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April 23, 2016

番外編 日本の災害報道を考える

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今日は、番外編として日頃、気になっていることをまとめたいと思います。週末にふさわしくない話題ですが、ご容赦ください。

熊本地震の発生から1週間が経過しました。まだまだ余震が続いており、現地では、避難所や自家用車の中で避難生活を送っている皆さまが多いようです。

行方不明者の捜索も関係機関の手で行われている他、被災者への生活支援も本格化しているようです。

ところで、日本では、震災に限らず、大規模な自然災害が発生すると、テレビ局などは現地から様々なレポートを流します。

ただ、Feriが疑問に思っているのは「誰に対して、何の目的で、報道しているのだろうか」ということです。

例えば、必ず出てくる避難所の様子。ヘルメットをかぶったアナウンサーが被災者の方にインタビューしているケースもありますが、何のためのレポートなのでしょう。

行政機関にもっと支援をして欲しい、食料品をはじめとする援助物資を送って欲しい、人員をもっと送って欲しい、安心して休める一時避難所を拡充して欲しい‥といった被災した皆さまの要望を国民に伝える目的なのでしょうか。

レポートの内容を聞いていると、必ずしも、そういった論調でもないようです。

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このほか、ライフラインの復旧状況など、残念ながら被災地ではテレビを見ることができないケースが多く、余り役に立ちません。

各種交通期間の運行状況などについては、最近は「詳細はインターネットでご確認ください」というケースが多く、テレビの情報は、正直、被災していない地区の方にとっても、余り役に立ちません。

災害発生当初は、災害の規模を国民に伝え、各種支援を迅速に行うため、被害状況の報道は重要だと思います。

しかし、その後も大規模な土砂崩れ、倒壊した建物などに代表される「絵になる映像」ばかりが放送されると、テレビしか見ていない遠方の方は、被災地(今回は熊本県)は総て壊滅してしまったのではないか…という幻想に囚われてしまうような気がします。

もちろん、大勢の方が被災している訳ですから、大規模な災害であったことは間違えありませんが、震度7クラスの地震が2回来たにもかかわらず、海外に比べて、お亡くなりになった方の数が比較的少ないのは、建造物の耐震強化の成果ではないかと思うこともあります。

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そういった悲惨な状況の中でも、プラスに働いた面を報道する番組は、見たような記憶がありません。

悲惨な映像を繰り返し流し続ける結果、最近の日本では「同調化圧力」が働き、全国に「自粛ムード」が蔓延して、経済活動が停滞してしまっては、本末転倒な気がします。

このほか、今回の熊本地震では、従来以上に、マスコミの取材に関する問題点が現地の皆さまから指摘されています。

これも、取材の目的が明確であれば、そういった批判は少ないと思うのですが、「誰に対して、何の目的で、何を報道するのか」という基本的な部分が明確になっていないため、批判にさらされているような気がします。


避難所で疲れて休んでいる皆さまを報道陣が取り囲んで、取材をすることが、被災者の皆さまの負担になるという発想はないのでしょうか。

最近では、「マスコミの取材ヘリコプターがうるさい」といった意見を耳にしますが、実は最近、マスコミが使っているヘリコプターは比較的小型で騒音が少ないタイプが多いそうです。実際、騒音が大きいには輸送量の多い災害支援の機材です。しかし、マスコミの横暴ぶりから、そういった見方になってしまうのでしょう。

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テレビ中継の場合、中継用の車両などを大量に現地に派遣する必要があります。当然、災害により交通が制限されている道路を使う訳ですから、現地からは「あまり歓迎されない(正直、来て欲しくない)」グループかもしれません。

Feriは、2004年10月、新潟で中越地震が発生した際、友人家族が旧山古志村に住んでいたため、震災の1週間後、避難先である長岡市まで安否確認に行ったことがあります。

大規模災害の現場に行ったのは、これが初めての経験でしたが、東京でマスコミが報道している内容と、現地の実情が余りにも違いすぎることに愕然としたことを、今でもよく覚えています。

その際、阪神淡路大震災の際、救援に行った関西の友人から、被災地へ行く際の注意点や、持参した方が良い物資などを聞きました。また、滞在時間は短時間にすることというのは念を押されました。

今回の熊本地震と同じく、テレビでは悲惨な現場の映像ばかり流していましたが、避難所のある長岡市内は、建物に関してはほとんど被害がなく、大地震があったのが嘘のようでした。

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そして、避難所の体育館前には、マスコミが派遣した大量の車両が路上駐車しており、政府関係者などが来ると取り囲んで取材をしていました。

実際、非難している友人家族とも短時間、話をしましたが、避難所では各種の情報が伝わっていないようで、私が関東地区からどうやって来たのかというルートもご存じありませんでした。つまり、マスコミの情報が現地では全く役に立っていないことになります。

当時、上越新幹線が不通になっていたため、Feriは、実は羽田-新潟間に臨時に運行された飛行機に乗り、新潟から長岡までは高速バスを利用しました。

このほか、マスコミでは支援内容の紹介はしていますが、肝心の「現地で、何が不足しており、どんな品物を、どこへ届ければ、被災地に届くのか」という情報は流れてきません。

その結果、全国から送られた支援物資が役に立たず、それを処分するために、貴重な人的リソース(当然、処分費用も発生します)を使わざるを得ないという話も耳にしました。

マスコミが被災地支援を第一に考えて報道するのであれば、支援物資は「どこへ、いつまでに、何を、どの程度、送ればよいのか」を紹介すべきではないかと考えたこともあります。

当たり前ですが、輸送体制が崩れているため、現地に送るのは迷惑千万なので、周辺の拠点へ送ることになるのでしょうが、その情報は目にしたことがありません。

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なお、中越地震の際、仮設住宅の建設が始まってからは、地元の行政やNPOが、必要な物資(数量を含む)を具体的にホームページ上で紹介し、送付先まで案内していました。

Feriもささやかでしたが、家電製品を寄付した記憶があります。これは、まさしく生きた支援だろうと思います。
悲惨な現場の映像だけを取り上げれば、同情は集まるかもしれませんが、結果的に被災された方に役に立たないような気がします。

なお、熊本地震に関しては、熊本のケースだけが取り上げられていますが、実は隣接する大分県内でも被害が発生しており、救援が必要だそうです。ところが、大分県では、どんな支援が必要なのか、どんな物資を届ければ良いのかが、伝ってこないため、結果として、支援が後回しになっているという話もあります。

最近はSNSが普及しているため、現地で活動する報道陣の問題行動が広く一般に知られるようになったのは、何とも皮肉なことです。

ちなみにオーストリアでも、洪水や土砂崩れといった大規模な自然災害が発生すると、様々な報道が行われますが、日本のように避難所まで押しかけて取材するというケースは少ないようです。逆に、すぐに目立つように始まるのが「義援金の寄付」に関する報道です。

今日のテーマは、Feriの個人的な意見・考えなので、異論も多々あると思います。そのため、コメント欄は設けませんでした。ご了承ください。


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