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March 11, 2016

Ottakringにある「世界平和」のモニュメント

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今日は、2011年に東日本大震災が発生して5年目です。このブログをご覧になっていた方は、ご存じのように、ウィーンで第一報に接したFeriは、その被害に愕然としたものです。

オーストリアの皆さまも、色々な形で日本を支援していただきましたが、残念なのは原発事故関連のニュースに関しては、現在でもマイナス面の情報が多いことです。そのため、軽微なトラブルでも、大々的に報じられる傾向があります。

まぁ、できあがった原発を稼働させる前に、国民投票の結果、廃止にしてしまった国ですから、わからないでもないのですが‥

さて、今日は「ウィーンにある日本に関連したモニュメントの話題」をお届けします。

ウィーンには、日本に関連したモニュメントが意外と多く存在します。

先日、Ottalringの区役所前を通りかかった時、「世界平和」と彫り込まれた、石造りのモニュメントが目にとまりました。時間があったので、このモニュメントを見学してみました。

モニュメントには「世界平和」「WELTFRIEDE」と彫り込まれており、丈夫には折り鶴を模した金属製のオブジェが設置されています。

基礎の部分には日本語とドイツ語でモニュメント設置のいきさつが書かれています。

今回は、そのいきさつを、そのままご紹介します。

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『佐々木サダコ(禎子)」は広島で生まれて、2歳の時被爆し1955年10月25日にわずか12歳で原爆の影響による白血病のため亡くなりました。

サダコは「千羽の鶴を折る」とどんな病気でも必ず回復するという話を信じて、病床で鶴を折り続けましたが、その願いはかないませんでした。今では千羽鶴は「世界の恒久平和を願う」シンボルとなっています。

この記念碑は日本とオーストリアの外交関係樹立140周年の記念行事の一環として広島オーストリア協会と墺日協会が中心となって、ウィーン市16区、日本通運、オーストリア航空、日本たばこインターナショナルの協力のもとで設置されました。2009年9月9日』

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『このモニュメントの石は1945年8月6日に広島に投下された原爆で被爆した広島市役所急庁舎の敷石です。

この平和モニュメントの被爆石は広島市が世界平和と核兵器廃絶を願うシンボルとして世界中の少年少女に愛読されている著書「サダコは生きたい」の児童文学作家カール・ブルックナーの出身地ウィーン市16区オッタークリングに感謝の念をこめて寄贈しました。

カール・ブルックナーはウィーン市16区オッタークリングで生まれ、1982年10月25日に76歳でこの地で亡くなりました。オーストリアで最も親しまれた児童文学作家として名作を残し、多くの文学賞とオーストリア国家文学賞を受賞しています。

1961年に書かれた小説「サダコは生きたい」は22カ国語に翻訳され、現在も世界中の子供たちに愛読されています。』

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カール・ブルックナー(Karl Bruckner)が書いた作品の原題は「Sadako will leben」と言いますが、もしかしたら日本人よりも、外国人の方が、本作品を良く知っているかもしれません。

というのは、本作品は、1964年に『サダコは生きる―ある原爆少女の物語』として日本語版が出版されましたが、その後、30年以上絶版となっていたようです。2000年になって、「サダコ」という書名で復刊されているそうです。

なお、広島平和記念公園にある、折り鶴を掲げて立つ「原爆の子」像のモデルとなったのが佐々木禎子さんだそうです。

関係者以外で、このモニュメントの存在を知っている方は、どの程度、いらっしゃるのでしょうね。

Ottalring区役所前に建つ、モニュメントを見て、考えさせられた一日になりました。


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