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June 13, 2015

ウィーンのトロリーバス

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今日は、「ウィーンを走っていたトロリーバス(O-Bus)の話題」をお届けしましょう。

ご存じのように、現在、ウィーンではトロリーバス(O-Bus)は運行されていませんが、実は1958年までは市内で運行されていました。もちろん、Feriは見たことはありません。実際、ウィーンにお住まいの方でもはっきりと覚えている方は、65歳以上の方だろうと思います。

トロリーバスの運行が始まったのは、第二次世界大戦前の1908年10月14日だそうで、運航区間はFeriのお散歩コースの一つであるPötzleinsdorf-Salmannsdorf(現在、35Aの終点)間でした。ただ、残念ながら1938年10月30日に廃止になってしまいました。

また、1909年7月17日には23区のLiesing-Kalksburg間を結ぶ路線が新たに開業しましたが、こちらも1920年に廃止となっています(記録によると1918年9月から1919年3月まで運休しているようです)。

いずれも内燃機関のバスよりも効率が悪く、維持費がかかるといったことが理由のようです。

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当時の写真がWiener Linienから公開されていますが、珍妙なスタイルの車両が使われていたようです。

その後、しばらくトロリーバスはウィーンの街から消えていましたが、1943年頃、Heiligenstadt-Klosterneuburg間を結ぶトロリーバス路線が、24系統として計画されました。しかし、第二次世界大戦の激化により、残念ながら実現することはありませんでした。

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さて、第二次世界大戦の末期、大規模な空襲や地上戦で被害を受けたウィーン市内。その復興手段の一つとして、トロリーバスが注目されました。これは石油資源の節約という意味があったかもしれません。

そして、1946年10月9日、新しいトロリーバスが22系統としてWähringer Gürtel -Salmannsdorf間(5.9キロ)で開業しました。

運行ルートと停留所ですが、資料によるとWähringer Gürtel-Nußdorfer Straße-Glatzgasse-Hardtgasse-Gatterburggasse-Obersteinergasse-Krottenbachstraße-Flotowgasse-Rodlergasse-Kratzlgasse-Gustav-Pick-Gasse-Glanzing-Kammerergasse-Strehlgasse-Kleingartenverein Hackenberg-Agnesgasse-Neustift am Walde-Celtesgasse-Salmannsdorfとなっていました。

この方面にお詳しい方は、ピンとくると思いますが、都心側の起点こそ違いますが、現在の35Aとほぼ同じルートだったのです。

冒頭のモノクロ写真ですが、1950年に終点のSalmannsdorfで撮影された22系統のトロリーバスです。

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新しくオープンしたREMISE(ウィーン交通博物館)には、ちゃんとトロリーバスコーナーも開設されており、当時の写真や車両の大型模型が展示されています。

ちなみに模型は1944年から1949年にかけて製造されたModell eines(ずいぶん単純な型式名なこと)というトロリーバスで、定員は58名でした。物持ちが良いことで有名なオーストリアですが、残念ながらウィーンのトロリーバスは現車が保存されていないようです。

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都心とホイリゲ街を結ぶトロリーバスだった訳ですが、車両や設備の老朽化が進んだことから、営業開始から12年ほど経過した1958年12月2日に営業を終了し、通常のバスに転換されてしまいました。

当時は、今のように環境問題に熱心ではなかったので、効率優先で通常のバスに転換したのだと思いますが、今の時代だったら、場合によってはザルツブルクのように車両を新製しながら、トロリーバスの運行を続けていたかもしれません。

最も、今では充電池で動くE-busの方が現実的ですが‥

さて、ウィーンの街から消えてしまったトロリーバスですが、2011年3月、ÖVPが13Aをトロリーバスに転換したらどうかという仰天プランを発表しました。しかし、さすがにWiener Linienはトロリーバスへの転換は否定的で、この話は立ち消えになったようです。

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Comments

はじめまして。
トローリーバスにウィーンとどこか懐かしく
こちらへたどり着きました。
実は今2次創作ですが、WW2当時のオーストリアについて、
実際市井はどうだったのか気になり調べています。
少しは美術に触れることができたのか、
外国人に対してはどうだったのか。
唐突な申し出で困惑されるかもしれませんが、
オペレッタにはまっている男さんの知りうる限り、
教えていただければと思います。
私としてはできるだけ温度のあるものを描きたいゆえ、
お願い申し上げた次第です。
どうぞよろしくお願いします。
もちろん、ご不快と感じたらお返事は結構です。

Posted by: トーマス | August 21, 2016 at 02:25 AM

トーマスさま

コメント、ありがとうございます。さすがに私の友人には第2次世界大戦を経験したオーストリア人はおりません。

ドイツとも異なり、色々な事情があったという話は聴いていますが、人によって捉え方はまちまちな上に、公表を差し控える傾向が強いように感じます。

お役に立てず、申し訳ございません。ただ、昔の映画「枢機卿」では、当時の雰囲気が紹介されていました。ただし、これも映画というフィクションですから、必ずしも事実ではない部分が多いと思われます。

当ブログでも2010年8月31日に取り上げたことがあります。

Posted by: Feri | August 21, 2016 at 10:07 PM

こんばんは。
いえいえ、それもまた一つのヒントになりました。
日本にいて、いざ調べるとなると
なんともわからずにいた気持ちがはやりました。
こうしてお返事を頂き、本当にありがとうございます。

Posted by: トーマス | August 23, 2016 at 05:44 PM

トーマス様

ぜひ、作品ができましたら、ご紹介いただければ幸いです。

Posted by: Feri | August 24, 2016 at 01:13 AM

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