでドルショップ(外貨しか通用しない店舗)かと思っていたのですが、実際に会計をすると何とマルク(オストマルク)でOK。

二人の夕食代は合計107.9Mだったので、友人と「これだったら、西ドイツでヤミマルク(非公式両替所で換金してくれました。もちろん、東ドイツでは違法)を入手しておくのだった」と話したのを覚えています。

現在、Feriの手元に残っている数少ない資料の一つが「さくら」で提供されていた割り箸の袋。裏面には、ちゃんと箸の使い方がイラスト入りで紹介されています。

ホテル・メルクールですが、ドイツ再統一後、西側資本が入って再編成が行われ、現在では「ウェスティン ライプチヒ」(The Westin Leipzig)として営業を続けています。そして日本食レストランも健在内容ですが、屋号は「大和」(意味深だなぁ‥)になっているようです。でも、今、利用しても当時のような「驚き」はないでしょうね。


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