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February 02, 2017

追悼 Rudolf Biblさんに寄せて

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オペレッタ界の巨匠、Rudolf Biblさん急死の報を耳にして、正直、信じられない思いで一杯です。何しろ1月1日に、お元気で指揮をしていた訳ですから‥

Rudolf Biblさんのフォルクスオーパーでのハウスデビューは、1972年12月2日。演目は「Das Land des Lächelns」でした。

その後、 1991年にはフォルクスオーパーの名誉会員に推挙されています。フォルクスオーパーでの45年にわたる活躍で、指揮をした公演数は2273回にのぼりました。

今日は、Feri個人の「Rudolf Biblさんの思い出」を綴りたいと思います。

Feriが、Rudolf Biblさんが指揮をした公演を始めて観たのは、実はフォルクスオーパーではありません。

国立歌劇場で上演されていたオペレッタが最初です。で、演目ですが「Die lustige Witwe(メリーウィドウ)」。2000年1月4日のことでした。

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当時、年末年始の定番「Die Fledermaus」に代わって、「Die lustige Witwe」が上演されていました。1998年12月に始まったFeriのオペレッタ鑑賞ですが、観賞演目としては、まだ「Die lustige Witwe」に限られていました。

都合5回目のオペレッタ鑑賞でRudolf Biblさんに当たったことになります。

やはり素晴らしい演奏だったことが、今でも鮮明に記憶に残っています。そして2回目も国立歌劇場。2003年2月21日で、演目は「Die Fledermaus」。

当時は2月でも、国立歌劇場でオペレッタを上演していたのですよ。この時、フロッシュがRobert Meyerさんだったのも何かのご縁でしょうか。

現在、Feriのホームグラウンドとなっているフォルクスオーパーで、Rudolf Biblさんの指揮による演奏を聴いたのは、オペレッタではなく、2008年10月の「フォルクスオーパー・オペレッタ150周年ガラコンサート」でした。

この時は、当時、同劇場に所属していた多くの指揮者、ソリストが参加して、非常に素晴らしいコンサートでした。

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当日、Rudolf Biblさんが振ったのは、第一部では「Der Bettelstudent」、「Die Csárdásfürstein」の二作品。

第一部のフィナーレは「Die Csárdásfürstein」から、おなじみの「Jaj,Mamam」。Sándor NémethさんがFeri、Daniel Prohaskaさん がSylva、Edith LienbacherさんがBoniでした。

この時のSándor Némethさんは、素晴らしかったですね。一気にファンになってしまったのは言うまでもありません。

休憩を挟んで、後半もRudolf Biblさんの指揮でスタート。演奏された曲は、「Der Opernball」(序曲)、「Giuditta」、「Ein Walzertraum」、「Das Dreimaãderlhaus」でした。

もちろん、本来のオペレッタで聴くのがベストなのは言うまでもありませんが、後で振り返ってみると、Biblさんが指揮する演目が少なくなっていたので、このガラコンサートは、良い機会だったと思います。

そして、フォルクスオーパーでBiblさんが指揮するフルバージョンのオペレッタを観たのは、2007年2月15日の「Die Fledermaus」です。

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Biblさんは「Die Fledermaus」を振ることが多かったので、Feriは2016年9月までに、合計11回観ています。

フォルクスオーパーでBiblさんの指揮で観た2作品目のオペレッタは「Die lustige Witwe」で、2007年12月6日が最初です。

当然、第三幕に「天国と地獄のギャロップ」が入った素晴らしい旧演出です。結果的に2010年4月までに、Biblさんの指揮で5回観ています。

そして、3演目目は「Die Csárdásfürstein」。Feriは、2011年3月9日から2015年12月21日まで、合計10回、観ています。これに、2016年の来日公演1回が加わりますが‥

結局、フォルクスオーパーでは、Rudolf Biblさんが指揮するオペレッタは、この3演目しか観ることができませんでした。

ところで、Feriは、基本的に平土間最前列が「指定席」なのですが、指揮者の立ち振る舞いをつぶさに見ることができるのもお気に入りの理由。

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Rudolf Biblさんで、興味深いのは、かなり早くからオーケストラピットの入り口でスタンバイしていたことです。

