January 09, 2020

レンタルアパートの鍵事情

20200108006今日は「レンタルアパートの話題」をお届けしましょう。

最近、インターネットのホテル予約サイトなどを見ていると、ウィーンも従来のホテルやペンションに加えて、レンタルアパート(日本のウィークリーマンションに相当する物件)も増えてきました。

企業が複数の物件を運営しているケースもありますが、個人事業主が運営している物件も沢山あります。

レンタルアパートの場合、ほとんどはキッチン(簡易キッチンを含む)が付いているので、自炊が可能なので、滞在経費を安く抑えることができます。また、滞在中、基本的に係員が入室することはないため、自分のペースで生活ができるというメリットがあります。

外食を楽しみにしている方には、メリットが少ないですが、短期間でも「ウィーン子のように生活したい」と考えている方には、ベストチョイスかもしれません。

20200108005大げさですが、レンタルアパートで「最大の難関」は、「アパート玄関と部屋の鍵」を、どのように受け取るか‥という点です。

以前は、アパートの係員が利用者のチェックインに合わせて現地(物件の玄関)で合流し、鍵の受け渡しと設備の案内をしてくれるケースが一般的でした。

利用者にとっては、最も安心でいる方法です。しかし、最近では省力化(要するに人件費と手間の削減)のため、係員が手渡しするケースは激減してきているようです。

20200108002特に企業が運営を行っているレンタルアパートでは、その傾向が強くなっています。さらに、個人事業主の場合でも、オーナーが別の場所(一応、ウィーン市内には住んでいるようですが)に住んでいる場合、わざわざ夜間に出てくるのが面倒なので、無人で鍵の受け渡しをするのが一般的になってきました。

鍵の受け渡しは、キーボックスを利用するのが一般的ですが、問題はキーボックスの設置場所。通常、こちらのアパートは、玄関と居室は別の鍵を使用します。

そのため、まず、「玄関の鍵」を入手しないと棟内に入ることはできません。玄関脇にキーボックスがあり、予め指示されたPINコードでキーボックスから鍵を取り出せる場合は、問題はほとんどありません(左の写真は、玄関脇に取り付けられている某アパートのキーボックス)。

ただ、一般の住人が住むアパートの一室をレンタルしている場合、アパートの所有者から玄関脇にキーボックスを取り付ける許可がでない場合があるようです。

 20200108008トラブルが多いのは、キーボックスが棟内の部屋脇に付いているケースです。この場合、まず、どうやって棟内に入るか‥が最初のハードル。

指定された連絡先に電話を入れて、遠隔操作で玄関ドアのロックを解除してくれるレンタルアパートもあります。ただ、この場合、棟内にオーナーさんか管理人さんがいることが前提で、さすがに遠隔地から玄関ドアのロック解除は難しいようです。

また、携帯電話のSMSで連絡を入れて、ガレージのドアを開けるPINコードを送ってもらい、ガレージから棟内に入るという変則的な物件があることを耳にしたこともあります。

20200108003以前、Feriの友人が、某アパートを利用した際、物件の玄関前で運営会社に連絡を入れても、棟内に入る玄関のロックが解除されず途方に暮れたことがありました。

ただ、到着時間が比較的早かったため、そのアパートの住人が戻ってきたタイミングで、棟内に入れてもらい、事なきを得たとか‥ そのように考えると、現地で使える携帯電話の所持は必須かもしれません。

また、アパートの棟内に入る玄関の照明がタイマー式になっているケースがあり、途中で明かりが消えてしまうこともあります。そのように考えると、小型の懐中電灯を持っていると安心です。

棟内に入ってしまえば、部屋脇のキーボックから部屋の鍵を取り出し、簡単に入室できます。玄関脇にキーボックスがある場合は、この段階で部屋の鍵も入手できるので、さらに安心。

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January 01, 2020

雑感 「所用時間と移動距離」に思う

20200101100皆さま、新年、あけましておめでとうございます。厳密にはウィーンは、まだ2019年ですが‥ 日本にとって2020年は「TOKYO2020」が開催される記念すべき年ですね。

さて、2020年最初の話題は「長距離移動にまつわる雑感」をお届けしましょう。

実は、2019年は諸般の事情があって、ウィーンと日本を頻繁に行き来しました。さすがに二桁にはなりませんでしたが、一桁後半(笑)。乗務員さんにも呆れられてしまいましたが‥

