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January 23, 2017

母の誕生日の寄せて(下)

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昨日に続き「プライベートな話題」にお付き合い頂き、恐縮です。

オーストリア旅行の翌年、1999年1月、偶然、地元のコンサートホールにフォルクスオーパー管弦楽団が来場し、ニューイヤーコンサートを開催されました。

地元のコンサートホールにフォルクスオーパー管弦楽団が来たのは、今のところ、この1回だけなのですが、これも何かの縁を感じます。当然、母と連れだって聴きに行きました。

1998年の旅行で、母が食生活や長距離のフライトも含めて、ヨーロッパ旅行に対応できそうなことがわかったことから、2000年のお正月、再びウィーンへ連れていくことにしました。

この時は、フォルクスオーパーだけでなく、国立歌劇場での観劇も組み込みました。

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というのは1999年2月、Feri単独でウィーンへ行った際、始めて国立歌劇場でオペラを観たことから、ある程度、様子を把握することができたからです。

ただ、国立歌劇場の演目から選んだのは、すでにFeri自身がはまり始めていたオペレッタ。「Die Lustige Witewe」でしたが‥

2000年1月の訪問では、フォルクスオーパーにも出かけて「こうもり」と「魔笛」を観ました。この時、ウィーンで始めてオペラを鑑賞した訳です。

母とのウィーン行きを左右したのは、2001年のウィーン国立歌劇場来日公演です。

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この時、どの演目を観るか、迷ったのですが、母も名前を知っているトーマス・ハンプソンさんが出演すると言うことで「Linda di Chamounix」を選びました。

ご存じのように、この時、タイトルロールのリンダに起用されたのは、かのエディタ・グルベローヴァさん。本公演は、正に「滝に打たれたような衝撃」を受けました。

世の中に、このように素晴らしいソプラノ歌手が存在するのか‥というのが、母とFeriの共通認識。特に「狂乱の場」の凄まじかったこと‥

お恥ずかしい話ですが、それまで、エディタ・グルベローヴァさんの存在を知らなかったのですよ‥

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この公演で、オペラというかグルベローヴァさんに開眼してしまったFeriは、本場ウィーンで観たくなってしまったのは言うまでもありません。

2001年1月、国立歌劇場で「Roberto Devereux」が上演されることがわかり、母を連れてウィーンに行くことにしました。

当初、母は、グルベローヴァさんが出演するものの、よく知らない演目なので、あまり乗り気ではありませんでした。

しかし、当時、兄の娘(Feriの姪)がイギリスに短期留学しており、冬期休暇を利用してウィーンで再開できることが決まり、気持ちが変わったようです。何しろ母にとっては可愛い孫ですから‥

元旦に日本を出発し、2日のフォルクスオーパー「Die Csárdásfürstin」で観劇スタート。「Roberto Devereux」の観賞は1月6日だったのですが、実は、この時もカード会社にチケットの入手を以来しました。

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現地のサービスオフィスでチケットを受け取ってびっくり仰天。何とParkettの最前列、かつ指揮者裏(Sitz11、12)だったのです。これが、Parkett Reihe 1(平土間最前列)にはまったきっかけです(笑)。

日本で聴いたグルベローヴァさんもすごかったですが、迫真のエリザベッタには、声も出ませんでした。2人ともグルベローヴァさんに、完全に「はまってしまった」のは言うまでもありません。

母はウィーンで孫との再会を果たし、Feriがプラーターやシェーンブルン宮殿を案内して、楽しい一時を過ごしたのは言うまでもありません。

Feriの姪は、この留学をきっかけにホテル業界に就職することを決めたようで、現在は都内の某外資系ホテルのコンシェルジュをしています。ただ、オーストリアではなく、イギリスに入れ込んでいますが‥

その後も、グルベローヴァさんが国立歌劇場に出演する時、母もウィーンに連れていきました。

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ちなみに母と一緒にウィーンで観たグルベローヴァさん出演のオペラは、2001年9月の「Roberto Devereux(ロベルト・デビューリ)」、2003年6月の「Lucia di Lammermoor(ランメルモールのルチア)」、2005年12月の「Ariadne auf Naxos(ナクソス島のアリアドネ)」です。

