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November 18, 2019

番外編 日墺洪国交樹立150周年記念コンサート&レクチャー

201911160017今日は11月16日に東京で行われた「日墺洪国交樹立150周年記念コンサート&レクチャー」の模様をお伝えしましょう。

今回、Feriの友人が、この行事に参加する機会を得ました。当日の模様を連絡してくれたので、その内容からの抜粋です。

会場は明治神宮・参集殿。実は明治天皇とは少なからずご縁があるため、この会場が選ばれたようです。1869年、オーストリア=ハンガリー二重帝国訪問団から昭憲皇太后にベーゼンドルファーのピアノが贈られました。 20191116011その十数年後、1886年には,ハンガリーのヴァイオリニスト、レメーニ・エドゥアルト氏が日本を訪れ、明治天皇、昭憲皇太后の前でヴァイオリンの演奏をしているのです。その後、音楽はオーストリアおよびハンガリーと日本とを緊密に結びつける要素になったのは、皆さまご存じのとおりです。

この催しのポイントは、「駐日ハンガリー大使館とオーストリア大使館の共催である」という点です。

今回は駐日ハンガリー大使館が、主導的な立場を果たしていたようです。実際、会の進行は駐日ハンガリー大使館職員が務めました。

参加したのは、ハンガリーからピアニスト ボガーニ・ゲルゲイさん、オーストリアからハーピスト ソフィー・シュタイナーさん。両氏による演奏が行われました。

201911160012さらに、学習院高等科教諭 島田昌幸さんがオーストリア・日本・ハンガリーの交流史を講演しました。

ボガーニ・ゲルゲイさんは、ハンガリー・ヴァーツ生まれ。4歳よりピアノをはじめ、ブダペストのリスト・アカデミー他で研鑽を積み、国内外の数々のコンクールで成功を収めています。

ソフィー・シュタイナーさんは、オーストリア・ウィーン生まれ。5歳よりハープをはじめ、数々の国際コンクールで優勝。グザビエ・ドゥ・メストレ他に師事。日本への留学経験もあります。

島田昌幸さんは、現職の学習院高等科教諭(政治経済)。専攻はヨーロッパ国際政治史、オーストリア=ハンガリー外交史、日墺洪関係史という在野の専門家です。

冒頭、パラノビチ・ノルバート駐日ハンガリー大使のご挨拶(日本語)が行われて、イベントがスタートしました。

201911160016 当日、演奏された曲目は、以下のとおりです。
-ソフィー・シュタイナー:L.シュポーア「幻想曲」
-ボガーニ・ゲルゲイ:F.リスト「ハンガリー狂詩曲第15番」

第一部終了後、島田昌幸氏による「日本とオーストリア=ハンガリー帝国、半世紀の歩み(1869-1918):両国の政治・経済的関係」という標題で、講演が行われました。


休憩を挟んで、第二部の曲目は以下のとおり。
-ボガーニ・ゲルゲイ:F.リスト「三つの演奏会用練習曲より第三番ため息、二つの演奏会用練習曲より 第二番小人の踊り」
-ソフィー・シュタイナー:G.フォーレ「即興曲」

201911160015第三部の曲目は以下のとおりです。
-ボガーニ・ゲルゲイ:F.リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」
-ソフィー・シュタイナー:黛 敏郎「ROKUDAN」

Feriと同じく音楽だけでなく、多様なことに興味がある友人。演奏も素晴らしかったそうですが、それ以上に興味を引いたのは島田昌幸さんの講演。

日本とオーストリア・ハンガリーが国交を樹立したのは、ハプスブルク家末期のオーストリア=ハンガリー二重帝国の時代でした。日本とオーストリア=ハンガリー二重帝国との国交は50年だった訳ですが、その間の政治的・経済的交流を研究した内容の一部を紹介されました。

いわゆるトリビア的な話も多数、盛り込まれていました。例えば、紀尾井町にあったオーストリア・ハンガリー帝国の大使館(関東大震災で倒壊)の改修工事を実施したのが、実は広島・広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)を設計した設計はチェコ人建築家ヤン・レッツェル氏であったこと。

201911160013第1次世界大戦で日本とオーストリア=ハンガリー二重帝国は、正式に宣戦布告をした訳ではないものの、ドイツとの戦いに関連して青島でオーストリア=ハンガリー二重帝国の軍艦と砲火を交えたこと。

そして、戦後、オーストリア=ハンガリー二重帝国の軍人が捕虜となり、日本の抑留されたこと。逆に当時、オーストリア=ハンガリー二重帝国に在住していた日本人が収容所に収容されたこと。

にも関わらず、戦時中、オーストリア=ハンガリー二重帝国政府は在日大使館の地代を払い続けたこと。さらにウィーンにあった日本大使館の買い取りを日本政府に働きかけていたなど、当時の摩訶不思議な関係も披露されました。

そして、ウィーン駐在海軍武官の松岡静雄氏(柳田国男氏の弟)のウィーン駐在日記から、様々なエピソードが披露されました。この中で、ウィーンにあったイタリア料理店に本格的な日本食を提供させたという話は、興味深いものでした。

201911160014ただ、コンサートを楽しみにしていたお客さまに、関心を持って頂けたどうかは、微妙なところですが、友人からの話を聴いて良い視点だったと思います。

友人は、せっかくなので早めに会場となった明治神宮境内に向かったそうですが、天気が良い上に、七五三ということで、多くの方がいらっしゃっていたそうです。

特に外国のお客さまが多く、国際的な名所になっていることを実感したと言っていました。当日は、大安吉日。境内では結婚式も執り行われていましたが、新郎が外国人の方。

実はFeriは子供の頃、明治神宮にほど近い場所に住んでいました。そのため、境内や庭園にも、よく出かけたものです。今回、友の話を聴いて、さすがに驚きました。明治神宮も国際的になったものです。

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