国内線では希ですが、国際線のフランクフルト-成田間は、運用の関係で同じ機材が使われることが多く、同じ機番の航空機に数回搭乗しております。

201912120005直行便ならば多少は楽なのでしょうが、マイレージ会員の関係(上級会員を維持するため)で、全回、乗り継ぎ便利用だったので、慣れているとは言え、エコノミークラスなので正直、疲れます。

最も飛行中はほとんど寝ていますが、当然、ヨーロッパ-日本間のフライトは、それなりの時間がかかります。

現在、オーストリア・ウィーンと日本・東京の間は、直行便で11時間ほど(東京発は12時間ほど)と、随分、所要時間は随分短くなったものです。ヨーロッパ内乗り継ぎの場合、3時間ほど時間がかかりますが、それでも短くなったものです。

201912120004Feriが、初めてヨーロッパに行ったのは1979年でしたが、その頃は直行便はなく、途中で給油を兼ねて空港に立ち寄っていました。

代表的な経由空港はアラスカのアンカレッジでした。また、南回りの場合、アジアと中東で各1都市に立ち寄っていたと思います。

成田からアンカレッジ経由でヨーロッパへ行っていた当時、所要時間は日本からアンカレッジまでが6時間30分、アンカレッジでの滞在時間は1時間強、アンカレッジからロンドンまでが8時間30分ほどでした。アンカレッジでの滞在時間を含めて16時間ほどです。

201912120002一方、南回りの場合、経由地が多い分、時間がかかり18時間弱。

オーストリア航空が日本線を開設した当初は、モスクワ経由でしたが、所要時間は12時間30分程度に短縮されました。

更に途中、着陸をしないノンストップになってからは、11時間台に突入。

ちなみにFeriが、最後にアンカレッジ経由でヨーロッパに向かったのは1991年8月(JAL、成田-ロンドン線)でした。この時のフライトタイムは15時間21分でした。

201912120001この年の帰国便はアムステルダム発成田行き(KLM)でしたが、B747-400だったので直行便。所要時間は11時間20分ほどでした。

このように振り返ると、日本とヨーロッパの間も随分、所要時間が短くなったものです。

Feriが、学生時代、九州へ旅行する際に、よく利用していた列車が急行「桜島・高千穂」(1101列車)。東京を10時00分に発車し、東海道本線、山陽本線を経由して、門司には翌日の4時32分に到着。

20200101001ここで列車は別れて鹿児島本線経由の「桜島」は西鹿児島に11時43分に到着。一方、日豊本線経由の「霧島」は西鹿児島に14時20分に到着。

鉄道ファンだったFeriは、北九州地区への到着が早朝なのはベスト。もちろん、宮崎などへ行くにも使ったことがあります(宮崎着は11時01分)。20200101003

しかし、東京-宮崎間が24時間以上もかかる訳ですから、今の日本-オーストリア間の航空便よりも時間がかかっていました。しかも、車両は普通の客車。普通車は4人掛けのボックスシートです。リクライニングシートは、グリーン車だけでした。

もちろん、今では「常識」になっている冷房は普通座席車にはありません。

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December 20, 2019

Mariahilfer Straße今昔物語

20191219001今日は今の時期、最も賑わうウィーンの繁華街「Mariahilfer Straßeの話題」をお届けしましょう。

先日、日本に住むFeriの親友から懐かしい写真が送られてきました。1983年夏、一緒にウィーンを訪問した際に撮影した写真です。視点が高い理由は、当時、運航されていた2階建て路線バスから撮影したため。

Feriは、この写真を一目見て、場所がすぐに特定できました。Mariahilfer StraßeとNeubaugasse/Amerlingstraßeの交差点です(Mariahilfer Straßeを境に北側がNeubaugasse、南側がAmerlingstraße)。58系統の停留所名はAmerlingstraßeでした。

写っている路面電車は、U3の開業と同時に廃止された58系統です。当時、58系統はUnter St. Veit, Hummelgasse- Mariahilfer Straße-Burgring間を結んでいました。

20191219002日本で言えば、東京の銀座通りを走っていた都電といったイメージです。58系統はU3開業後、Mariahilfer Straße区間が廃止され、Westbahnhof-Unter St. Veit, Hummelgasse間になりましたが、このブログでもお伝えしたように2017年9月に廃止されました。

