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November 22, 2020

1枚の写真から‥40年前の思い出

2020112011日本は23日が「勤労感謝の日」なので、土曜日から3連休という方も多いでしょう。日本政府の景気刺激策Go Toで、人出が戻りつつあるようですが、反面、感染拡大というニュースも‥

さて、先日、かつて一緒にヨーロッパ旅行をした友人から1枚の写真が送られてきました。今は、電子メールに写真データーを添付する形で、写真を送ってもらえるという「良い時代」になったものです。

それが、今日、冒頭に掲載した写真です。撮影は、今から40年前の1980年の夏。

Feriは、その前年の1979年6月24日、友人とスイスで合流する前に単独でウィーンを訪問しています。これが初のウィーン訪問。

この時は、リンツから夕方、ウィーンに入り、当日、夜行列車でインスブルックへ向かったので、滞在時間は、ごくわずかでした。

2020112014翌、1980年はウィーンに宿泊しているので、本格的にウィーンを探訪したのは、この時が最初です。

1980年は7月3日の夕方、リンツからウィーンへ入りました。到着はWestBahnhof。先日、このブログでご紹介したHotel WestBahnに投宿。

翌日、1日が本格的なウィーン市内探訪となりました。その時に撮影した一コマが、この写真という訳です。

 写真のバックにはブルク劇場とフォルクスガルテンが写っており、撮影場所は現在、鋭意、改修工事が進められている国会議事堂前からです。順光になっているため、撮影は午後であることがわかります。

今と異なり、路面電車の運行系統なども現地に行かないとわからない時代。とりあえず運行本数の多いRingに向かったのは当然の選択でしょう。

ところで、この写真を拡大して見たところ、興味深い事実がわかりました。

2020112015まず、運行系統です。手前のBK系統は当時、Kaisermühlen-Kai-Ring-Kaisermühlenという路線。Kaisermühlenは、ドナウ運河を渡った向こう側で、ウィーン国際センターがある場所。

Reichsbrücke やPraterstern を経由し、Ringを一周して戻っていたのですね。なお、BK系統は、翌、1982年2月に廃止されています。

一方、内回りを走っているのはT系統当時、Börse (Schleife nördlich der Ringstraße) - Schottenring-Burgring-Kärntner Ring-Schubertring-Parkring-Weiskirchnerstraße- Landstraßer Hauptstraße-Rennweg-Grasbergergasse -Leberstraße (Endstelle St. Marx)という路線だったようです。現在の71系統が、この末裔と言えるかも知れません。

2020112012当時は、地下鉄路線が未発達だったため、このように郊外から都心に直接、乗り入れる路線が多かったようです。

ちなみに1980年7月に開業していたウィーン地下鉄は、U1(Reumannplatz -Nestroyplatz間)、U4(Heiligenstadt-Karlsplatz間)の2路線。8月末にU2のKarlsplatz-Schottenring間が開業する直前です。

2020112013この写真から40年が経過しましたが、幸い旧市街に関しては高層建築が禁止されているため、現在も、このアングルだと同じような写真が撮影できます。

若くて欲張りだったFeri一行は、この日、夜行列車でウィーンを立つまでの間、路面電車をはじめとする市内交通を撮影していました。

それから40年、自分を取り巻く環境も大きく変わりましたが、このようなオーストリアのブログを連日、書くことになるとは思ってもみませんでした。

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