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September 13, 2015

三辻美耶子さんによるトークショー「山田耕筰と私Ⅱ」

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今日は、「ウィーンで開かれた日本人音楽家にまつわる催しの模様」をご紹介します。

9月11日、ウィーン13区庁舎にあるフェストザーレで、三辻美耶子さんによるトークショー「山田耕筰と私Ⅱ」(Miyako Mitsuji“Kosaku Yamada und Ich 2”)が開催されました。

月間ウィーンの主催によるもので、三辻美耶子さんによるトークショーを中心に、日野妙果さん(メゾソプラノ)、藤原治道さん(テノール)、横尾英志さん(テノール)、三辻ランデアル宏美さん(ピアノ)、ヴォルフガング・ランデアルさん(ヴァイオリン)、アンサンブル・パストレーラの皆さまも参加して、山田耕筰にちなむ楽曲が演奏されました。

また、司会と通訳はエベリン・ラクナーさんが務められました。

昨年の9月、在ウィーン日本大使館に付属する文化広報センター(Japanisches Informations)で「Kosaku Yamada und ich」(山田耕筰と私)という展示会が、月刊ウィーン主催で開催されましたが、それに続く催しです。

Feriは、前回のオープニングに行われたトークショーに参加できなかったので、実際にお話を伺うのは初めてです。

さて、13区(Hietzing区)も日本と縁がある自治体で、大阪府羽曳野市と姉妹都市提携をしています。

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エベリン・ラクナーさんの司会で、三辻美耶子さんによるトークショー「山田耕筰と私Ⅱ」が始まりました。最初に前の区長さんがご挨拶。羽曳野市と姉妹都市提携をしている関係もあり、親日家の方で、こういった行事の開催を喜んでいたのが印象的です。

最初の曲は、日野妙果さんによる「からたちの花」。その後、スクリーンに山田耕筰などの写真などが投影され、美耶子さんによるお話が始まりました。

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山田耕筰はウィーンで活躍していないので、ご存じない方も多いため、前半は日本からヨーロッパに渡り、ドイツで研鑽していた時代のお話などが披露されました。リヤルト・ホイベルガーと同窓だったというのは、驚きです。

なお、三辻さんのお話は、エベリン・ラクナーさんがドイツ語で、翻訳してご紹介されていました。お客さまの三分の一はオーストリアの方だったので、興味深くお話を聴くことができたと思います。

お話の間に、「待ちぼうけ、ペチカ、あわて床屋」、「みぞえに寄する愛の歌」、「かやの木山」、「中国地方の子守歌」、「つばくろの歌」などが披露されました。

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山田耕筰は、残念ながらウィーンには来ていなのですが、オーストリアの音楽家とも親交がありました。とくに来日したヨーゼフ・ラスカ、レオ・シロタなどとは、家族ぐるみの付き合いをしていたようです。

今回は、何とラスカ氏の息子さん(といっても、かなりのお歳ですが)が参加され、途中でご挨拶がありました。息子さんは、ラスカ氏がオーストリアに戻ってから生まれたため、日本の記憶はありません。

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しかし、ラスカ氏は、かなりの親日家だったようで、息子さんにも日本のことを色々と話していたというエピソードが披露されました。

なお、ラスカ氏の日本での功績をたたえる碑が、ウィーンの世田谷公園内に設置されえいます。

今回、「ラスカの日本俳句及び短歌十首より3曲」が披露されました。これはラスカ氏の息子さんへのプレゼント‥といったところでしょうか。

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山田耕筰は、後年、体が不自由になり、周囲に当たり散らすことが増えたそうですが、奥さまと秘書を務めていた三辻さんには当たることはなかったそうです。

その後、ピアノ五重奏「婚姻の響き」、「春のよい」、「鐘が鳴ります」、「松島音頭」、「この道」などが演奏されました。

また、山田耕筰の三女は、若くして修道女になったため、年が近かった三辻さんを、実の娘のようにかわいがってくれた‥といったエピソードも披露されました。

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このほか、山田耕筰のお弟子さんである嘉納愛子さんが、現在も大阪でご健在であるといったお話もありました。ちなみに写真で嘉納愛子さんのお隣に写っているのが、修道女になった三女です。

山田耕筰は、黒柳徹子さんの父母である、NHK交響楽団のコンサートマスターも務めたヴァイオリニストの黒柳守綱さんや声楽家の黒柳 朝さんとも交流がありました。

そのため、山田耕筰がなくなった後、三辻さんは、黒柳 朝さんに懇意にしていただき、演奏旅行への同行などもしたそうです。

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フィナーレは参加者全員による「赤とんぼ」でお開きとなりました。トークショーは1時間20分ほどでしたが、お開きの後、会場内で簡単なパーティ。

出演者や参加者が、ワインなどを傾けながらご歓談。公共施設で、これができるところが、ウィーンの良いところですね。

また、音楽を通じて、日本の一面をオーストリアの皆さまに知っていただく機会を作った月間ウィーン主宰の福田様をはじめ、出演者・スタッフの皆さまには頭が下がります。

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こういった地に足の付いた文化交流が、相互理解を深めるのですよね。

秋の夜、最近は日本でも耳にすることが減った素晴らしい日本歌曲を、ウィーンで聴くと心に来るものがあります。日本の原風景を思い浮かべる曲に思いを馳せながら、家路につきました。

昔の日本歌曲は、詩やメロディが素晴らしい作品が沢山あります。今の日本の子供達が、この素晴らしい歌曲に親しむことが少なくなっているのが残念でなりません。


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