ウィーンに到着した親友とFeriは、この路線バスを見つけて、乗ってみようという話なったという訳です。都心側からWestbahnhof側を撮影しているのですが、順光になっているところから、午前中の撮影で間違いありません。

さて、この手の写真で気になるのは、写っている車両だけではありません。現在、街の風景やお店がどう変化しているかという点です。

という訳で、さっそく、この写真のコピーを持ってAdventで賑わうMariahilfer Straßeへ出撃して、定点撮影と街のチェックをしてきました。

20191219003あいにくAdventの時期で、通りに屋台が多数出ているため、同じ場所で撮影しても雰囲気が若干異なるのが残念なところ。

左奥に尖塔がある建物は今も健在です。しかし、35年間も経過すると、店舗は大きく様変わり。その中で現在も営業している店舗がありました。

それが、オリジナル写真の右側に写っている薬局とタバコ屋。いずれも規制業種なので、何となく継続営業している理由がわかる気がします。

ちなみに薬局は、先日、確認したところKREUZ APOTHEKEという屋号で、恐らく屋号も変わっていないと思います。しかし、それ以外は当時、営業していたホテルもなくなり、McDonald'sに代表される外国資本の店舗が入るなど、様相が一変しています。

オリジナルの写真では、Kodakの看板が見えますが、恐らく写真店だったのでしょう。今ではKodak社そのものが、なくなってしまいました。

20191219004建物については、一部は建て替えられて伝統的な姿から一変しているところも‥
ちなみに現在、尖塔のある建物1階はBAWAG PSKの支店が入っています。ご存じのように、この銀行は郵便局の金融部門が独立して生まれた合弁会社です。

現在、Mariahilfer Straße地下を走っているU3は、1991年4月、Erdberg-Volkstheater間が開業。Mariahilfer Straßeの地下を走るようになったのは、この写真の撮影から10年後、Volkstheater-Westbahnhof間が延長開業した1993年8月のこと。

なお、U3の両端が延長されて、全面開業したのは比較的新しく、2000年11月のことです。と言っても19年前ですね。

20191219005先日、ウィーン交通博物館Remiseで開催されていAdventmarktに出かけた際、「50 Jahre U-Bahn-Bau」というパネル展を行っていました。

年ごとに1枚のパネルにまとめられており、地下鉄建設工事中の興味深い写真が多数、出ていました。そして1990年のパネルには、Mariahilfer StraßeでのU3工事中の写真がありました。

ちょうどNeubaugasse駅を作っているところで、既に駅の躯体ができあがっています。

20191219006ご利用になった方はご存じかと思いますが、Mariahilfer Straßeは両側に建物があるため、上下2段構造になっています。

ウィーンの地下鉄は地上への影響が少ないシールド工法が採用されるケースが多いですが、液部分については、どうしても液設備が必要な関係で地上から掘り下げる開削工法が採用されます。

地上から掘削しているため、路面電車の軌道が変更されていることがよくわかります。この区間の営業開始は1993年ですから、開業3年前。ちょうど、工事が最も盛んになっていた頃の写真でしょう。

写真はWestbahnhof方面を撮ったもので、奥の左側には件の「尖塔の建物」が確認できます。

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December 13, 2019

2020年に開館20周年を迎える「Haus der Musik」

201912130004今日は音楽ファンにはおなじみの「Haus der Musikの話題」をお届けしましょう。

Feriも何回か訪問したことがありますが、たまたまお客さまが少なかった時、例の「指揮者シミュレーター」に挑戦したことがあります。結果は、惨憺たるもの‥楽団員からブーイングの嵐‥しかし、面白い企画(というかアトラクション)を考えたものです。

さて、「Haus der Musik」は2020年6月で開館20周年を迎えることになり、このほど、記念企画が発表されました。

2020年は、先日も当ブログでご紹介したように「ベートーヴェン・イヤー」に当たるため、関連する企画展示も行われることになっています。

2000年に開館した「「Haus der Musik」は目に見えないクラシック音楽をテーマにしたユニークな博物館ですが、様々な工夫により、体感型の魅力的な博物館になっているのは、皆さまもご存じのとおりです。

201912130003開館以来、延べ400万人のお客さまが訪問していますが、開館時の2倍以上になっていることからも、博物館の企画が優れていることが立証されています(とは、当局側の弁)。

