June 20, 2019

「EuroPride 2019」が終わりました

201906190009今晩は「Sommernachtskonzert Schönbrunn 2019」が開催されますが、幸い、ウィーンは良い天気に恵まれており、雨の心配はなさそうです。20時頃の気温は24度と予報されており、会場のシェーンブルン宮殿には、多くのお客さまが集まることでしょう。

さて、6月1日から始まった「EuroPride 2019」ですが、今年も大変な盛り上がりを見せ、6月16日に無事、閉幕しました。

この行事は、レズビアン、同性愛者、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどLGBTQと呼ばれる人々の人権を養護し、周囲の人々が受容する環境を醸成することを目的に行われているものです。

6月8日には「Life Ball 2019」がRathausplatzで華々しく行われた他、6月15日にはRingを使った「Regenbogenparade」も行われました。

201906190003「Life Ball」に関しては、会場には関係者以外入場できませんでしたが、Feriもテレビ放送で様子をチェックしました。

一方、「Regenbogenparade」は誰でも参加可能なイベントだったので、大変な盛り上がりを見せたようです。Wiener Linienでは、レインボーカラーに塗った路面電車(事業用車ですが)をパレードに投入しました。

期間中、協賛企業も様々な支援を行っていますが、この催しを全面的に支援しているウィーン市では、公園局が、市内の植え込みや花壇に写真のようなレインボーカラーの特製プレートを設置していました。

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June 12, 2019

バラがきれいな時期になりました Volksgarten

201906100002今日は「観光客の皆さま向けの話題」をお届けしましょう。

今週は「真夏日」が続くウィーンですが、今、Volksgartenではバラがきれいに咲き誇っています。

平素は人混みが苦手で、旧市街を敬遠しているFeriですが、所用があって先日、旧市街まで出向きました。観光シーズンの真っ盛りなので、まぁ、色々な国の皆さまが観光でやってきています。インバウンド需要の見本のような状態。

201906100004用事を済ませて、帰りがけにVolksgartenを通ったのですが、バラがきれいに咲き誇っており、多くの観光客の皆さまで賑わっていました。

当然、記念撮影大会。「インスタ映え」する場所なので、皆さま記念撮影などで盛り上がっています。

バラには、それぞれ品種の説明がついていますが、植物に疎いFeriには、理解できないことが多数。お恥ずかしい限りです。

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June 10, 2019

S45のトラブルに遭遇

201906090020注目されていたテニスのフレンチオープン決勝ですが、残念なことにDominic Thiem 選手はRafael Nada選手に3:6、7:5、1:6、1:6のスコアで敗れてしまい、優勝は果たせませんでした。悔しいですね。

201906090010今日は「ウィーンのS Bahnで遭遇したトラブルの話題」です。

ウィーンの都市交通は、都心部から放射状に伸びている路線は多いのですが、それを結ぶ路線が意外と少ないのが難点。そのため、U6やS45は貴重な路線と言えるかもしれません。

先日、OttakringからOttakringへ行く用事があったので、S45に乗車しました。Hernals到着の直前に急ブレーキ。急ブレーキとは嫌な予感‥

すぐに列車は動き出しましたが、Hernalsでは本来、使用する1番線ではなく、Hütteldorf方面の2番線に進入。

その後、車内放送で、当列車は運転打ち切りとなったので、下車するように指示がありました。皆さん、渋々、下車。これが冒頭の写真です。

201906090011その後、Ottakring方面へ戻るとのアナウンスが‥ HernalsからOberdöblingへ向かうには、路面電車43系統でSchottentorへ出て、38系統に乗り換える方法もありますが、一旦、Ottakringへ戻ることにしました。

Ottakring到着後、駅の案内表示で確認したところHandelskai方面は全てHernals行きになっています。すぐに途中駅での折り返し運転にするなど、ÖBBの危機対応は早いです。

201906090012運転再開の目処が立たないため、U3に乗り、WestBahnhofへ出て、U6に乗り換えてNußdorfer Straßeへ。ここから38系統に乗り、Oberdöblingへ向かいました。

結果として、乗り換え待ちも含めて、40分近く時間をロス。用事を済ませてOttakringへ戻るため、S45のOberdöbling駅へ向かったところ、ÖBBの係員が運転再開していないことを案内していました。