ちなみに2001年9月は、アメリカの同時多発テロ直後だったので、訪問を中止しようかと検討しましたが、決行しました。

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このほか2004年2月にグルベローヴァさんが出演予定の「I Puritani(清教徒)」を観るために満を持してウィーンを訪れていますが、この時は、2公演とも代役となってしまい、観ることは叶いませんでした。ちなみに代役はBonfadelliさんでした。

もちろん、ウィーン訪問の際には、グルベローヴァさん出演の公演以外も観ています。

ちなみに、国立歌劇場では「無口な女」、「カルメン」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「椿姫」、「ローエングリン」なども一緒に観ています。

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一方、オペレッタに関しては、フォルクスオーパーで「Die Lustige Witewe」を観たのを皮切りに、「こうもり」、「チャールダーシュの女王」、「ロシアの皇太子」、「ペンザンスの海賊」、「白馬亭にて」(旧演出)を観ています。

さらに1回だけですが、日本公演で、その面白さに惹かれたブダペストオペレッタ劇場の公演を観賞するため、一緒にブダペストを訪れ、「チャールダーシュの女王」を観ました。

このほか、ウィーンでは楽友協会でのコンサート(2004年4月)も鑑賞しているため、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートをテレビで観ると、自分が行ったことがある場所なので、今でも懐かしがっています。

ウィーンの旧市街や有名な場所、ドナウ川短距離クルーズ(Mwlk-Krems間)は、一通り連れていったので、テレビの旅番組なども、懐かしく観ているようです。

さすがに、ホテルで午後は長時間の休憩をとるという余裕のあるスケジュールを組んでいたものの、80歳を過ぎてからは、病気や怪我をしたこともあって、本人も行く意欲が衰えてしまいました。

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結果として、2005年の「ナクソス島のアリアドネ」が母にとっては「ウィーン最後のオペラ」になりました。

ご存じのように旧演出の「ナクソス島のアリアドネ」は、かのカール・ベームさんが絶賛したグルベローヴァさんの歌唱力が際立つ舞台です。この演目を生で観ることができたのは良かったと思っています。

この時は、ウィーンに住むFeriの友人が気をきかしてくれて、母を招いた食事会を開いてくれました。ウィーンに住むFeriの友人達を母に紹介できたのも幸いでした。

ただ、その後、Feri自身のウィーン訪問が非常に増え、かつ友人も多くなったので、今ならば、もっと多くの友人を紹介できるのがちょっと心残りです。場合によっては、フォルクスオーパーのRobert Meyerさんとの面会もできたかもしれません。

ちなみに、今までに母と一緒にオーストリアへ出かけた回数は、8回でした。

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母のウィーン訪問は終わりを告げましたが、グルベローヴァさんの来日公演については、Feriが一緒ならば観に行くこともできるので、その後も観に行っています。

最近では、2016年のプラハ国立歌劇場「ノルマ」を観ています。

母の友人などは、何回もウィーンにいって本場の劇場でオペラを観ているという話を聞くと、Feriのことを「親子孝行な息子さん」と言ってくれるようです。

しかも、毎回、マイレージ利用とは言え、ビジネスクラス利用ですから(母はヨーロッパ内の短距離路線以外はエコノミークラスに搭乗したことがありません)。

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しかし、実はFeriは親に心配ばかりかけている「不肖の息子」というのが実態です。

ただ、まさか母親とオペラやオペレッタの話で盛り上がるとは、予想もしていませんでした。

さらに、1998年12月にフォルクスオーパーへ行かず、国立歌劇場で普通のオペラを観ていたら、果たして、Feriがここまでウィーンやオペレッタに傾倒していたかどうかは疑問です。

これも父親が天国から導いてくれたのかもしれません。そう考えると不思議な気がします。

誕生日と言えばケーキですが、母はアップルパイが好きなので、今回も、それを準備しました。飾り気はありませんが、本人は喜んでいました。

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