なお、2005年、「Haus der Musik」を継続的に維持するため、ウィーンホールディング(Wien Holding)が買収して、今日に至っています。

2019年は、1月から10月の間に同館を訪問したお客さまは204000人。これは前年比14%増でした。2005年以降、博物館の展示内容もリニューアルされており、これが人気を集めている要因になっているようです。

また、開館20周年を踏まえて、展示のリニューアルも行われており、より魅力的な博物館になっています。

201912130002さて、開館20年周年を記念して、2020年3月から6月21日まで、記念プログラムが展開されることが発表されました。
現在、発表されている記念プログラムは、以下のとおりです。
-Freitag, 20. März 2020, ab 18.00 Uhr: Sinnesrauschen Festival
-Samstag, 21. März 2020, ab 18.00 Uhr: Sinnesrauschen Festival
-Montag, 15. Juni 2020: „20 Jahre Haus der Musik“ - Geburtstag
-Sonntag, 21. Juni 2020, ab 11.00 Uhr: „Haus der Musik Kindertag“ mit Marko Simsa, Bernhard Fibich und Gernot Kranner
-Sonntag, 14. Juni 2020: Publikumstag (KURIER-Museumstag)
-GKonzerte für Schulklassen mit Marko Simsa: Freitag, 14. Februar 2020 / Freitag, 17. April 2020 / Freitag, 2. Oktober 2020 / Freitag, 27. November 2020 (jeweils 9.00 und 10.30 Uhr)

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December 08, 2019

冬眠中のオーストリア航空日本線は3月12日から再開

20191207001今日は「オーストリア航空日本線の話題」をお届けしましょう。現在、冬眠(冬期運休)中のオーストリア航空日本線(OS51便、OS52便)ですが、先日、2020年の夏期スケジュールが発表されました。

同社の発表によると日本線は需要が高いため、予定より2週間早く運行再開に踏み切ったとのこと。

ウィーン発51便は3月12日(木曜日)、成田発52便は3月14日(土曜日)から運行されます。なお、冬ダイヤ中は機材がB767-300WLで、運航は週4便です。

-OS51便 ウィーン17時45分発、成田(翌日)13時15分着(火曜日、木曜日、土曜日、日曜日運行)、フライトタイム11時間30分

-OS52便 成田14時15分発、ウィーン18時35分着(土曜日)、フライトタイム12時間20分
-OS52便 成田14時50分発、ウィーン19時10分着(月曜日、水曜日、金曜日、日曜日)、フライトタイム12時間20分

20191207004その後、夏ダイヤ(ウィーン発3月29日)からは機材が本来のB777-200ERになり、週6便の運行となります。

-OS51便 ウィーン17時50分発、成田13時15分着(月曜日、火曜日、木曜日、金曜日、土曜日、日曜日)、フライトタイム11時間05分

-OS52分 成田13時35分発、ウィーン18時35分着(月曜日、水曜日、木曜日、金曜日、土曜日、日曜日)、フライトタイム12時間00分

20191207005この他、長距離路線では、3月29日(日曜日)から、初のボストン線が開設されます。就航時は週4便ですが、4月中旬から週6便に増便される予定です。

同社の長距離線用機材はB777-200ER(5機)とB767-300WL(5機)の2機種、10機。機材繰りが大変だと思います。

なお、2020年夏ダイヤではヨーロッパ内では、ルフトハンザ傘下のユーロウイングスからの移管も含めて、路線の再編成が行われることになっています。

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November 13, 2019

「ベルリンの壁」崩壊、30年に思う

201911120011今日は「ベルリンの壁が崩壊して30年」に関しての雑感です。このブログでも以前、お伝えしたようにFeriは、ドイツ民主主義人民共和国(DDR、東ドイツ)へ何回か入国したことがあります。もちろん、「ベルリンの壁」はもちろん健在で、東西冷戦下でのこと‥

最初に訪問したのは1979年でした。当時、ドイツ連邦鉄道(DB)では本線用蒸気機関車は引退していましたが、東側のドイツ国鉄(DR)では健在でした。この機関車を撮影する目的で、友人とともに訪問したのが最初です。

当時、日本からドイツ民主主義人民共和国へ入国するためには、事前の手続きが複雑でした。まず、同国内で外国人が宿泊できるインターホテルを日本の旅行代理店経由で予約し、バウチャーを発行してもらいます(支払いはドル建て)。

