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June 03, 2015

“センメル”よもやま話

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5月に当ブログで最もアクセス数が多かったのは20日でした。この日の記事は「オーストリア航空の制服が替わります」。もちろん、これ以外の記事をお読みになった方もいらっしゃると思いますが、やはり話題性があるのでしょうね。

さて、今日はオーストリアの朝食には欠かせない「センメル(Semmel)の話題」をお届けしましょう。

ベッカライやスーパーマーケットに行くと、色々な種類のパンを販売していますが、Feriはセンメルが好きです。特に朝食にはセンメルが一番‥と勝手に決めています。もっとも品切れの場合、やはり小型のBrötchenを食べる場合もありますが‥

ところで、Semmelですが、商品名をよく見ると「Kaisersemmel」(カイザーセンメル)と書かれているものが多いようです。

以前から、Feriは、“なぜ、カイザーの名前が付いているのだろうか?”、“皇帝、由来のパンなのだろうか?”と疑問に思っていました。

先日、懇意にして頂いている日本オーストリア食文化協会に所属しているオーストリア料理の専門家にお目にかかった際、「Kaisersemmel」の名前の由来をうかがってみました。さすがプロ。面白いエピソードを教えて頂いたので、ここでご紹介することにしました。

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1750年頃、パン職人にカイザー(Kayser)さんという方がいらっしゃったそうです。カイザーさんが作ったKaysersemmel(スペルが違うのにご注目)は、パン生地の割合と味を改良し、街中で評判になったそうです。

ところが、18世紀のオーストリアでは、主食のパンは国が管理していたそうです。これは、「国民が美味しいパンを食べることができるように」という趣旨で、パンの価格、重量などは法令で厳格に定められていたそうです。

そのため、当時は規格外だったKaysersemmelは、大々的に販売することができませんでした。

そこで、1789年、何とパン職人のKayserさんは、皇帝フランツヨーゼフに自分の作ったパンを認めてもらおうと直訴(なかなか、大胆な方ですね)。

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皇帝フランツヨーゼフは、Kayserさんの作ったSemmelに感動し、正式に販売が認められました。そして、このパンはこれ以降、皇帝の名前をいただいて、「Kaysersemmel」から「Kaisersemmel」として売り出されたというものです。

なお、Kaisersemmelの由来については、それ以外にもいくつか存在するそうですが、これが有力なのだとか‥

ちなみに、Semmel(センメル)はオーストリア固有の名称で、同じドイツ語圏でもドイツでは小型のパンはBrötchen(ブロートヒェン)という名称で呼ばれています。ドイツとオーストリアでは、料理に関する名称は結構、違っており、色々と調べると面白いですね。


実際、オーストリアでも、センメル意外の小型パンはBrötchenと表示されており、明確に区分されています。ちなみに最後の写真はBrötchenです。

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ところで、ドイツなどでは、食事用のパンはライ麦、大麦などの穀物を原材料としたものが一般的です。実は穀物を使ったパンの方が、腹持ちが良いのだそうです。これも食文化協会の方に教えて頂きました。

逆に、当時、高価な小麦粉を使ったパンはKaisersemmelに代表される小型パンに多かったそうですが、ハプスブルク時代からウィーンでは、結構食べられていたようです。

考えてみると、穀物を原材料としたパンに親しんでいた人達が、Kaisersemmelを食べたら、ある意味、カルチャーショックだったことでしょう。

美味しいSemmelが生まれたのはKayserさんのお陰‥という訳です。

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グルメ・クッキング |

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Comments

Feriさん、こんにちは

Kayserさんが、Kaiserさんに直訴したんですね。
これからは、そのKayserさんを思い起こして、
買ったり食べたりすることにします。

5月に2週間、そちらに滞在しましたが、
Billa Korsoで、Bismarckheringeを売って
いたのを買って、サラダなどに重宝しました。
名前の通り、Bismarckさんの好物だったそうで。

Posted by: ぷいい | June 04, 2015 06:19

ぷいい様、お久しぶりです。

コメント内容と直接関係ありませんが、ユーロビジョンソングコンテスト期間中のご滞在だったのではありませんか。

もし、そうだとするといつもとは違うウィーンをお楽しみ頂けたことと思います。

Posted by: Feri | June 04, 2015 16:59

Feriさん、その通りです。

18日の開会式を控えた夕刻、
1、71、Dの路面電車が止まっていることをOperで知り、
激混みのU2でショッテントーアへ、44番で帰りました。

同じアパートに、これからStaatsoperへ行くという
日本人が居たので、ラートハウス前に赤絨毯が敷かれてて、
と事情を説明、カールスプラッツから歩くしかないと
いつもより早く、アパートを出るようにと伝えられました。

14日夜はナブッコを観たのですが、その日開催された
ウィーンフィルの野外コンサートに、
来年は行ってみたいと思っております。

Posted by: ぷいい | June 05, 2015 16:13

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