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November 21, 2019

Soiree Anlässlich der Premiere “König Karotte”von Jacques Offenbach

20191121001今日は11月20日にVolksoperで行われた「興味深い催し様子」をお届けしましょう。

今シーズン、Jacques Offenbachの生誕200年を記念して、Volksoperでは2つの作品が上演されます。一つは前シーズンからの再演である「Orpheus in der Unterwelt」(地獄のオルフェウス)そして、2019/20シーズンでPremiereを迎える「König Karotte」(にんじん王)です。11月20日に行われた催しは、「König Karotte」の作品解説とピアノ伴奏により、一部の楽曲を披露するものでした。

当たり前ですが、ご来場しているのは熱心なファンの皆さま方です。

Magdalena HoisbauerさんがMCを務め、オッフェンバッハのスペシャリストFrank Harders-Wuthenowさん、指揮者Guido Mancusiさん、演出家Matthias Davidsさんらが参加し、オッフェンバックと「König Karotte」に関する考察を展開しました。

また、Premiereに出演予定のJohanna Arrouasさん、Julia Kociさん、Amira Elmadfaさん、Sung-Keun Parkさん、Mirko Roschkowskiさん、Marco Di Sapiaさん、Yasushi Hiranoさんが加わり、「König Karotte」の楽曲を披露。ピアノ伴奏はFelix Lemkeが務めました。

実は「König Karotte」は、日本でもほとんど知られていない作品で、資料が極めて乏しい作品です。Feriは、シーズンプログラムが公開されたタイミングで、各種資料を探したところ、非常に興味深い日本語の論文にたどり着きました。

「オッフェンバックの“にんじん王”初演における“風刺”」-第二帝政と第三共和政の狭間でーという論文で、著者は森 佳子氏(音楽学者)。オッフェンバックに関する著書も多数、出版されています。

この論文は「西洋比較演劇研究」(日本演劇学会分科会西洋比較演劇研究会発行)に掲載されたものですが、オリジナルの入手は困難。ところが、国立国会図書館に所蔵されていることがわかり、コピーを依頼しました。

20191121002森氏はフランスに留学され、音楽修士号を獲得されている方だけに、作品誕生の背景や初演当時の反応など、一次資料を精査された見事な論文。Feriは、滝に打たれたような衝撃を受けました。

そこで、今回は、この論文の一部をご紹介する形で、この催しでも紹介された「König Karotte」誕生の背景をご紹介したいと思います。

オッフェンバックの代表作である「地獄のオルフェウス」(1858年)をはじめ、「美しきエレーヌ」(1864年)、「パリの生活」(1866年)、「ジエロルステイン大公妃殿下」(1867年)など比較的多く上演される作品に対して、「König Karotte」は、1870年の普仏戦争以降に発表された作品です。オペラ「ホフマン物語」以外は、ほとんど上演されることがありません。

「König Karotte」は、オペレット・フェリー(あるいはオペラ・フェリー)と呼ばれる作品で、19世紀中頃に大流行した「フェリー」(夢幻劇)とオペレッタを融合した作品。

とくに「König Karotte」は、フェリーの伝統を最大限に生かした作品なのですが、あまり上演されない背景には、1870年代のオッフェンバックに対する一般的な評価が背景にあるようです。

オッフェンバックは王権に基礎を置く第二帝政期の寵児で、第三共和政の元では、力を発揮できなかったというもの。つまり、「König Karotte」初演時には、オッフェンバックは創作のピークを過ぎていたという見方があったようです。

1870年代に入るとオッフェンバックの評価にも大きな変化が生じ、オペレッタ作品に対する批判も厳しいものが出てきました。

オッフェンバックのオペレッタは、社会批判の機能をもっており、「ブルジョワジーの快楽」と言われた政治的革命が停滞した時代には、観客を煽動する役割を果たしていました。

しかし、第二帝政が崩壊に近づくと、煽動する必要性が低くなってしまい、オッフェンバックの「オペレッタの毒」は、敬遠される傾向にあったようです。

20191121003ある意味、オッフェンバック自身、作品の方向性に悩んでいたのかもしれません。

興味深いのは、本作品が制作されることになった背景にパリの劇場側の事情が色濃く反映されているという点です。

Feriは知らなかったのですが、当時、パリでは、皇帝の勅命により「ジャンルの固定化」(劇場によって公演できるジャンルが決められていた)が義務づけられていました。この詳細は省きますが、普仏戦争後の混乱の中で「ジャンルの固定化」が次第に崩れ、劇場間で生き残りをかけた戦いがはじまったのです。つまり、個々の劇場の運営能力が問われる時代へ変化したのです。

普仏戦争により、劇場の淘汰が起こり、劇場へ通う観客の「大衆化」(プルジョワから庶民までを含めた層という意味)にもつながりました。

このような事情を受けて、ゲテ座では、これまでの企画とは異なるものを提供する必要に迫られていました。そこで、総支配人が目をつけたのはオッフエンパックのオペレッタ。第二帝政期のプルジョワたちを満足させていたこのジャンルを、新しい時代に相応しいものに変えるためには、フェリーの手法を用いることを思いついたのです。

ゲテ座総支配人の依頼を受けて、オッフェンバックは劇作家サルドゥとともに創作を始めます。つまり本作品は、劇場側の事情が色濃く反映されているという訳です。

20191121004第二帝政期には、遠回しな暗喩の多い長い台詞が多かったそうですが、時代の変化に合わせて一般大衆に聞きづらい台詞は、ほぼ削除されたそうです。

この他、初演の前、オッフェンバックが「地獄のオルフェウス」のウィーン再演を観たとき、その贅沢な演出に憧れ、それ以来、オペレッタとフェリーの統合を夢見るようになったと言われています。そして、「König Karotte」の初演に当たってオッフェンバックは、劇場総支配人に豪華な舞台を要求。当然、優れた舞台芸術家が招聘され、オペラ座に匹敵するような素晴らしい舞台になったようです。

社会的変革の時代にふさわしい風刺を提供するため、オッフェンバックとサルドゥは試行錯誤を重ねて、「König Karotte」を創り上げたようです。このような背景を踏まえて、作品を観ると、色々な発見があるかもしれません。

そんなことに思いを馳せた「Soiree Anlässlich der Premiere “König Karotte”von Jacques Offenbach」でした。

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