201911120018その後、このバウチャーを添付して、在日ドイツ民主主義人民共和国大使館でビザを発給してもらうというものです。Feriの場合は、ビザの発給も旅行代理店に依頼しました。

その際、入国に当たっての注意事項が書かれたリーフレットが手渡されます。ここには持ち込みが禁止されている品々が列挙されています。

今では考えられませんが、「西側の印刷物(雑誌、書籍など)」、「未撮影のフィルム」もリストに加わっていました。いずれもツーリストならば、必須のアイテム。

国境では厳格なイミグレーションが行われていましたので、最悪の場合、官憲に拘束される可能性がありました。

201911120014ただ、通常は見逃している(黙認している)のですが、当局が怪しい人物と判断した時には、「禁制品を持っていること」が拘束する「正当な理由」になる訳です。予め「罠が仕掛けてある」という訳です。

Feri一行は、まず夜行列車で西ベルリンに入りました。そして、Berlin-Zooから東ベルリンへ入国。当時、東ベルリンに関しては、日帰り観光も可能で、この場合、複雑な手続きは必要ありませんでした。

しかし、Feri一行の場合、その後の行程があるため、入国手続き後、最初に行うことは所持している外貨の申告です。これは外国為替管理法に基づくためで、出国時にも、同様の手続きを行います。

201911120017この差額が、同国内で消費した金額になっていれば問題ないのですが、当時、問題になっていたのが闇両替。同国では主に外国人が利用するドルショップがあり、オストマルクしか通用しないショップと異なり、豊富な商品が並んでいました。

ここはドイツ民主主義人民共和国の国民でもドルを持っていれば利用可能だったため、闇でドルを手に入れたいという国民が多かったようです(今で言うマネーロンダリング)。

そのような行為を取り締まるため、外国からの旅行者には所持している外貨の申告が義務づけられていたのです。

201911120019ちなみに地元の皆さまが利用できるお店は、品物も限られているのか、いつも行列ができていたことが印象的です。

入国した当日はベルリンに滞在。その翌日、列車でDresdenへ向かいました。Berlin-Dresden間も一部の列車は蒸気機関車が牽引していた時代です。

Dresdenでは、日本の援助で建設された高層ホテルに宿泊。このブログでもお伝えしたことがありますが、夕食では同ホテルの日本料理店を利用。

翌日はDresden近郊の狭軌鉄道を撮影してから、当時、大型蒸気機関車が集結していた小さな「鉄道の街」Sallferdへ。余談になりますが、数年前、音楽鑑賞でDresdenを訪問した際、この狭軌鉄道を30年ぶりに訪問しました。201911120015

現在は観光鉄道になっており、周囲の景色も一変しており、時代の流れを強く感じたものです。写真は2014年に訪れた時のものですが、向かって左側は昔の面影を残しているものの、右側は駅や線路も新しくなり、全く別の場所のようです。

Sallferdで現役、本線用蒸気機関車を堪能しましたが、駅の陸橋で写真撮影をしていると地元の方から声をかけられました。曰く、“あなたたちはNorth Koreaから来たのか?”。

当時、ドイツ民主主義人民共和国に来る東洋人は、圧倒的にNorth Koreaの方が多かったようです。もちろん観光ではなく、技術習得などのための留学(派遣実習)です。

201911120016実際、その後、同国の店を見学した際、North Korea製の文房具などを数多く見つけて、両国のつながりが深いことを知りました。
Sallferdで2泊したFeri一行は、国際列車でNürembergへ向かいました。西側ではユーレイルパスを使っていましたが、当然、東側のドイツ国鉄(DR)では使えません。そこで、現地通貨(DM)で国境駅Probstzellaまでの乗車券を購入しました。Berlinでは駅構内を歩いて入国したのですが、今回は列車での出国なので、雰囲気が全く異なります。

国境の駅では、各種検査のため長時間停車します。まず、係員が客室を回りパスポートをはじめとする必要書類のチェックを行います。この時、必要書類が揃っていないと、列車から降ろされて事務所での取り調べというパターンも‥ 

その間、密出国者をチェックするため、列車の下は軍用犬(ドイツ語の命令しかきかないジャーマンシェパード)が巡回しています。列車の周囲は、武装した国境警備隊が取り囲んでおり、物々しい雰囲気。

