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January 18, 2015

食堂車の思い出、そして今は‥(上)

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今日は「鉄道の食堂車にまつわるお話」です。

昨年(2014年)、9月、ドイツ遠征の際、久しぶりに食堂車(Speisewagen)を利用して、色々と思い出したことがありますので、「食堂車の思い出話と“今”」を2回に分けてご紹介しましょう。トップの写真は、今は無きÖBBの特急電車4010系の食堂車車内です。

今の日本では、JRでも食事を目的とした列車、イベント列車以外では食堂車が連結されている列車が極端に少なくなりましたね。

ヨーロッパでも以前は長距離を走る特急列車には、国内運行の列車でも必ず食堂車が連結されていましたが、最近では、ご多分に漏れず、連結される列車が少なくなる傾向があります(トップの写真は、今は無きÖBB4010系電車の食堂車車内です)。

ÖBBの場合、国内路線ではRailJetには半室食堂車が連結されていますが、客車を使う国内ICには食堂車は連結されなくなりました。また、ドイツから乗り入れてくるICE-Tには食堂車が連結されていますが、メニューなどは昔に比べるとずいぶん簡素化されています。

Feriが30年前にはじめてヨーロッパに来たときは、まだまだ食堂車全盛時代。しかも、列車(というか国)によっては、かなり気合いの入った営業をしていました。

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とくに各国の国鉄を代表するオール1等のTEE(Trans Europ Express)に関しては、国の威信(国鉄の威信)が掛かっていましたから、メニューだけでなく、サービスも含めてかなり工夫が凝らされていました。

TEEの全盛期には、食堂車だけではなく、隣接してBarの設備を持った車両が連結されている列車も存在しました。

その中で、Feriが、一番印象に残っているのは1983年7月に乗車したイタリア国鉄が誇る電車特急「セッテベロ」(ETR300型)の食堂車です。というのは、昼食ながら、乗車後、車内での事前予約制が採用されていたのです。

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列車に乗車してしばらくすると、食堂車のボーイが昼食の予約をとりに客席を回ってきました。同行した友人と“これは利用してみる価値がありそう”ということで、意見が一致し、さっそく予約を依頼。指定された時間に予約券を持って食堂車へ行くと、座席へご案内。

いわゆるコース料理でしたが、当時のイタリア国内は線路の状態が良くないため、良く揺れます。その中でウェイターが器用に前菜などを取り分けていたのが、強く印象に残っています。さすが、食べることに関しては、一家言持っているイタリア人。やることが本格的だと思ったものです。

残念だったのは、当時、今のように気軽に撮影できるコンパクトカメラを持参していなかったため、食堂車内や食事の記録写真が残っていないことでしょうか。

「セッテベロ」は7両編成で、中間に連結されていた食堂車の定員は60名だったそうです。食堂に隣接してバーカウンターもあった記憶があるので、調理室は隣の車両に設置されていたのかもしれません。

当時のTEEは、停車駅も少なく、オール1等だったため、利用者が限定されていました。そのため、荷物の盗難リスクも少なく、比較的安心して食堂車を利用することができました。

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左の写真は鉄道雑誌に掲載されていたTEEの朝食風景です。恐らく広報用のプロモーション写真だと思われますが、高級ホテルを思わせる雰囲気が時代を感じさせます。

ところでオーストリア国内を走っていたTEEには、Hannober-Wien間の「Prinz Eugen」、München-Innsburk-Milano間の「Mediolanum」などがありますが、いずれもÖBBの車両ではありませんでした。結局、ÖBBはTEE専用車両を所有しないまま終わってしまいましたね。

その後、TEEは発展的にICやECとなり、2等車も連結されるようになりましたが、1等と2等の間には必ず食堂車が連結されていました。

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食事時間以外に乗車しても、よく利用したものですが、ドイツ国鉄(DB、Deutsche Bundesbahn)の食堂車でお気に入りだったのが、ベイクドチーズケーキ。同行した友人と、ICで移動中、よくおやつとして食べたものです。

ただ、いずれも写真が残っていないのが、残念なところ。デジタル時代だと、事実上、撮影枚数は無制限ですが、当時はフィルムだったので、残りを気にしながら撮影していました。

なお、食堂車ではありませんが、ルフトハンザ・ドイツ航空がドイツ国鉄と連携してフランクフルト・アム・マイン空港地下駅-デュッセルドルフ中央駅間に運航していた「ルフトハンザ・エアポートエクスプレス」(Lufthansa Airport Express)の変わった供食サービスも忘れることはできません。

というのは、当初、ルフトハンザの客室乗務員が車内サービスを担当しており、機内食が車内で配られていました。最初に使用されていた車両は、当時のドイツ国鉄が誇るET403というオール一等の4両編成の特急電車で、食堂車も連結されていました。

ただ、飛行機と同じコンセプトだったので、カートで客室まで機内食を配る方式を採用したようです。これも今となっては、懐かしい思い出の一コマです。

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また、ドイツ国鉄では、通常の食堂車の他、SPEISERAUMという半室食堂車も導入していました。「食事をする部屋」という名称からもわかるように、車両の三分の一が一等客室になっているのですが、大型テーブルが備え付けられており、食堂にも転用可能になっていました。

