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September 22, 2019

Club760 50周年(前編)

201909210015日本は、明日、23日が「秋分の日」でお休みなので、9月2回目の連休。ただ、台風16号が来ていますので、心配されている方も多いと思います。さて、今日はオーストリアの鉄道愛好家団体「Club760が50周年を迎えた」という話題です。

この団体が設立されたのは、シュタイヤマルク州を走る狭軌鉄道Murtalbahnが開業75周年を迎えた1969年のことです。

狭軌鉄道を愛する愛好家有志が「Club 760 - Verein der Freunde der Murtalbahn」(これが正式名称です)を設立しました。実際には短縮して「Club 760」と呼ばれるケースが多くなっています。

この760という数字ですが、オーストリアで広く使われている狭軌鉄道の線路幅(ゲージ)が760mmであるところから命名されたものです。ちなみに、ÖBBの本線は新幹線と同じ1435mmですから、約半分‥という訳です。

201909210010「Club 760」の目的は、会の正式名称からも明らかなようにMurtalbahnの広報活動を支援し、同鉄道が運行する蒸気機関車や列車の魅力を広く一般に広めること。そして、乗客を増やし、Murtalbahnの運行継続に貢献することです。

創立時は「地方鉄道のサポーター」という位置づけだった訳です。この活動が功を奏し、Murtalbahnが運行する蒸気機関車は人気が高まり、観光客が集まるようになりました。

ちなみに、左の写真が、現在も夏期の期間運転されているMurtalbahnの蒸気列車です。

この頃、「Club 760」は路線転換を図ります。お客さまが増えたため、車両が不足するという事態に陥ったのです。

201909210007そこで、従来のサポーター的な活動から、クラブ自らが車両を所有する方向に舵を切ったのです。

とは言っても、最初から蒸気機関車を所有するのはむずかしいため、まずは小型客車2両を購入しました。ちなみに両車はZillertalbahnとSalzkammergut-Lokalbahnで使用されていたものです。

Bi37、Bi38と名付けられた客車は、当初、Murtalbahnの蒸気列車に使用されていましたが、現在はClub 760が運営する観光鉄道Taurachbahnで使用されています。

右の写真がClub760が最初に購入した客車です。美しく整備され、現在もTaurachbahnで活躍しています。

2019092100181973年、Club 760は、ドイツから小型ディーゼル機関車699.01(KDL11型)を購入します。この機関車には、地元との連携を深めるため「Lungau」と命名されました。

こうして、徐々に狭軌鉄道の車両を保有するようになったClub 760。その後、後世に産業遺産を継承するため、狭軌鉄道の車両収集活動を続けます。

しかし、屋外に放置していたのでは、良い状態で保存できません。このあたり、日本の鉄道車両保存活動にとって耳の痛い話です。

そこで、MurtalbahnからFrojach Murtalbahn駅に隣接する土地を借り受け、そこに収集した車両を保管する車庫(博物館)を時前で建設しました。

201909210019将来を見据えた「地に足の付いた活動」には敬服します。博物館となっていますが、基本的には車両の保管が主目的名なので、常時公開されている訳ではありません。職員が常駐している訳でもなく、保管を前提としているので、やむを得ないと思います。

興味深いエピソードとして、Murtalbahnが所有していたU11「Mauterndorf」が、故障し、保管場所の関係で解体される危機に陥ったことがあります。

201909210005その際、Club 760が引き取り、この博物館に避難させました。その後、U11は修理を受け、Murtalbahnで動態復帰を果たしています。もし、この施設がなければ、U11は解体されていたかもしれません。右の写真が見事に復活したU11号機です。

Club 760が掲げた目標は、鉄道車両の保存に留まりませんでした。自前で保存鉄道(観光鉄道)を所有・運行することだったのです。Club 760は観光鉄道として営業運転を行うため、Taurachbahn-Studiengesellschaft mbHという会社を設立し1981年、Murtalbahnの廃線区間であったTamsweg-Mauterndorf間を借り受けることに成功。

201909210004この区間は1894年に建設されましたが、街から離れた場所を通っているため、利用者が極端に少なく、1973年3月、旅客営業を停止しました。ただ、貨物需要があったため、1977年頃まで貨物輸送は継続されていたようです。

1980年6月、途中の橋梁が自動車による事故で破壊されたことから、同線は廃線となりました。

201909210002ただし、廃線後、メンテナンスしていなかったため、線路をはじめとする施設は荒れ放題。しかも、倒壊した橋梁は、そのままです。

そこで、Club 760のメンバーがボランティアとして参加し、この区間の整備を始めたのです。「業者に外注するのではなく、自分たちの手で鉄道を整備する」。正に「大人の倶楽部活動」です。

もちろん、素人ができる領域には限りがあります。しかし、Club 760の会員の中には、専門技術をもったメンバーもいますので、そのスキルを発揮して、作業に当たったようです。

ちょっと長くなったので、続きは明日、お届けしましょう。

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