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July 25, 2016

突然の出会い 民族音楽の足跡

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今日は「民族音楽家の史跡にまつわる話題」をお届けしましょう。

皆さまもご存じのようにウィーンには、様々な音楽家に縁がある史跡が点在しています。クラシック音楽ファンのみならず誰もが知っている音楽家から、地元に密着した民族音楽作曲家まで、本当に幅広い人たちが活躍していたことがわかります。

そういう意味で、言い古された言葉ですが「音楽の都」だと思います。

今日は、そんな音楽家の史跡から、民族音楽作曲家のケースをご紹介しましょう。先日、馴染みのホイリゲに行く途中、16区のNeulerchenfelder Straßeで写真のような壁画が描かれている建物を見つけました。

この壁画ですが、正直、Feri好み。まず、窓を囲む形でデザインされているところが素晴らしいですね。そして、教会らしい建物と、左にはシュランメル音楽では欠かせないコントラギター(Kontragitarre)が大きく描かれています。

さらに下には楽譜の一節が描かれていますが、その手前にはワインのデキャンタが‥

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言葉はわからなくても、ホイリゲと関係が深いシュランメル音楽に関する音楽家がお住まいになっていた場所であることがよくわかります。

後日、写真を分析したところ、Hans v. Frankowski(1888~1945)と書かれており、この壁画の人物はグラーツ出身の音楽家であることがわかりました。

Hans v. Frankowskiはペンネームで、本名はJohann Edler von Frankowskyと言うそうです。1988年11月3日、グラーツに生まれ、幼少期にウィーンに移り、シュランメラン音楽の作詞・作曲、演奏などを行った方です。

この壁画に描いてある文章から、Hans v. Frankowskiは第二次世界大戦末期の1945年1月15日、連合軍の空爆によって奥さまとともに、この場所でお亡くなりになったことがわかりました。

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壁画の右側には、建物から火の手が上がっているようにも見えるのは、空爆の様子を再現したものかもしれません。
ご存命であれば、終戦後も民族音楽の継承にご尽力頂けたと思うと、残念でなりません。

なお、一説によるとベナツキーの名作オペレッタ「im weiße Rössl」(白馬亭にて)で使用されている「Erst wann's aus wird sein‥!」のメロディは、Hans v. Frankowskiの手によるものだという説があります。

なお、空爆を受けた地域なので、戦前の建物はなくなっており、この壁画は戦後、新たに建てられた建物に描かれたものです。なお、戦前は2階建てのビーダーマイヤー様式の建物だったようです。

しかし、ウィーンでは、街中を散歩していると、突然、このような音楽家の史跡と出会うことができるので、街歩きは楽しいですね。今回は「突然の出会い」だっただけに、また楽しさも倍増しました。

最後にHans v. Frankowskiの作品をYouTubeにアップされていた動画からご紹介しましょう。
皆さまも、どこかで耳にしたことのあるメロディかもしれません。

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