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July 10, 2015

Weinende Brückeのモニュメント

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今日は「鉄道橋に取り付けられたモニュメントの話題」をお届けしましょう。

先日、S1 に乗車した際、列車がWien Siemensstraße駅に到着したところ、向かい側にある鉄道橋に、ちょっと変わったモニュメントが取り付けられているのを見つけました。

モニュメントの横には「Weinende Brücke」という橋の名称を記したプレートが取り付けられていました。そこで、後日、このモニュメントについて調べてみることにしました。

まず、このWeinende Brückeという橋が架かっている路線はFloridsdorfer Hochbahnという路線でした。Floridsdorfer Hochbahnと言っても普通の人は、どこを走っている鉄道かわからないと思います。実は、Wien-Jedlersdorf-Wien-Leopoldau間を結ぶ5キロの短絡線です。単線ですが、現在は電化されており、貨物列車が運転されています。

この路線は、ウィーン北部からの旅客と貨物が増加したため、ウィーン市内の鉄道路線に掛かる負荷を軽減する目的で、Nordwestbahn(Wien–Retz–Znojmo)とNordbahn(Wien Praterstern–Břeclav)結ぶ路線として1911年に計画されました。

その後、1914年6月に発生したサラエボ事件がきっかけとなって始まった第一次世界大戦により、軍事物資を効率的に戦線へ運ぶ必要が生じました。そこで、Floridsdorfer Hochbahnの建設も急がれることになり、イタリア人捕虜を労働力として活用し、1916年12月に完成しました。

第二次世界大戦末期の1945年には連合軍の攻撃により高架橋が破壊され、この短絡線は使用できなくなりました。

Hochbahn_001

戦後、しばらく短絡線は破壊されたまま放置されていましたが、1990年代に入り、短絡線の意義が見直され、ÖBBが主体となり復旧工事(事実上の新設工事)が開始されたのです。この短絡線は短いものの、途中、主要道路Siemensstraßeをオーバークロスするための鉄橋が必要です。

工事は1998年12月に完成し、貨物列車用として供用を開始することになりましたが、再開にあたって、建設当初の1916年、イタリア人捕虜が建設に従事したことを忘れないためのモニュメントが作られました。

Hochbahn_002

このモニュメントは彫刻家Wander Bertoni教授による作品で、橋の中央に取り付けられており、1999年5月に落成式が行われました。ちなみにモニュメントは、囚人の涙を表現したものといわれています。

そして、このモニュメントの形から、この鉄橋は「Weinende Brücke」(涙橋)と呼ばれるようになったそうです。

なお、Weinende Brückeの最寄り駅であるS BahnのWien Siemensstraße駅には、モニュメントの由来を記した看板が掲げられています。ある意味、戦争遺産という位置づけなのでしょうね。

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鉄道のお話 |

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