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August 16, 2017

戦死者を弔う

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昨日、8月15日、オーストリアは「Mariä Himmelfahrt」(被昇天のマリア、聖母マリアの日)で、祝日になっています。

「聖母マリアが地上の生活を終え、死後3日して、霊魂も肉体もともに天に上げられた」‥この被昇天にあずかった日が、8月15日であると信じられているからです。カトリックの信者が多いオーストリアらしい祝日です。

一方、日本では祭日ではありませんが、8月15日は「終戦記念日」でしたね。

政府主催の全国戦没者追悼式が、天皇、皇后両陛下御臨席の下、日本武道館で開かれていると思います。

式典では、日中戦争と太平洋戦争で犠牲となった約310万人のご冥福を祈り、平和への誓いを新たにする行事ですが、戦後、72年を経過し、世代交代を迎えているという話を耳にしました。

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その昔、オーストリアを訪問して一つ、驚いたことがあります。それは、小さな街にも、必ず戦死した地元出身者の名前を刻んだ慰霊碑が建立されていることです。

場所については、教会の敷地内に建立されているケース、街の中心部にある広場に建立されているケースなど、様々です。

皆さまもご存じのようにオーストリアは、第1次世界大戦、第2次世界大戦ともに、いわゆる敗戦国になりました。

特に第1次世界大戦後、オーストリアはハンガリーとの二重帝国が解消され、ハプスブルク家が追放されるなど、厳しい結果になりました。

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また、第2次世界大戦では、ドイツとして戦った訳ですが、戦後はウィーンが分割統治されるなど、これも厳しい結末を迎えているのは、皆さまもご存じのとおりです。

公式の場に、戦死者を悼む慰霊碑が建立されているのを目の当たりにして、正直、驚いた記憶があります。当時、国を守るために戦い、戦場に倒れた地元出身者が多数、存在したことは事実です。

どんな思いで戦地に向かったのかは、当事者以外にはわからない話ですが、故郷への帰還を果たせなかった兵士を末永く弔おうという考え方なのでしょう。

慰霊碑の形は様々ですが、傷ついた兵士を神様が抱きかかえるというデザインの石碑も見かけます。

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教会の敷地内にあるケースでは、いつも花が絶えることがありません。また、追悼行事を目撃したこともありました。

写真の慰霊碑では、左側に取り付けられているプレートに戦死者の名前(第1次世界大戦と第2次世界大戦)が刻まれています。

もちろん、誰でも多数の犠牲者が出る戦争は嫌ですが、戦死者を弔うことは、必ずしも戦争を肯定するものではないと思います。

日本では、一部を除き、公共の場所に地元出身の戦死者の氏名を記した慰霊碑が建立されているという例は少ないように思います。

これも、考え方の違いなのでしょうか。8月15日を迎えて、ふと、そんなことが頭をよぎりました。


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