201906090013S Bahnの駅はほとんどが無人駅なので、緊急事態には自動車で係員が現場に駆けつけるようです。なお、運行会社ではなく、INFRAの社員が対応していました。

仕方なく39Aの路線バスでHeiligenstadtまで出て、U4とU3を乗り継いでOttakringへ戻ることにしました。

>Heiligenstadt到着後、念のためÖBB駅の表示器を見ると、15時30分過ぎからS45の運転が再開されるような表示が出ていました。そこで、Heiligenstadtで運転再開を待つことに‥

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June 06, 2019

黄昏時が美しい季節になりました

201906060002

このところウィーンも「真夏日」が続いています。日本よりは湿度が低いとは言え、やはり暑いですね。

緯度の高いオーストリアでは、初夏になると日が長くなります。そう、Feri、お気に入りの「黄昏時が美しい季節」でもあります。

ホイリゲのシャニガルテンで、空の変化を眺めながらGRÜNER VELTLINERを傾ける‥Feriにとっては、最高の一時です(大げさですが‥)。

とくにFeriがお気に入りの店は、基本的に地元のお客さまが中心なので、時の流れがウィーン流‥グループの方もお一人の方も、ご夫婦も、それぞれ楽しい一時を過ごしているように見えます。

日本に戻ると、皆さま、何となく息苦しいような表情をしているのが気になります。ビヤホールや居酒屋に行っても、何となく騒がしいだけで、リラックスできません。

オーストリアも、色々な問題が山積しており、決して良い状態ではないと思います。しかし、「黄昏時のホイリゲ」で、静かに杯を傾けていると、そんな憂いは、どこかへ‥

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May 31, 2019

Feriの趣味雑感 価値観が変わった気がします‥

201905310001Feriも北米から戻り、10日以上が過ぎ、慌ただしい日常の生活に戻りましたが、雄大なワイオミング州の風景が今でも瞼に焼き付いています。

同行した親友ともメールでやり取りしていますが、ふと、自分の趣味に対する価値観が変化してきているような気がしました。今日は、その話題を取り上げることにしました。

Feriは、子供の頃から鉄道が好きで、写真撮影や模型づくりなどをやっていました。いずれも、出来映えが気になるもので、良くも悪くも「自分なりのこだわり」をもって取り組んでいました。

出版社に勤務してからは、諸事情から社内カメラマンとして活動していた時期もあるので、写真の出来映えには、非常にこだわってきました。何しろ、お客さまのお金を払っていただく訳ですから、それにふさわしいクオリティが求められます。

撮影角度や光線状態や場所の選択、障害物の有無など、色々と気を遣っていたものです。

その後、全く別の業界に転身し、写真撮影が完全な趣味の世界に戻っても、「こだわり」は持ち続けていたような気がします。まぁ、「染みついた習慣」ですから、そう簡単には消えませんね。

201905310004その後、ご存じのように趣味の範疇にオペレッタやオペラ鑑賞が加わりました。音楽ファンの方ならご存じのように、これらの舞台芸術は、形としては残りません。

ある意味、その場、その時に消費してしまう性格のものです。もちろん、最近では映像作品などが提供されるケースもありますが、あれは「全くの別物」。

 というのは、住まいから劇場に行くまでの街中、劇場での開演までの時間、そして上演が始まってからのお客さまの反応、お開きになってから住まいまでの帰路‥これらが渾然一体となって、記憶に深く留まるということを、この20年間で強く感じるようになりました。

そのため、来日公演では、今ひとつ現地の感動が蘇りません。

201905310003もちろん、映像作品や録音、写真を見れば、その舞台の思い出は蘇りますが、やはり「独特の雰囲気」は、再現できません。

記録も大切にしているFeriですが、それ以上に「その場に立ち会うことができた。その公演を体感することができた」ということに強い価値観を持つようになった気がします。

そのためなのか、「もの」に対する執着心が、急速に薄れているような気がします(自分用の土産物は買わなくなりました‥ブログネタは別ですが‥)。

今回、久しぶりに鉄道仲間の親友と一緒に撮影旅行を楽しみましたが、良い、悪いではなく、以前のFeriのように写真撮影に、ある種の「こだわり」をもって取り組んでいました。