Feri一行は、Sallferd滞在時、本来、所轄のVOKS POLIZEI(市民警察)に出頭し、滞在許可を得る必要がありました。

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November 05, 2019

現地レポート Reumannplatzの今

20191104005今日は路面電車軌道敷きを公園に改装中の「Reumannplatzの今」をお伝えしましょう。

2017年9月、U1のOberlaa延長開業に伴って路面電車路線の再編成が行われました。その関係で、U1駅直上にあった路面電車のターミナル(67系統が利用)は廃止されました。

FeriはU1のOberlaa延長開業に立ち会ったので、ここに開業記念のオールドタイマーが走っていたのを、今でも鮮明に覚えています。せっかくなので、2017年9月のU1延長開業時の「Reumannplatzの様子」もご紹介しましょう。

行き先も人が多いOberlaaである上に、地下鉄との乗り換え駅だったので、多くのお客さまで賑わっていましたが、今は、写真をご覧になるとわかるように、工事用の重機が動いているだけで、閑散としています。

20191104007地図をご覧になるとわかるように、公園そのものは扇形で、向かって右側にはAmalienbadという市民プール(Hallenbad der Stadt Wien)があります。そして、従来は公園の中央を路面電車の路線が走っていた関係で、公園は分断されていたことがわかります。

それから2年の歳月が経過しました。日本だったら、速攻で、何らかの工事が始まりそうですが、恐らくマスタープランの検討と地元との合意形成に時間を要したのだと思います。

20191104006最終的な結論は、このブログでも、以前、お伝えしたように路線の廃止に伴い、軌道跡を道路に転用するのではなく、公園を拡張することになったものです。

左右の公園を一体化することで、緑、豊かな公園として再生しようというものです。都市部の温暖化防止が叫ばれている今日、道路への転用などは、もってのほか‥ということでしょうか。

20191104002Amalienbadですが、Feriは利用したことはありませんが、ウィーン市の資料を見ると大規模な屋内型プールで、メインプールには飛び込み台も設置されています。

また、サウナも併設されているため、色々な楽しみ方ができそうです。屋内型なので、ウィンターシーズンでもスイミングを楽しむことができます。

FeriがReumannplatzを訪問した時は、旧路面電車の軌道敷きを掘り返しているところでした。

20191104003写真を見るとわかるように、停留所のプラットホームは、既に完全に取り除かれているところもあります。

レールは撤去済みのようですが、こちらの路面電車は軌道がしっかりしているため、ある程度、掘り返してから整地をすることになるようです。事前に公表されている工程とほぼ一致しているところから、工事は順調に進んでいるようです。

また、従来、路面電車のターミナルとして商店なども併設されていましたが、今回の公園拡張工事にあわせて、廃止(恐らく別の場所に移転だと思います)されるようです。

20191104004まだ、撤去工事の途中なので、その全容はわかりませんが(そもそも公園の最終デザインが完成するのは2020年に入ってからですので‥)、2020年の夏には「緑豊かな公園」に生まれ変わることは間違いないでしょう。

そして、ここにOberlaaへ行く路面電車が発着していたことは、皆さんの記憶に残るだけになることでしょう。

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October 03, 2019

中国からのお客さま

2019100200119月も多くの皆さまにご覧頂き、ありがとうございました。9月ですが、14日が最もページビューが多かった日でした。 14日の記事は「謎のピクトグラムシリーズ」でしたが、9月、比較的アクセス数が多かった記事は、「佳子内親王殿下がオーストリアご訪問」。この他は、例によってオーストリア航空搭乗記が上位にランクインしています。

さて、今日は「観光客の話題」をお届けしましょう。
最近、ウィーン市内に限らず、オーストリアで見かける東洋からお越しになる観光客の皆さまは、圧倒的に中国系の方が多いような気がします。

逆に日本からお越しの方は、少なくなった(というか目立たなくなった)ような気がします。中国からのお客さまは、賑やかなグループが多いので、目立つため、余計に存在感があるのかもしれません。

最近、FeriはHallstattには行っていませんが、最近、日本からのお客さまを連れてHallstattに行った友人の話ですと、レストランの従業員さんから、“今日は勘弁して下さい。疲れちゃって。この後、まだ、団体さんが来る予定なので‥”。どんな様子かわかりませんが、中国からのお客さまが激増して、疲弊しているとのことでした。

201910020012さて、先日、友人を出迎えるため、ウィーン国際空港へ行った際、写真のようなバスを見かけました。中国からのお客さま専用の観光バスのようです。ウィーン市内でも、この手のバスをよく見かけます。

