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November 10, 2014

「ベルリンの壁」崩壊から25年 1989年の思い出‥

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1989年11月9日、西ベルリンと東ベルリンを区切っていた「ベルリンの壁」が崩壊し、事実上、東西冷戦が終結しました。今年で25年を迎えることになります。四半世紀前の出来事ですね。今日は、その当時の思い出話を綴ってみたいと思います。

ご存じの方も多いと思いますが、「ベルリンの壁」は、突然、崩壊したわけではありません。その前に、ハンガリー共産党政権の民主改革と、ハンガリー・オーストリア両国間の国境の自由化(国境線にあった鉄条網撤去)がありました。

その結果、当時、東ドイツに住む国民が、ハンガリーからオーストリアを経由して旧西独に亡命していったのです。つまりハンガリーとオーストリアが、「ベルリンの壁」の崩壊に大きく寄与していた訳です。

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当時の東独社会主義統一党政権は、西ドイツへの亡命を阻止するため、チェコスロバキアとの国境を閉鎖します。しかし、それに不満を持った東ドイツ国民は、ライプツィヒなどで反政府デモを繰り返し、国民を抑えきれなくなった旧東独共産党政権は「旅行の自由化」を認めざるを得なくなり、「ベルリンの壁」崩壊へと発展していきました。

そう言えば、現在のドイツ首相メルケルさんも、当時は東ドイツの研究所で、一研究員として働いていたようですね。

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ちなみにFeriが旧東ドイツを最初に訪問したのは1978年。それ以降、1980年、1981年、1982年、1985年に出かけています。

当時は、地方へ行くと、まだまだソ連軍が駐留しているなど、ソ連の影響が色濃く残っており、自分が生きているうちにドイツが再統一されるとは、全く予想もできませんでした。

ところで、「ベルリンの壁」が崩壊した1989年は、私事で恐縮ですが、Feriにとっても「節目の年」でした。というのは学生時代からお世話になっており、卒業後、就職した「ある出版社」を退職し、全く新しい業界に転職した年なのです。

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個人的には「ベルリンの壁崩壊」に匹敵するエポックメイキングな年でした。実は最初から、転職を真剣に考えていた訳ではなく、出版社時代、自分が制作したいと思っていた本が、前年の1988年に完成し、心にぽっかりと穴が空いたような状態でした。ちょうど、就職して10年目です。

その頃、全く別の仕事をしている友人との出会いから、自分が知らなかった全く新しい世界を知ることに‥ 出版社での仕事で大きな区切りがついたこともあり、「他社で自分がどの程度、評価されるものか」をちょっと知りたくなり、友人が務めていた会社の入社試験を「ひやかし」で受けてみました。

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それがきっかけとなり、最終的に1989年8月、全く新しい業界へ転職することになったのです。東ドイツに一緒に出かけた友人も、まさかFeriが、全く違う業界に転職するとは思ってもみなかったようで、ビックリしていました。まぁ、人生、何が起こるかわからないものです。

転職先の都合で、入社日が決まっていたため、出版社を退職してから、ゆっくり卒業旅行をする時間がありませんでした。しかし、少ないながらも退職金をいただいたこともあり、1週間の日程でヨーロッパへ行くことにしました。ただ、まとまったお金が入ったことから、正規航空券を購入し、色々な航空会社を利用するというプランを立てました。

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まず、成田から、当時、お客さまからの評価の高かったスイス航空163便でチューリヒへ。20時30分発のアンカレッジ経由便です。機材は当時、スイス航空の主力DC-10(愛称はSt.Gallen)。

早朝、到着したチューリヒで、同じスイス航空の550便に乗り継いで、ドイツのミュンヘンへ向かいました。こちらの機材は当時、ヨーロッパ内では主力だったMD-81。

ミュンヘンからはレンタカーで、さっそくオーストリアへ向かいました。当たり前ですが、当時、西ドイツ・オーストリア間にも国境検問所がありました。最初に向かったのはチロルのZillertal

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ただ、天気があまり良くなかったような記憶があります。その後、レンタカーでSt.Wolfgangへ向かいました。白馬亭には泊まりませんでしたが、到着した晩は、Feriお好みのPlaz Konzertが白馬亭前で開催されたので、楽しい一夜を過ごしたことをよく覚えています。