もちろん、最高の条件で撮影できれば、お互いに大満足なのは言うまでもありません。

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May 25, 2019

番外編 Feriの北米遠征記(その5)-アメリカ遠征雑感―

201905240015昨日で一旦、おしまいにしようと考えていましたが、オーストリアと比較すると、色々と興味深い体験が多かったため、最終回は「まとめ」を兼ねて、色々な話題をお届けすることにしました。

入国は大変、出国は?
実は、今回、最も驚いたのはイミグレーションです。もちろん写真は撮影できませんでしたが、国際線の航空機を降機すると、まず大量に設置された機械を使って入国書類を作成します。ここでは顔写真の撮影に加えて、指紋の登録、入国目的なども端末からインプットします。

Feriはダラス・フォートワース空港で米国に入国しましたが、大きな空港なので、その設備も巨大。設置されている機械の数に圧倒されました。

201905240023この機械で顔写真も入った書類をプリントしてから、係員のいるブースへ向かいます。

書類に不備がなければ、係員の審査は非常に簡単です。なお、イミグレーションの係員はスマートフォン持っており、入国者が英語を十分理解できない場合、スマートフォンの自動翻訳アプリで対応していました。

ダラス・フォートワース空港では、ここでも追加で指紋の登録が行われました。ただ、Feriの場合、なかなか指紋が認証されず、時間を要しましたが‥

201905240010やはり、海外からのテロリスト入国には非常に神経を使っていることがよくわかります。

そして、アメリカから出国する時に、これまたビックリ。

ヨーロッパでは、空港によって、先にセキュリティチェックを行うケース(例:ウィーン・シュヴェヒャート空港)と、先にイミグレーションを行うケース(例:フランクフルト・アム・マイン空港)がありますが、アメリカでは先に厳重なセキュリティチェックを受けました。

久しぶりに靴を脱ぐように指示されました。空港によってセキュリティの設備は異なるようですが、Feriはボディスキャナーでチェックを受けました。

201905240021この段階でパスポートと搭乗券を係員に提示しています。その後、制限エリアに入り、出発予定ゲートへ向かったのですが、何と途中にイミグレーションがありません。

つまり、国際線も国内線と同じフロアなのです。結局、そのまま米国を出発する航空機に搭乗することに‥

ヨーロッパの場合、「テロリストの輸出」にも神経質になっているような気がしますが、アメリカの場合、「自分の国が最優先」なのかもしれません。

そのため、Feriのパスポートには、今回、アメリカ出国のスタンプはありません。

降機マナー雑感
201905240020Feriも日本国内や海外で航空機を頻繁に利用しますが、気になるのは降機マナー。機内でもアナウンスがあるように、本来はボーディングブリッジなどが接続されている出口に近いお客さまから順番に降機するのが基本です。

しかし、日本の場合、搭乗機が停止し、ベルト着用のサインが消えると一斉にお客さまが立ち上がり、通路を塞いでしまう光景が日常茶飯事。

ヨーロッパでは国によって若干異なりますが、それでも早めに立ち上がる人が多いような気がします(これはFeriの経験だけなので、断定はできませんが‥)。

今回、アメリカ国内の移動は席が中央部より後ろ側でした。そのため、前方の様子がよく観察できました。

201905240022すると、基本的に後ろのお客さまは、自分の席よりも前のお客さまが移動を開始するまで、自席で待機しているではありませんか。

また、機内に入れている手荷物を降ろすため、若干移動するお客さまもいますが、そのお客さまが、荷物を下ろして、移動を開始するまで待機。

降機に係員のアシストが必要なお客さま以外は、前から順番に降機していました。早く下りようと立ち上がりそうになったFeriは、正直、恥ずかしかったですね。

単通路の機材なので、結果として、この方が全員の降機はスムーズに運び、時間も短いようです。

これはアメリカ人にとって当たり前のことなのかどうかは、少ない搭乗経験では判断できませんが、貴重な体験でした。

LiqueurShop 201905240019ご存じの方も多いようにアメリカは州によって法令が異なるため、色々と戸惑うこともあります。その一つはお酒の販売。

ワイオミング州では、一般のスーパーマーケットでは、ビールなども含めて、お酒を取り扱っていない店が多く、LiqueurShopへ行くように案内されました。

ちなみにタバコについては、一般のスーパーマーケットでも販売していました。

201905240017興味深いのはガソリンスタンドに併設されている店舗またはコンビニエンスストア。こちらでは、ビールなどのアルコール飲料を普通に販売しています。