コンサートマスターがチューニングをしている頃から、スタンバイ。早く出たくて、うずうずしているようにも感じたものです。

また、特別な場合以外、譜面をおかずに指揮をしていたのは有名な話ですね。後年の指揮ぶりは自然体で、細かい指示を出すことはなかったように見受けました。

ただ、お歳を召してからは、コンサートマスターとの二人三脚で演奏をしていたという話を耳にしたことがあります。

Biblさんの意向を受けて、コンサートマスターが微妙に演奏を調整して、はじめて素晴らしい演奏が実現できていたようです。

もちろん、コンサートマスターが指揮者を無視して、勝手に暴走している訳ではありません。これもBiblさんとオーケストラの信頼関係があったからこそ、実現できた芸当なのだろうと思います。

実際、「Biblさんが、最も演奏しやすい」という声をオーケストラメンバーから直接、聴いたことがあります。

さて、Rudolf Biblさんと言えばメルビッシュを忘れる訳にはいきません。

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Feriは2002年の「Die Csárdásfürstein」から観始めましたが、以降、2003年「Giuditta」、2004年「Gräfin Mariza」、2005年「Die lustige Witwe」、2006年「Der Graf von Luxemburg」、2007年「Wiener Blut」、2008年「Im weißen Rössl」まで、Biblさん指揮でした。

ただ、メルビッシュの場合、オーケストラピットが見えないため、指揮ぶりをつぶさに観察することができなかったのが、残念なところです。

Serafinさんが関わっていたため、どれも魅力的な仕上がりでしたが、個人的に印象に残っているのは「Die lustige Witwe」と「Im weißen Rössl」。

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特に「Im weißen Rössl」は野外にふさわしい舞台と演奏が見事でした。Feriお気に入りの「Im weißen Rössl」が、Biblさんのメルビッシュでの最終指揮になったのも、何かのご縁を感じます。

なお、2013年にはメルビッシュの名誉会員に推挙され、会場で盛大なセレモニーが行われています。今回は、その模様(公式写真)をご紹介します。

さて、Biblさんがフォルクスオーパーで指揮した演目で、今までFeriが観た中、最も印象に残っているものは2公演です。

一つは、2012年4月21日のFestvorstellung zum 70. Geburtstag und 30jhärigen Volksopernjubiläum von Sándor Németh「Die Csárdásfürstin」です。

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現時点では、Sándor Némethさんのフェリ・バチは、本公演が最後になってしまいましたが、この時、Biblさんの指揮とオーケストラの演奏は素晴らしかったですね。

近年、観た「Die Csárdásfürstin」では、最高の公演でした。実は、本公演にはFeri個人にとって、非常に思い出深いものでした。というのは、当初、半月ほどウィーンに滞在する予定で計画を立てていました。

ところが、ウィーンへ戻る直前、母が肺炎で緊急入院してしまいました。普通だったらウィーン行きはキャンセルせざるを得ないのですが、本公演だけは、どうしても観たかったFeri。

担当ドクターに相談したところ、母の病状は安定しており、しばらくは、安静にしているだけなので、連日、病院に来なくても大丈夫だろうという話でした。

そこで、本公演を観るためだけにウィーンへ戻りました。残ったチケットはウィーンの友人にプレゼント‥

幸い、ウィーンに戻っている途中も母の病状に大きな変化はなく、2ヵ月ほどの入院した後、肺炎は完治し、退院しました。

そして、もう一つは、2014年5月14日の「Festvorstellung anlässlich des 85. Geburtstages von Prof. Rudolf Bibl」の「Die Fledermaus」です。

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指揮者の記念公演だったので、公演そのものは通常通り。

ただ、本編終演後、ご本人が舞台上に上がってから、オーケストラが「ハッピーバースデー・ツーユー」を演奏し、出演者全員で大合唱。右の写真が、「ハッピーバースデー・ツーユー」の大合唱シーンです。

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この段階で、お客さまもスタンディングとなり、演奏終了後、Robert Meyerさんがご挨拶を行い、花束の贈呈。最後にRudolf Biblさんからお礼のご挨拶があって、お開きとなりました。