滞在中はシャーフベルクバーンやウォルフガングゼーの遊覧船に乗って、短いバカンスを満喫しました。ただ、St.Wolfgangでも天気がよくなく、小雨模様でした。

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St.Wolfgangの滞在を終え、再びドイツ経由でチロルのZillertalへ戻りました。当時の記憶をたどると、天気に恵まれなかったためのリベンジだったような気がします。Zell am Zellerに宿泊しましたが、夜、楽団の演奏が入るレストランを見つけ、そこで楽しい一時を過ごした記憶があります。

翌朝、Zell am Zellerからレンタカーでミュンヘン空港へ戻り、車を返却。そして、ミュンヘン空港から、ルフトハンザ便でウィーンへ。こちらは、当時、ルフトハンザの短距離線で主力だったCity Jetと呼ばれたB737-200です。

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ウィーンの滞在は、わずか1泊という大変短いものでしたが、それでも夜にはシュタットパークへ足を運んで、観光客向けの野外コンサートに耳を傾けてから、ケルントナーシュトラーセを散歩した記憶があります。

久しぶりに昔の写真を引っ張り出したら、当時から、ケルントナーシュトラーセの真ん中あたりで、すでにNORDSEEが営業していました。さすがに、将来、ここで寿司を販売することになるとは思ってもみませんでしたが‥

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そして、日本への帰国が、このツアーのハイライト。就航して間もないオーストリア航空のウィーン-成田線OS555便(モスクワ経由)の利用でした。当時、まだモスクワ経由の便は少なく、一度乗ってみたかったルートの一つです。

機材はオーストリア航空が長距離線用に導入して間もないA310-300。Feriも色々な航空機に搭乗していますが、長距離仕様のA310-300に乗ったのは、後にも先にも、これ1回。しかも、当時は複雑な社会情勢を反映して、OS555便は、アエロフロート、全日空との共同運航便でした。

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機材はオーストリア航空が長距離線用に導入して間もないA310-300。Feriも色々な航空機に搭乗していますが、長距離仕様のA310-300に乗ったのは、後にも先にも、これ1回。これ1回。もちろん、日本とヨーロッパを結ぶ便で双発機への登場も初めてです。

しかも、当時は複雑な社会情勢を反映して、OS555便は、アエロフロート、全日空との共同運航便でした。

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今でもコードシェアフライトは沢山運航されていますが、この便の特徴は、実際にアエロフロートと全日空の客室乗務員が、自社の制服で乗務していたことです。雰囲気が暗かったモスクワ空港も、今となっては懐かしい思い出です。

ちなみに左下の殺風景なロビーの写真が、モスクワ空港のトランジットエリアです。当然、窓から見える飛行機は、ほとんどソ連のアエロフロート航空のもので、機材はイリューシンなどの自国製の機材です。

将来、アエロフロートがボーイングやエアバスの機材を導入することになるとは、当時、予想できませんでした。

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帰国後、すぐに新会社へ就職し、全く新しい生活が始まりました。そして、新しい会社での生活にやっと慣れた頃、「ベルリンの壁崩壊」のニュースが飛び込んできたのです。正直、以前、ベルリンの国境で拘束された経験のあるFeriとしては、信じられない思いで一杯でした。

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なお、Feriは、その翌年、夏休みを利用して壁崩壊後のベルリンを訪れ、その光景を目の当たりにすることになります。

写真は1990年にベルリンを訪問した際、ブランデンブルグ門近くのスーベニアショプで購入した絵はがきです。

東ドイツの警察官(国境警備隊員)が、壁にノミを当てていたり、壁の前で子供を高く持ち上げたりと、従来では全く考えられない構図(もちろん、絵葉書用の「やらせ」ですが‥)に、東西冷戦の終結を強く実感したことを覚えています。

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ただ、残念ながらブランデンブルグ門は修復工事が開始されており、美しい姿を眺めることは叶いませんでした。ちなみに2枚目と3枚目の写真は、1990年のベルリン訪問時のものです。

また、この年、今までは観ることがなかったDDRナンバーの自家用車(トラバント)をザルツカンマーグート周辺で見かけたことも印象に残っています。

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「ベルリンの壁崩壊」から25年。旧東ドイツ内にもICEなどの車両が普通に走っている光景が当たり前になりました。

また、ドレスデン市内なども建物は昔のままですが、その用途は大きく変わり、時の流れを実感します。

そして、25年の間にFeriを取り巻く環境も大きく変わり、オペレッタやホイリゲに傾倒することになるとは思ってもいませんでした。

皆さまは、この25年、どのような生活をお送りになったでしょうか。


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