左の写真はDenverのガソリンスタンド併設のコンビニエンスストアですが、氷を詰めた平台でビールを販売中でした。もちろん、通常リーチインの冷蔵庫でも販売しています。

ただ、ハードリカーはおいていないところもありましたね。もちろん、飲酒運転は厳しく取り締まっており、運転中でなくても、車内で飲酒をしているだけでも取り締まりの対象となるという話を耳にしました。

201905240018ガソリンスタンドでのアルコール類販売は、オーストリアでも行われているので、この点は共通と言えるかも知れません。

逆にLiqueurShopは専門店だけあって、地方の街でも、その品揃えは見事です。ヨーロッパで見かけるシュナップスなども大量においてある店もありました。写真のように日本のビールも販売していました。

大都市圏のLiqueurShopならば海外の酒類を取り扱っていても不思議ではありませんが、人口が少ない地方の街だけに、ちょっと驚きました。どの程度、需要があるのか、興味があるところです。

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May 17, 2019

航空運賃雑感

201905160001今日は「日欧間の航空運賃雑感」です。

先日、ちょっと別件で原稿を書くため「Feriがオーストリアをはじめとするヨーロッパを訪問したときの記録」を探しました。

Feriが初めてヨーロッパを訪問したのは1979(昭和54)年。当時は、個人向けの割引航空運賃は存在しませんでしたので、観光では添乗員が引率する団体旅行が中心でした。いわゆる旅行会社が主催するパッケージツアーです。

また、これとは別に会社や組織が主催する団体旅行(視察旅行など)もありました。ただ、いずれも団体行動が要求されるため、個人的にやりたいことがある場合は不向き。

そんなニーズに対応するため、航空券と宿泊をセットにしたフリータイムのツアーが、航空会社系旅行会社から販売されるようになったのも、その頃です。

201905160002ちなみにFeriが1979年にヨーロッパへ行ったときは、「某教職員団体視察旅行」に往復だけ便乗させてもらうという「裏技」。もちろん大手旅行代理店が正式に発売していたチケットですが、一般には広く宣伝はされていません。

「海外旅行通」の中で、知られていたエアーオンリー(略称はエアオン)という種別です。

余談ですが、この時の利用航空会社はルフトハンザのアンカレッジ経由でした。ところが、他社のDC-10の事故で、同機が世界的に運行停止になってしまいました。そのため、出発直前に南回りに変更となりました。

その後、色々な旅行会社が、往復航空券だけを販売するようになりました。形の上ではパッケージツアーですが、実際には添乗員などは不在で、空港の指定集合場所でチケットを受け取り、後はご自由に‥というパターンです。

201905140003ただ、当時は、電子チケットなどが存在しなかった時代なので、全てIATA仕様のチケットを受け取っていました。今回も調べものをしていたら、懐かしのIATA航空券控えが出てきました。

さて、問題はお値段です。1979年の場合、6月下旬から7月上旬までの旅行で、航空運賃は265000円でした。この時は、フランクフルトで件の教員団体と別れて自由行動。そして、集合場所はパリの指定ホテルでした。

その後、1980年は301000円、1981年は285000円、1982年が323000円と推移していることがわかりました。

ちなみに、1981年当時、某大手旅行会社から提示されたプランは、エールフランス(パリ往復)が45日以内で285000円、日本航空(パリまたはロンドン往復)が11日~15日で295000円、KLM(パリ、ローマ、ミラノ、アムステルダム往復)が45日以内で275000円、SAS(パリ、ロンドン、フランクフルト往復)が3週間以内で285000円となっていました。

201905160005検討対象外でしたが、パキスタン航空利用のフランクフルト往復(もちろん、南回り)というのもありました。

出発日に関しても、実はデイリーではなく、曜日限定でした。これは通常の団体を優先させていたためかと思われます。

それが、規制緩和により航空会社が自社で格安航空券を販売する時代になり、状況が一変したのは、皆さまもご存じのとおりです。

当たり前ですが、ホールセラーと呼ばれる卸業者を経由して航空券を販売する場合、航空会社は手数料を支払う訳です。直接販売すれば、その手数料は不要。

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May 15, 2019

「番外編」の予告です

2019_05_150002オーストリアと日本で二重生活をしているFeriは、近隣のドイツなどには時々、顔を出しますが、最近では、EU以外の「外国」は、ほとんど訪問することはありません。