やはり、この公演が一番印象に残っていますね。

今となっては、最高の記念品になったのが、当日、配布されていた小冊子(Impressum、左の写真)。

フォルクスオーパーでRudolf Biblさんが、指揮をした演目と回数、ご本人のバイオグラフィーなどが掲載されていました。

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当日までに最も多く振っていたのが「Die Fledermaus」で243回、次が「Die Csárdásfürstin」(188回)、「Die lustige Witwe」(186回)が続いていました。

奇しくもFeriが、観た3作品と重なっているのも何かのご縁を感じます。今回、ImpressumをPDFファイル化して、お持ちになっていない方にもご覧いただけるようにしました。

「professor_rudolf_bibl.pdf」をダウンロード

ちなみに、フォルクスオーパーの海外引越公演にも多数、参加していますが、日本公演では1979年、1982年、1985年、 1989年、1993年、2016年の6回、帯同されています。

しばらく引っ越し公演に参加されなかったBiblさんが、昨年、参加されたのは、「虫の知らせ」でもあったのでしょうか。

Feriは、Rudolf Biblさんと面識はありませんので、直接、お話をする機会もありませんでした。しかし、最近、フォルクスオーパーで指揮されている作品を見ると、比較的オーソドックスな演出のものが多かったと思います。

逆に新演出の作品は指揮をされていません。最近の新演出について、どのようなご感想をお持ちだったのか、うかがってみたかったところです。

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お亡くなりになる直前まで、フォルクスオーパーでオペレッタを振っていたことを考えると、大往生と言えるのかもしれません。もちろん、ご本人が、どのように思っていたかは知る由はありませんが‥

せめて90歳のお誕生日を、フォルクスオーパーでお祝いしたかったところです。きっと、今頃は、天国で先に天に召されたオペレッタ歌手の皆さんとオペレッタ談義に花が咲いているかもしれません。

最後の写真は、2016年5月、東京文化会館前で、ファンにリクエストに応えてサインをしているRudolf Biblさんです。公演前は神経質になっている出演者が多い中、気さくにサインに応じていたのが印象的な場面です。

読者の皆さまも、Rudolf Biblさんにまつわる思い出が、沢山あると思いますので、コメントをお寄せいただければ幸いです。

改めて、Rudolf Biblさんのご冥福をお祈りいたします。

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オペレッタ |

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Comments

こんにちは。
Bibleさんの訃報、本当に驚きました。ウィーンの職人的マエストロが次々と亡くなってしまい、残念です。
私の、多くはないウィーンでのオペラ(オペレッタ)体験のなかで、Bibleさんの指揮も一回だけ、拝見・拝聴しています。2002年の大晦日でした。
正直に言うと、この時は、「Staatsoperで大晦日の「こうもり」を観ている!」という感激が先行して、演奏の詳細をあまり良く覚えていないのです(覚えているのは、Bibleさんの指揮棒からあふれ出る音楽が、とでも流麗であったこと、以前からファンだったKirchschlagarさんのオルロフスキに、ちょっとがっかりしたことぐらいでしょうか・・・)。
この年の暮れはとても寒くて、「こうもり」の後、Punschをすすりながらも、Rathausの前で新年を待つ間、足の指先がじんじんとしびれるように痛かったのを思い出します。

これ以外ですと、サントリーホールが毎年開催しているニューイヤコンサートで、Volksoperのオケを振られたのが聴いた記憶があります。

Bibleさんのご冥福をお祈りします。

Posted by: Wataru | February 03, 2017 at 07:55 AM

Wataruさま

思い出をご紹介いただき、ありがとうございます。

当初、昨年のフォルクスオーパー来日公演は帯同しないという話だったようです。

ただ、ご本人の意向で、来日が実現したという話でした。

Posted by: Feri | February 04, 2017 at 11:28 AM

Feri さん、
リクエストにお応えして、Rudolf Bibl さんの思い出を..

