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July 26, 2019

番外編 Tokyo2020に思う

201907260012今日は、オーストリアやウィーンの話題ではなく、「Tokyo2020に関するFeriのつぶやき」をお届けしましょう。

日本では来年7月24日からオリンピックが始まるため、1年前ということで、色々なイベントが花盛りだと想います。マスコミもオリンピック/パラリンピック賛礼報道一本。

一方で、開幕まで1年になって、やっと様々な対策の実証実験がスタートするなど、正直、計画性の高い日本とは思えない対応も気になります。

誘致活動中は「コンパクトな大会、従来の施設を活用して費用がかからない大会、選手や観客の移動が少なくて楽な大会」といったようなふれ込みでしたが、いざ、フタを空けてみると巨大な新国立競技場建設から始まって、隣接県で各種競技が行われるなど、当初のコンセプトとは、随分違ってきているような気がします。

そして、一番問題は日本人でも辟易する「酷暑時のオリンピック」。1964年当時は、あえて酷暑を避けて10月に開催したのに、それ以上に気温が上がっている今日、選手がハイパフォーマンスを出すことは難しいような気がします。そして、屋外競技に関しては、観客やボランティアの熱中症も危惧されます。

この時期になった理由は、北米で人気のスポーツが実施されていないため、高い放送権料が獲得できるからという話を耳にしました。選手は二の次、商売最優先という訳です。

2019072600111964年当時とは異なり、今はドーピング検査をはじめとする専門的なスキルをもったスタッフが大量に必要だそうですが、何と、それをボランティアで賄おうというのですから、正直、唖然。実際、全国の薬剤師会経由で動員がかかっているようですが、なかなか集まらないというウワサも‥

それ以外の一般ボランティアについても、その待遇に疑問が出ているそうです。そう言えば、オリンピックで巨額が利益を得るであろうスポンサー企業は、社員をボランティアとして派遣するのでしょうかね。その話は耳に入ってきません。

ところで、Feriは、前回、1964年に東京オリンピックが開催されたときは、都内渋谷区に住んでいました。そのため開会式のブルーインパルスのデモンストレーション飛行が自宅庭から見えたほか、学校行事でマラソンの応援にも行った記憶があります。今回、掲載した3枚目の写真の中に自分の実家がありました(今は、再開発で影も形もありませんが‥)。

201907260013代々木選手村が建設された在日米軍施設ワシントンハイツも、小学校のすぐ近くでした。

Feriは、小学生低学年だったので、世の中の動きはまったく覚えていませんが、東京オリンピックの開催期間中、千駄ヶ谷や代々木などのメイン会場の周辺はもちろん、その他の広範囲にわたって大規模な交通規制が行われたようです。

ただ、当時は、今のようなオリンピックの商業化が進む前だったため、競技場の収容人数も少なく、かつ外国から観戦にくるお客さまも少なかったでしょうから、混乱は少なかったのかも知れません。

今から考えるとシンプルな大会だったので、大量のボランティアも必要なかったのでしょう。

そう言えば、当ブログで取り上げているピクトグラムですが、案内や誘導、競技種目表示でピクトグラムが採用されたのは、東京オリンピックが最初。外国語によるコミュニケーションをとることができる人が少ない日本人と外国人の間を取り持つために開発されたそうです。これは大きな功績と言えるでしょう。

201907260010また、東京都の人口は1964年当時でも1000万人を超えていましたが、2017年には1340万人にまで膨れ上がっています。しかし、これは東京都に住んでいる人の話で、実際、都心にはオフィスが入る高層ビルディングが乱立するようになり、隣接県から通勤でやってくる人の数は、ものすごい数になると思います。

そんな大都市で開催されるオリンピック。果たして住民の生活に大きな営業を与えることなく、円滑に進めることができるのでしょうか。
日本のマスコミは、こぞって「オリンピック賛礼」の報道しか行いませんが、50年前とは東京を取り巻く環境が劇的に変わっていることを考えると、Feriは不安がいっぱいです。

何しろ50年前は24時間営業のコンビニエンスストアなどはありませんでしたし、スーパーマーケットも大規模なものは数少なかったと思います。

コンビニエンスストアの場合、ジャストインタイムでお弁当やお惣菜が製造工場から搬入されることを前提に成り立っている業態です。しかも、観客の皆さまもコンビニエンスストアを利用することを考えると、需要が大幅に増えると思います。果たして、通常のように納品が可能なのでしょうか。

201907260014そして、50年前になかったものが宅配便。当時、通信販売も含めて、個人が手軽に荷物を自宅で受け取るというシステムは、事実上、存在しませんでした。今や宅配便なくして、日本人の生活は存在しないと言っても過言ではないでしょう。

高度にシステム化された世界希な大都市Tokyo。そこで、このような大規模な大会を円滑に運営できるのか、Feriは不安です。

穿った見方をすると、大会関係者は、大混乱することはわかっているものの、早い段階から規制内容や対応策(企業や個人に期間中、我慢してもらうこと)を明示すると、大会に対する反対運動が発生するリスクを考慮して、直前までオープンにしないという方法をとっているような気もします。

日本人は、基本的におとなしいので、直前になると「仕方がないね」といって従順に従いますから‥ そして、一度決まったものは、心の中では「おかしい」と思っていても、行動に移しません。その結果、地獄へまっしぐら‥そういった国民性を踏まえて、甘えているのかもしれませんね。ただ、最近は日本に住む外国人も増えていますが、彼らが日本人と同じメンタリティかどうかは、わかりません。

誘致の段階では、経済効果が高いと言われていましたが、東京のみならず日本全体の経済活動を考えた場合、本当にプラスになるのでしょうかね。

冷静に考えてみると、オリンピックは一見すると国家行事のように見えますが、IOCという民間の任意団体が主催する単なる「大運動会」。東京都は豊富な税収で、財政上も問題はないのかもしれませんが、知らないうちに税金も大量に使われるようになったと耳にしています。

ウィーンは、1964年のオリンピックに立候補しましたが、あえなく落選。その後、何回か誘致の話があったようですが、ムードが盛り上がらず、立ち消えになっています。

生活への影響を多角的に考えると誘致が盛り上がらない気持ちもわかるような気もします。<\P>

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