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April 03, 2020

幻のU2/U4乗り入れプロジェクト(後編)

20200401001今日は昨日に引き続き「幻のU2/U4乗り入れプロジェクト」をお伝えします。

1981年8月31日、U4の路線がMeidling-HauptstraßeからHietzingまで延伸され、Heiligenstadt-Hietzing間になりました。それに合わせる形で、1981年9月7日から、U2のU4乗り入れが始まります。

乗り入れに伴いU2の運転区間は、右の図のようにKarlsplatz-Schottenring-Hietzing間となりました。つまり事実上の環状運転になったのです。

雰囲気としては、東京の大江戸線のような感じです。

20200401011Feriは、この事実をウィーン交通博物館(Verkehrsmuseum Remise)HALLE1で開催中の「地下鉄建設50年、運用開始40年」(50 Jahre U-Bahn-Bau, 40 Jahre U-Bahn-Betrieb)で、初めて知りました。

トップの写真は、展示されていた乗り入れ時の路線図(イメージ図)です。ただし、単純化するためにHeiligenstadt-Schottenring間は省略されています。

Wiener Linienが当初、難色を示した理由ですが、U2とU4を結ぶ短絡線の分岐器(ポイント)は、営業運転を考慮していないため、最高速度が25km/hに抑えられていました。

当初から環状運転を考えていれば、短絡線の構造も違っていたのでしょうが、このあたり「詰めの甘さ」がオーストリアらしいところかもしれません。 20200401005また、U4はすでにHeiligenstadtまで開業していたため、U2の列車が、U4の途中駅であるSchottenring で割り込む形になります。

U2とU4を結ぶ分岐器の位置がプラットホームに近いところに設置されていたため、分岐器がU2側に切り替えられている時、保安上の関係でU4の列車はプラットホームに進入できず、構外で一時停車せざるを得ませんでした。

当然、ラッシュ時を中心にダイヤの乱れが多発し、逆に利用者には不便を強いる結果になりました。

20200401009当時、U2は路線が短く、お客さまが少ないため2ユニット(4両編成)の列車を使用していましたが、U4はすでにラッシュ時は3ユニット(6両編成)が中心でした。

困ったことにU4の列車がU2に乗り入れることは、当時はU2の設備上の関係で不可能でした(当時のU2は6両編成に対応していませんでした)。

そのため、U2の列車がU4へ乗り入れる「片乗り入れ」という形でした。

20200401006アイデアとしては面白かったのですが、短絡線が営業運転を前提に建設されていなかったことが災いし、テストプロジェクトは失敗。

何とわずか3週間で「U2/U4プロジェクト」は中止。乗り入れ期間は1981年9月7日から9月25日という短い期間でした。

現在もU2とU4を結ぶ短絡線はありますが、U2の延伸に合わせて、変更され、配線図のようにU2からU1には直接乗り入れることは可能ですが、U4へ乗り入れるにはHeiligenstadt方面に向かう必要があります。当時のように、Hietzing方面へ直接乗り入れることはできません。

202004020012008年、EURO2008(サッカー欧州選手権)がオーストリアとスイスの共催で開催されましたが、Stadionへの観客輸送のため、同年5月10日、U2はStadionまで延長開業します。

20200401030Feriは延長開業直前(5月3日)にSchottenring駅を訪問したことがありますが、まだ、U4と同レベルのプラットホームを使っていました(左の写真)。

これは、U2のSchottenring新駅では、折り返しができないため、延長開業と同時に新駅に切り替えたようです。

そのため、U2の延長開業後、中央にあったU2の路線を塞いだようです。現地に行ってみると変わった構造になっています。

現在U4のSchottenring駅は事実上、大きな島式ホームなのですが、Heiligenstadt方面(Glies1)とHütteldorf方面(Glies2)がつながっているのは、U2への乗り換え口があるHeiligenstadt方面だけ。

20200401017左の写真はGlies1とGlies2がつながっているHeiligenstadt側の様子です。奥にはU2への乗り換え口が見えます。

Hütteldorf方面やプラットホーム途中にはGlies1とGlies2を結ぶ通路はありません。Salztorbrücke側の地上へ出ないとプラットホーム間の移動ができません。

右の写真はプラットホームからSalztorbrücke側へ出るための階段。左側が壁になっているのがわかると思います。

ただ、この駅でGlies1、Glies2間を移動するお客さまはいないので、不便はありませんが‥

20200401020このような構造になっているのは、現在の広いプラットホームの間にU2の線路が敷かれていたためなのです。今は壁になっているので、U2の線路は見ることはできません。

なお、U2の乗り換え口になっているHeiligenstadt方面には、現在、大手ベッカライチェーンStröckの売店がU2の元プラットホーム上に設けられています。

しかし、U2の線路がないのであれば、壁を取り払ってGlies1とGlies2を結ぶ通路を作る、もしくはプラットホームを拡幅しても良さそうなのですが、実は、それができない理由があります。

20200401015というのは、U2のSchottenring駅が新駅に移ってからも、図のようにU4からU1への短絡線が存在しています。

この短絡線が、走っているのが「元U2のプラットホーム跡(実際にはプラットホーム下のようです)」なのです。その関係があるため、壁を崩せないようです。

右の写真を、U2がU4と同じプラットホームを使用していた2枚目の写真と比べると、壁の設置以外、変わっていないことがわかります。

余談ですが、通常、営業運転に使用しないウィーン地下鉄の短絡線ですが、U4とU1(Roßauer Lände-Stephansplatz)、U3とU4(Landstraße-Schwedenplatz)、U4とU6(Längenfeldgasse)、U3とU2(Erdberg-Stadion)、U2とU1(Schottentor-Stephansplatz、U4とU1の短絡線を活用)が設置されています。

20200401019この短絡線を使った特別列車を運転したら、鉄道ファンには受けそうですね。

さて、U2の話に戻すと、2013年10月からSeestadt-Karlsplatz間の路線となり、これで路線延長も完了か‥と思われていましたが、U5建設に伴って事態が一変します。

このブログでもお伝えしたように現在、U2の路線であるRathaus-Karlsplatz間をU5に譲り、U2はRathausからNeubaugasse、Pilgramgasseを経て、Matzleinsdorfer Platzまで延伸されることが決まりました(最終的にはWienerbergまで延伸)。

そして、当面U5はAltes AKH-Karlsplatz間(Elterleinplatzまで延伸予定)という短い路線になります。両線が完成すると、U2のお客さまがKarlsplatzへ行く場合は、Rathausで乗り換える必要が出てきます。

20200401032普通に考えたら、U2をいじらずに、U5をElterleinplatz-Wienerberg間の路線として建設した方が工事費も抑えられるような気がするのですが、何か「大人の事情」があるような気がします。

このように見てくると、U2はウィーン市の交通政策に翻弄されている地下鉄路線と言えるかもしれません。

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Comments

40年前からVIEに行き始めてからU5の無いのが不思議でした・・
昨年後半からこのブログ拝見してます 
オペラからオペレッタに心変わり(ワグナーは別)
WVOのネーメッツさんダグマルコラーさんメラニーホリデイさんに憧れいまだに年に2〜3度観に行ってます本年は1月に行けて良かったです 4月行く予定が・・・・来シーズンを期待してます。

Posted by: 河野正嗣 | April 03, 2020 23:56

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