Bibl さんの指揮に初めて接したのは 1982年の Volksoper 2回目の来日で、演目は Wiener Blut でした。(1979年の初来日時は、まだ学生で Die Fledermaus の1回にしか行けず、別の人でした)
3回目の来日(1985年)では Die lustige Witwe(Peter Minich さん!)、Die Csárdásfürstin(もちろん Sándor Németh さん)それぞれ2回に、Gala Concert まで行っています。
1989年・1993年の来日公演もほとんど Bibl さんの指揮でしたが、その後、年末年始のコンサート以外は日本と疎遠になられてしまいました。

2000年代に入ってから Volksoper の来日も途絶え、こちらからヴィーンに行くようになって、Bibl さんに再会したのは10年後の2003年です。演目は、また Wiener Blut でした。
その後は、Németh さんのあの記念公演も含めて、Csárdásfürstin と Fledermaus を何度も聴くことが出来ました。
そして、昨年の来日公演が最後になってしまいました。

1993年の来日公演の時までは Volksoper の素晴らしさに酔っており、Bibl さんの凄さは分かっていなかったように思います。
ところが、Volksoper に行くことも多くなり、他の指揮者で、いわば普段着の公演を聴くようになってから、 Bibl さんの指揮、そして以前の来日公演が特別だったのだと気付きました。

Bibl さんの特長は、柔らかさだったと思います。音もきつくなることがありませんでしたが、舞台の動きや歌手に合わせて柔軟に進める、劇場育ちの真のカペルマイスターでした。
それに、セリフから歌に移るときのタイミングというか間というかが、本当に絶妙でした。
他の指揮者で聴いている時は、そんなに歌手を駆り立てるなとか、入りのタイミングちょっと遅いとか、心の中で突っ込みを入れたくなることが多いのに(偉そうに!)、Bibl さんの時には安心して聴いていられました。

私の定位置も平土間最前列の真ん中少し左寄りですが(何度、お隣になったでしょうか)、Bibl さんの両手対称に下から円を描くような指揮に間近で接することができて、ほんとうに幸せだったと思います。
Rudolf Bibl さんに、感謝を捧げます。

Posted by: Steppke | February 04, 2017 at 12:51 PM

Steppkeさま

思い出話とコメント、ありがとうございました。

確かに舞台上の歌手とのコンビネーションは抜群でしたね。これは私が書き忘れていたことです。ご指摘、感謝しております。

また、Steppkeさまもご存じのようにオペレッタでは、その時の状況によって、歌手が歌い始めるタイミングが変わったりしますが、それに対しても柔軟に対応できる(基本、舞台上が主役)のがBiblさんのすごかったところかもしれません。

Posted by: Feri | February 04, 2017 at 01:22 PM

予想はついていたのですが、2月17日にフォルクスオーパーで上演される「Die Fledermaus」は、Biblさんの追悼公演(In memoriam Prof. Rudolf Bibl)となりました。

Biblさんがフォルクスオーパーで最も振ったオペレッタなので、演目としては最適だと思います。

Posted by: Feri | February 05, 2017 at 07:49 AM

Feriさま いつも楽しく拝読しています。
ビープルさんの追憶を投稿します。

ビープルさんの最初のステージは大学生の時、1985年のフォルクスオパー来日公演における「メリー・ウィドー」でした。闊達であり甘い場面では涙さえ溢れました。感激して出待ちしていると出演者の皆さんがサインをくださり、ビープルさんには「『メリーウィドー』は初めて?」と声をかけていただきました。この年の「チャールダーシュ侯爵夫人」をテレビで観ていつか実演に接してみたいとの思いを募らせ、1987年の卒業旅行でフォルクスオパーを訪ねて実現しました。これはヘルツル演出100回目公演に当たっており、ネメトさんが獅子奮迅と踊りまくる"Jai,Maman"における興奮ばかりでなく、「幸せは愛のある所に」やオルフェウムでの婚礼の場など第1幕から鳥肌が立ち続けました。約1か月のヨーロッパ旅行ではアバドやヴァントによるベートーヴェンにも感激しましたが、そのハイライトはクライバーの「こうもり」と並んでこの「チャールダーシュ」にあったと断言できます。

