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November 04, 2020

ウィーンのテロで感じたこと

2020110412世界ではアメリカ大統領選挙のニュースでもちきりで、ウィーンのテロに関するニュースは少なくなっていると思います。今日は今までの情報を整理してみました。その上で、Feriが感じたことを綴りたいと思います。

最初にKURIER紙が報じた当日の出来事を時系列でお伝えします。
20時頃:警察に最初の緊急通報が入る。
20時09分:テロリストが警察官により射殺される。
20時35分:ウィーンのテロをマスコミが報じる。
20時59分:内務省は攻撃が続く可能性があると想定。
21時13分:警察官が銃撃で、重症を負ったことが判明。
22時06分: 救助隊から死亡者と負傷者が発生していることが報告され、内務大臣は「明らかなテロである」と認定。
22時26分:警察が、犯行現場はウィーン旧市街6箇所であること、数名のテロリストが逃走していること、テロリスト1名が射殺されたこと、数名の重傷者がいることを発表。
202011041623時08分:連邦軍は重要施設を防御するため舞台に出動命令を下す。
23時16分:セバスチャン・クルツ首相がテロについての見解を発表。
1時15分:カール・ネハンマー内務大臣が、記者会見で、攻撃がまだ続いていることを発表し、住民は自宅から離れないように要請。同時に11月3日、ウィーン市内の学校は休校になることを発表。射殺されたテロリストの単独犯行かどうかは不明と発表。
7時41分:警察が、今回のテロにより亡くなった方が4名(女性2名、男性2名)であると発表。さらにテロリストは4名の可能性があるとし、現在、捜査中であると発表。

2020110413このように見ると、やはり情報が錯綜しており、当局もテロの実態を把握するのに苦心していたことがわかります。最も複数のテロリストがいると想定されていたため、情報管理を徹底していた可能性もあります。

最初の犯行はFleischmarkt(1名死亡)、続いて警ら中の警察官とMorzinplatz付近で遭遇。ここで最初の銃撃戦があり、警察官は負傷。

時系列はわかりませんが、付近で、男性1名が銃撃を受けて死亡。その後、Ruprechtsplatzでウィーン警察の特殊部隊WEGA(Wiener Einsatzgruppe Alarmabteilung)のパトロール隊員(7名という情報があります)に発見され、警告に従わず自動小銃を乱射したため、射殺されたようです。なお、ここで女性がテロリストの銃撃で死亡しています。

その後はテロリストによる犯行が行われておらず、約9分間の出来事だったようです。ただ、当初は、旧市街の複数が犯行現場であると伝えられていたため、当局は複数のテロリストがいると想定したのだろうと思います。実際にはFranz-Josefs-Kai周辺が犯行現場だったようです(地図の赤い場所が犯行現場)。

2020110411ところで、警察への緊急連絡が入ってから特殊部隊に出動要請をかけていたのでは、9分で現場に到着することは困難だと思います。恐らくWEGAの隊員は平素からフル装備で市内をパトロールしていたのでしょう。残念なことに犠牲者は出ましたが、ある意味、これが功を奏したわけです。

ところでウィーンで毎年、開催される「警察の日」では、ウィーン警察本部が公開され、様々な行事が行われます。その中で、人気を集めているのが、特殊部隊WEGAによるテロリスト制圧訓練です。

日本にもSATに代表される警察の特殊部隊が存在しますが、平素から市内を巡回して、犯罪発生に備える行動はとっていないと思います。この点、臨戦態勢をとっているウィーン警察の姿勢にFeriは驚きを感じました。

日本では、一般の皆さんには公開することは少ないと思いますが、こちらでは積極的に住民の安全を守る姿勢をアピールしています。

2020110414また、日本では銃器を持った犯人に対しても、基本的には強硬手段をとることは少なく、周囲を包囲して、説得にあたるケースが多いように思いますが、このあたりも考え方の違いが反映されているのでしょうか。

ところでテロ発生直後、警察はにレストラン、ホテル、アパートに避難するか、現在の場所を離れないように要請。しかも公共交通機関を使用しないことも要請したため、帰宅難民が続出した訳です。この際、日本人のFeriには信じられない行動が起こりました。

Twitter上に旧市街に住む住人が“私はまだ起きています。避難所が必要な人、帰宅できない人は連絡してください”というメッセージをアップした人が現れたのです。ちなみにハッシュタグは「SchwedenplatzTür」「opendoorsvienna」。テロに対して連帯して立ち向かう姿勢を示したわけですが、これにはさすがに驚きました。なお、2015年、パリでテロが発生した際にも、同じような行動があったようです。

2020110415実際、どの程度の人が利用したかは、わかりませんが、心強く感じた帰宅難民の皆さまも多かったことでしょう。

一方、マスコミの報道ですが、日本の場合、被害者の情報を個人名も含めて、きめ細かく報じるのに対し、こちらでは、被害者の情報はほとんど報じられません。

唯一、死亡した女性の一人が勤務中のウエイトレスだったという程度です。当たり前ですが、被害者宅をマスコミが押しかけて、遺族に取材するという行為はありません。

逆に負傷者の救助に当たった民間人の「英雄的行為」については、実名入りで取り上げています。最後のハードコピーが、この記事です。この他、オンラインで追悼の記帳ができるシステムをウィーン市が立ち上げています。

当初、11月3日にウィーン市庁舎前広場にクリスマスツリーが到着する予定でしたが、テロの影響で遅れており、11月5日に到着する旨がウィーン市から発表されました。

ところで、今回のテロでは、一度、不正渡航容疑で逮捕されたものの、青年であることから早期に刑務所から釈放されたことが問題として浮上してきました。今後、事件の再発を防ぐため、色々な議論が戦わされることになるでしょう。

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