日本では、中国系の方が経営している観光バス会社が増えているという話を耳にしましたが、こちらの経営形態はわかりません。ただ、色々な分野で中国資本が入り込んでいますので、もしかすると中国系の会社が経営しているのかもしれません。

また、空港の広告も様変わりしてきました。写真はFeriが乗り継ぎでよく利用するフランクフルト・アム・マイン空港。ご存じのようにフランクフルトは、「金融の街」ですから、以前から金融機関の広告が多数出ていましたが、最近では、中国系金融機関の広告が目立つようになりました。

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September 29, 2019

アイデアの宝庫 空港のターンテーブル

201909270002今日は空港の「バゲイジクレイムの話題」をお届けしましょう。

最近は、日本でも手荷物を返却するターンテーブルに工夫を凝らすケースが増えているようですね。Feriは見たことはないのですが、「巨大な寿司」が回ってくる空港(大分空港が元祖だとか‥)、「ばんえい競馬のオブジェ」が回ってくる空港(帯広空港)などがあるそうです。

「巨大な寿司」が回ってくるのは、外国人に大受けだとか‥ターンテーブルを回転寿司に見立てた見事なアイデアですね。

201909270001以前、このブログでは、ウィーン国際空港のターンテーブルに「札束がはみ出したトランクが回ってくる」という話題を紹介しましたが、これはロトくじの宣伝でした(詳しくは2017年9月の記事をご覧ください)。

当たり前ですが、トランクからはみ出しているお札はもちろんダミーです。

このように無機質なバゲイジクレイムのターンテーブルに工夫を凝らすことは、荷物が出てくるまで待っているお客さまの気持ちを和らげる意味で、効果があるかも知れません。

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September 28, 2019

Salz Welten

201909280002今日は「アミューズメント施設の話題」をお届けしましょう。

今夏、Lungauを訪れて定宿を引き払い、Wienへ戻る時、馴染みの女将さんから「Salz Welten」というアミューズメント施設を紹介されました。

以前にもご紹介したことがありますが、LungauはSalzburg州に属しているため、観光施設やイベントを紹介してくれる際は、「Salzburg州限定」。

近くのSteiermark州内で面白そうなイベントをやっていても、紹介してくれることはありません。見事な「郷土愛」。

ご存じの方も多いと思いますが、Salzburg州には、以前の岩塩採掘施設を観光施設に転用した場所が何箇所かあります。

201909280003代用的なのは最近、中国からのお客さまが激増して話題になることが多いHallstatt(ハルシュタット)の施設でしょうか。

この他、Altaussee(アルタウスゼー)とHallein(ハライン)に開設されています。この中でアウトバーンからのアクセスが良いのが、Halleinの施設。イタリアとドイツを結ぶA11のHalleinから比較的近い場所にあります。

女将さんはFeriが、Wienへ戻ることを知っていましたが、Salz Welten Halleinに立ち寄ったら‥という意味でパンフレットと興味深いグッズをプレゼントしてくれました。

そして、大切なことだから‥という訳なのでしょうが、「Salzburg、Salzburg、Salzburg」と3回言われました。

201909280004ただ、その日は、午後からBad Fiscau-Brunnで友人と会う約束があったため、残念ながらSalz Welten Halleinに立ち寄ることはできませんでした。女将さん、ごめんなさい。

Salz Welten Halleinの岩塩坑では、新石器時代から採掘が行われていたという長い歴史があります。トンネルの総延長は64.72km、9層になっており、12kmほどは歩いていけるそうです。

ご存じのように、採掘された岩塩をはじめとする鉱物で得られた富は、ザルツブルク大司教が得ていました。

2019092800051559年から1617年まで住んでいたウルフ・ディートリッヒ・フォン・ライテナウは、塩取引から得られた利益をさまざまな目的に使用しましたが、ザルツブルク市内に現在も残るバロック様式の建物建設に使用されたと言われています。

現在は坑道の一部がガイドツアー方式で見学できるようになっている他、アトラクション施設に衣替えしています。

Salz Welten Halleinの興味深いところには、岩塩坑のすぐ近くに2600年前の世界、ケルト人の村が再現されている点です。

と、まぁ、これだと観光ガイドですが、Feriが気に入ったのは女将から頂いたグッズ。

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