その後1989年にはフォルクスオパー来日公演で「チャールダーシュ」を大学の同級生とのデートに活用。1993年の「こうもり」はペーター・ミニッヒさんによるアイゼンシュタインを擁して、日本初のオペラ劇場と謳われた愛知芸術劇場で楽しみました。1995年にはウィーン=ブダペスト・オペレッタと銘打ち、メラニー・ホリデイさんのシルヴァ、アドルフ・ダラポッツァさんのエドウィンという当時でもウィーンでは考えられない配役で「チャールダーシュ」が上演されました。当初ヘルツル演出となっていたのが別の演出家に代わり、フェリ役が本来の脇役となって役者がネメトさんではなかったためちょっぴり不満が残る公演でしたが、フェレンツ・シャータさん率いるロマ・バンドの熱演(ステージのみならず休憩時間中のロビーでも)が盛り上げを見せ、ビープルさんの手慣れた指揮で暖かいステージとなっていました。この時は新婚の家内と鑑賞したのが佳き思い出となっています。

その後はオペレッタでのビープルさん体験は途絶えてしまいましたが、ニューイヤーなどのガラコンサートで何度も楽しませていただきました。両手を下から上に持ち上げて括弧( )を描くとワルツのリズムがウィーンの風とともに流れ出します。フェルマータを切るときは左手人差し指と親指を広げて突き出します。こんな仕草も今では見られなくなってしまったのですね。とても残念です。

2012年のサントリーの時でしょうか、「売られた花嫁」序曲。冒頭にヴァイオリンが細かい音型を弾くのですが、これがバラバラ。業を煮やしたビープルさん、踵で指揮台を踏みつけました。「ガンっ!」 そこからヒタっと縦の線が揃ったという、職人の技を見せていただきました。ビープルさんの指揮はオペレッタが素晴らしく、特に甘いメロディでは涙を誘いますが、個人的にレハールのワルツ「金と銀」はビープルさんが一番だと思います。フォルクスオパーでの「メリーウィドー」、古い演出では「金と銀」のバレーが効果的でしたし、ニューイヤー等の来日公演でも度々愉しませていただきました。

公演プログラムに白石隆生さんが書いていたものと記憶していますが、ビープルさんは寒い冬場にはグラッパにコーヒーを入れて飲むのがお好きとか。後にカフェ・コレットという飲み物だと知りました。

実はビープルさんとはもっと若い時、1978年にニアミスしていました。チェリビダッケが読響を振る2回目をどうしても聴きたくて3か月だけ定期会員になりました。その最初の月がカーメン・ドラゴンの指揮、塾の授業とカチ合ってチケットを同級生に譲ったのです。公演翌日に指揮者が変更になっていたと報告がありましたが、まさかそれがビープルさんたったことを認識したのは21世紀に入ってからでした。

ビープルさんは私にオペレッタの愉しさを教えてくださった恩人です。オペレッタを手本に恋人を作り、そして伴侶も得ることができました。ご冥福をお祈りするとともに、感謝の意を捧げたいと思います。

Posted by: Vitamusica | February 05, 2017 at 08:55 AM

連続投稿申し訳ありません。
1985年の「チャールダーシュ侯爵夫人」における"Jaj,maman!"youtubeのURLを貼ります。観衆がどんどん興奮していくのが手に取るように感じられます。今見ても感涙にむせんでしまう。NHKはこの公演をDVDにしてほしいです。ウィーンでも売れるでしょうに。
https://www.youtube.com/watch?v=aAv1oGRpR60

もうひとつ思い出しました。「こうもり」の『故郷の調べ』の後半テンポが速くなるところ。"Schlürft das Feuer im Tokayer"の部分で絶妙なタメを作っていました。

Posted by: Vitamusica | February 05, 2017 at 09:29 AM

Vitamusicaさま

楽しいお話、ありがとうございます。古くからご覧になっているファンならではの、素晴らしいご経験に頭が上がりません。

私もオペレッタ鑑賞と人生がラップしているところが多く、興味深く拝見しました。

しかし、メルビッシュ以外では、なかなかオペレッタの映像作品は出ませんね。

Posted by: Feri | February 05, 2017 at 06:00 PM

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