つまり、食堂車の利用者が多い時は食堂、少ないときは一般客室として使用するという発想です。ただ、Feriは残念ながらSPEISERAUMは利用したことはありません。

写真は2014年9月、ドイツの蒸気機関車関連のイベント輸送用に使われた旅行会社仕立ての臨時列車に連結されていたSPEISERAUM。懐かしかったですね。

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1970年代に入ると、旅の多様化に呼応して、ドイツ国鉄ではQuick-Pick(クイック・ピック)という新しいコンセプトの食堂車を導入しました。

これは、カフェテリア方式の食堂車で、自分でカウンターから食事を取ってから、レジで精算。その後、食堂で食べるというシステムです。

左の写真はクイック・ピックを紹介した記事です。国内ICを中心に導入されたのですが、お客さまからの評判があまり良くなく、長続きしなかったようです。

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ドイツの場合、最終的にICEの導入に合わせて、食堂車ももBistro CaféBordbistroといった新しい形態に変わっていきました。ICEにもBordbistroと呼ばれる食堂車が連結されていますが、このあたりから、運営スタイルが大きく変わってきたような気がします。

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なお、ドイツ国鉄時代はDSG (Deutsche Schlaf- und Speisewagengesellschaft)という会社が食堂車と寝台車の運営を担当していました。

一方、東ドイツ国鉄(DR、 Deutsche Reichsbahn)でも食堂車を連結している長距離列車は存在していましたが、残念ながらFeriは利用したことがありません。

不思議なことに、共産圏だった東ドイツは、鉄道に関しては戦前の帝国鉄道時代名称を使っていたことです。これは、法律上の理由だそうです。

そのため、食堂車の運営も戦前と同じ名称のMitropaが担当していました。昨年、ドイツの蒸気機関車フェスティバルに行った際、旅行会社が主催した団体臨時列車が来ていたのですが、そこに懐かしいMitropaのロゴが入った旧東ドイツ国鉄の食堂車が連結されていました。

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団体臨時列車ですが、連結されている食堂車は、もちろん営業していたようです。

ところで、ドイツやスイスの食堂車には、客車であるにもかかわらず、屋上にパンタグラフがついている車両がありました。

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これは何に使うのかというと、駅で停車中、電気機関車の付け替えなどで、機関車からの電源供給が停止している場合、食堂車のパンタグラフを上げて、架線から電力を供給するためのものです。

Feriも、昔、ドイツの大きな駅でパンタグラフを上げている食堂車を見かけたことがあります。最後の写真は、ミュンヘンで見かけたスイス国鉄の食堂車。後ろ側の屋根にパンタグラフが取り付けられています。

さて、続きは、明日、お伝えしましょう。

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Comments

Feriさん、こんにちは

食堂車ではないですが、ユーロスターの1等車で、
食事とアルコールを楽しみながらの旅をした思い出があります。
確か、前菜はコールド(ノルウェーサーモン)とウォームから選べました。

日本では、食堂車はもう望むべくもありませんが、
成田エクスプレスの車内販売もなくなるようです。
http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20150116/Trafficnews_37363.html

ちょっとさびしいですね。
ぷいい

Posted by: ぷいい | January 18, 2015 11:03

ちょっと前までなら、長距離列車には食堂車は当たり前に連結されていましたね。2006年の時点でもドイツ~フランス間のユーロシティに連結されていましたし。

イタリアで食堂車と言うとFR(フレッチャロッサ)に連結されていますけど、簡単な食事くらいになります。それでも、ある意味贅沢なのかもしれませんが。

ユーロスターやタリスなんかだと、一等車では機内食形式ながら食事が楽しめますけど、この場合は国際運行だからこそでしょうか・・・

昔に比べると、食事に対する考えが変わったのでしょうか?列車の高速化による所要時間の短縮や駅構内での飲食店の多様化が要因の一つなのかもしれません。

Posted by: おざきとしふみ | January 18, 2015 17:35

ぷいいさま、こんにちは。

日本では食堂車だけでなく、車内販売も大幅に縮小されるようで、旅の楽しみが少なくなりますね。

今後、ヨーロッパがどうなるか、気になるところです。

Posted by: Feri | January 18, 2015 20:18

おざきとしふみさま、こんにちは。

ヨーロッパで食堂車の位置づけが変わってきたのは、皮肉なことに日本と同じく、列車の高速化が進んでからですね。

高速化が進むと、移動手段という位置づけになりますから、食事のとり方も変わってくるのでしょう。

そう言えばウィーンの駅構内もレストランがなくなり、フードコート中心になりましたね。

Posted by: Feri | January 18, 2015 20:20

日本の場合、昔から「三日分の腰兵糧を持参して参加せよ!」に代表されるように食料を持参することに抵抗が少なく、又偽物でも我慢する文化がある上に、けちな島国根性故に水一杯で数時間粘り回転効率が悪い、これも食堂車衰退の一因ですね

Posted by: | July 08, 2016 22:29

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