ところが、ひょんなことから旧友と北米を訪問することになりました。親友も定年退職となり、「おじさまの卒業旅行」といった赴きです。

場所は西部劇の舞台としても知られているアメリカ合衆国ワイオミング州です(実際には航空便の利便性から、コロラド州デンバーから入ります)。

北米対応のSIMカードをはじめとする通信手段を複数用意していますが、アメリカに上陸するまで、実際にインターネットにアクセスできるかどうか、わかりません。

また、今回は複数の同行者と一緒のため、ブログの記事を作成する時間を確保するのが困難な場合もあります。仲間との夕食をサボって、一人ホテルで、黙々とブログの記事をまとめるのも寂しいですから‥

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May 12, 2019

旧市街のバリアフリー化に思う

201905120001今日は「母の日」ですね。日本では赤いカーネーションを「母の日」にプレゼントするのが一般的ですが、オーストリアでも「Muttertag」には、チェコレートや花をプレゼントする習慣があります。

さて、今日は「旧市街のインフラにまつわる話題」をお届けしましょう。

今に時期、季節が良いですから、ウィーンの中心地は観光客の皆さまであふれています。まさに、「インバウンド需要の見本」のような都市。

ただ、どこかの国のように案内標識に外国語があふれるようなことはありません。

この当たり、考え方の違いかもしれませんが、やたらに特定の国の来訪者だけにサービスを強化する「どこかの国」とは、一線を画していると思います。

反面、力を入れているのが、誰にでも優しい街づくりです。かつてはバリアフリー化と言われていましたが、最近では「誰でも便利に」という視点でユニバーサルデザインと言われているのは皆さまもご存じのとおり。

地下鉄やS Bahnの各駅に設置されているエレベーター(リフト)なども、その代表でしょう。

201905120004日本では輸送効率を考えて、エスカレーターの設置に力を入れていますが、エスカレーターでは特殊な装備を付けないと車いすやベビーカーは利用できません。そこで、こちらではエレベーターの設置を優先しているようです。

さて、そんなウィーンですが、最近、旧市街を歩いていてふと、気づいたことがあります。それは、歩道と車道の段差がほとんど無くなっている道路が多くなっていることです。

写真はSchotten教会前ですが、ご覧にように車道と歩道の段差がほとんど無いのがおわかり頂けると思います。

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April 30, 2019

オペレッタとオーストリアにはまった「Feriの平成時代」

201904300012恐らく、今日は多くのブログやホームページ、SNSで「平成」にまつわる記事が沢山エントリーされると思います。という訳で、Feriも便乗です(笑)。

今まで、改元は天皇陛下が崩御されて行われていたため、厳かな雰囲気はありましたが、華やかな雰囲気はありませんでした。

今回は、現在、生きている日本人が初めて経験する、事実上の譲位。

そのため、こちらのミレニアムに近い盛り上がりを見せているような気がします。新元号で盛り上がっても「不謹慎」という声は皆無でしょうし、逆に、経済効果を狙っているフシもありますので‥

ところで、こちらに長く住んでいる友人は、元号というものを意識していません。当たり前ですが、日常、西暦以外を使う機会がないのですから、当然ですね。

201904300003しかし、ウィーンと日本で二重生活をしているFeriの場合、日本国内の仕事では、現在も西暦に加えて元号を使うケースも多く、元号か変わることには、感慨深いものがあります。

しかし、今年限り「国民の祝日」となった4月30日と5月1日に仕事を休んでいる人がどれくらいいらっしゃるのかが気になります。サービス業は、ほぼ全て通常営業でしょうし、商品を供給する会社(工場)や物流も営業しているはずです。

インターネットで日本のニュースを見ると「10連休」を連呼して、多くの人が移動している光景が報道されますが、現役世代で10連休をとっている方は、どの程度、いらっしゃるのでしょうね。

このような歴史的出来事であるにもかかわらず、休むことができない「今の日本」に疑問を感じることがあります。

さて、Feriは、昭和時代に某大学の電気工学部を卒業して、社会へ出ました。入学当初はエンジニアを目指していたのですが、オイルショックの末期にあたり、製造業の求人は限りなくゼロ‥

同期の仲間も、教職や営業などエンジニア以外の仕事に就きました。Feriは、学生時代からお世話になっていた某出版社に、そのまま就職することになりました。

この出版社に入社直後、偶然、「ヨーロッパへの扉」が開かれました。上司の代理として出席した某大手旅行代理店の行事で行われた抽選会で、何とユーレイルパスが当選したのです。ちなみにFeriはくじ運が良くありません‥

もちろん、会社の権利ですが、社長や上司が「せっかくだからFeriさん使って良いよ」という温かい言葉をいただき、就職早々、夏に取材名目でヨーロッパへ出かけることになりました。

201904300014この時、ウィーンを含むオーストリアを訪問したのが、「オーストリアの深みにはまる」きっかけでした。

その後、ヨーロッパに魅了され、毎年、夏に休暇をいただいて、オーストリア、ドイツ、スイス、イタリアなどを巡っていました。

務めていた出版社は月刊誌を出していたので、まとまった休みをとると、先輩や同僚に大きな迷惑をかけます。

そんな中、旅費は時前ですが、取材名目で休暇を取らせてくれた社長や上司がいなかったら、ここまでオーストリアにはまることはなかったと思います。

ただ、この時期は、クラシック音楽に興味はあったものの、劇場が夏期休暇の時期だったため、現地でのオペレッタ、オペラ観賞とは無縁でした。

そう言えば、この間、平成2(1990)年に、ドイツ統一により、ドイツ民主共和国(東ドイツ)がなくなりましたが、昭和時代に東ドイツに行ったFeriとしては、想像もつきませんでした(写真は当時の東ドイツでお土産物として購入したドイツ民主共和国の国旗)。

月日は流れて昭和が終焉を迎えた頃、長年お世話になった出版社を退職し、全く新しい仕事に就きました。友人の紹介で、産業教育の分野へ転身しました。

201904300013新しい会社に就職したのは、平成元年7月。もちろん、就職した直後は休暇など取得できませんので、前の会社を辞して、新会社へ就職するまでの短い期間にオーストリアを訪れました。

忘れもしないオーストリア航空日本就航直後のことです。帰国便でオーストリア航空のA310に搭乗しました。長距離国際線でA310に搭乗したのは、後にも先にも、これ1回です。

 ところで、産業教育(社員教育)は、実施時期の変動が激しく、ピーク時はほとんど休みはとれません。反面、お盆の時期や年末年始は、全く仕事がなくなります。

そこで会社としても、その時期、まとまった休暇取得を奨励していました。ある意味、メリハリの付いた働き方です。

大正生まれの父親が、膵臓がんで亡くなったのは平成4(1992)年のこと。その後、再び母との同居が始まりました。

平成9(1997)年、Feriの直属上司が独立開業することになり、Feriにも声がかかりました。ゼロからの新会社立ち上げは色々な意味で興味があったので、上司と一緒にお世話になった会社を辞して、新会社の立ち上げにかかわりました。

新会社の立ち上げが終わった頃、母は街中で転倒し、大腿部骨折という怪我を負ってしまいます。

手術も無事おわり、リハビリも順調に進んだことから、母親に自信を付けさせるため、平成10(1998)年のクリスマスに母をウィーンとザルツブルクへ連れていくことにしました。

201904300007両親はクラシック音楽のファンで、Feriの就職後、何回か海外オペラの来日公演チケットをプレゼントしたことがあります。それが行き先をオーストリアにした理由です。

この時点では、劇場でオペラなどを全く見たことがなかったFeri。さすがに予備知識ゼロで国立歌劇場での鑑賞は敷居が高かったので、Volksoperでオペレッタ観賞を組み込みました。

今と違ってチケットを直接買う手段が限られていたため、クレジットカード会社の海外チケット予約サービスを利用しています。

この時、観たのが「Die lustige Witwe」。Robert Herzl氏の演出による舞台ですが、正に「滝に打たれたような衝撃」を受けました。

“世の中に、こんなに楽しい舞台芸術が存在するのか”というのが率直な感想です。仮に、この時、Volksoperへ足を運んでいなければ、ここまでオペレッタに傾倒することはなかったことでしょう。

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