June 11, 2017

番外編 謎の飛行機

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小耳に挟んだ話ですが、日本では6月11日は「傘の日」だそうですが、皆さまは、ご存じでいらっしゃいましたか?

日本洋傘振興協議会という団体が、暦の上で「入梅」にあたる6月11日を「傘の日」と定め、毎年ファッション性や機能性など傘の持つ多様な魅力の紹介にもつとめているそうです。

日本では、最近、傘=ビニール傘というイメージが定着してしまっているので、そういった使い捨て文化を払拭することも狙っているような気がします。

余談ですが、日本洋傘振興協議会のホームページには「世界の傘事情」という興味深い記事が掲載されているのですが、その中に「オーストリア編」がありました。その中で、SalzburgにあるKirchtagという傘の老舗が紹介されています。このエピソードは、後日、改めて‥

今日は、「ちょっと変わった飛行機のお話」です。

以前、オーストリアへの往復で頻繁に利用するドイツのフランクフルト・アム・マイン空港で、写真のような奇妙な飛行機を見かけました。

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一見すると、古くなった飛行機のようですが、機首部分が妙な形をしており、エンジン部分も変な感じです。

実は、この飛行機ですが、実際にお客さまを乗せて飛んだことがない、特殊な訓練用の実物大模型です。

この訓練というのは、航空機火災の消火と救助です。実際にガスバーナーなどにより火災をシミュレーションするため、機体は、通常の飛行機のようにアルミ合金製ではなく、耐火性の特殊な金属でできているそうです。

火災も機体だけではなく、エンジンからの出火、離着陸装置からの出火など、実際に想定される様々な場面を再現できるようです。

この訓練施設を使って、実際に航空機の消火や乗客の救助にあたる消防隊員の技術向上を図っているのです。

このような目的なので、機体のサイズは、実物大。エアバスA300、ボーイングB767クラスの大きさだと思われます。

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June 08, 2017

有償イベントに思う‥

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オーストリアの飲料メーカーRedBullが主催する「Red Bull Air Race2017」第3戦が、先週末、日本の千葉県・幕張市でが行われ、日本の室屋義秀選手が、第2戦サンディエゴに続く2連勝、昨年の千葉戦に続く3連覇を達成し、2017シーズンのポイントリーダーにも躍り出ました。

ちなみに、今回、2位はペトル・コプシュタイン選手、3位はマルティン・ソンカ選手でしたが、いずれもチェコから参戦しているパイロットです。

最近、日本ではNHKが、海外のレースを中継していることもあり、大変盛り上がったようです。

今年は、レースの合間に会場を盛り上げるサイドアクトに、アメリカで飛行可能に復元された零戦、ワールドツアーのブライトリングDC-3Aなどが参加したこともあり、多くの航空ファンで賑わったようです。

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インターネット上には、レースの模様と同時に会場を優雅に飛行する零戦やDC-3Aの写真が多数掲載されており、会場に出向けなかったFeriも、当日の雰囲気を知ることができました。

ただ、その中で気になったのは、有料の観覧エリアに入場せずに、場外から撮影している方が多いということです。

日本で行われる航空ショーの多くは自衛隊や在日米軍などが主催するため、入場無料が一般的です。それに対して、Red Bull Air Raceは、自動車のF-1などと同じく、高額な入場料を支払って見学するようになっています。

また、様々なサービスが提供される高額な観覧席もあります。

日本では、非常に高いという評価が定着しているのですが、こちらでは、ゼクトをかたむけながらレースを観戦するというのは、一般的な行為です。ある意味、対象は全く異なりますが、オペラ鑑賞と一緒です。

ただ、鑑賞する対象が空を飛んでいるため、結果的に観覧エリア外からも見えてしまう‥というだけの話。

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May 27, 2017

番外編 実用化に至らなかった「幻のジェット旅客機」

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今日は番外編として、「開発に成功しながらも、実用化に至らなかったジェット旅客機の話題」をお届けしましょう。

現在、日本では三菱がMRJという小型旅客機を開発しています。

現在、航空会社へ引渡の前提となる型式証明取得に向けて、過酷なテスト中ですが、「旅客機の実用化」というのは、本当に大変なようです。しかも、実績が乏しいメーカーの場合、仮に型式証明が下りても、売れる保証はありませんので‥

さて、今は無くなってしまった東ドイツ(ドイツ民主共和国、DDR)ですが、社会主義国家の時代は、一応、技術大国でした。

そんな東ドイツが、1950年代にジェット旅客機の開発に取り組んでいたことがあります。

ジェット旅客機の名称は「Baade 152(バーデ 152)」(BB-152、ドレスデン 152、VL-DDR 152、単に152と呼ばれることもあります)。

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ちなみにBaadeという名称は、同機の主任設計者であるBrunolf Baade(ブルノルフ・バーデ)氏の名前に由来するものです。152という数字は、戦前のユンカース社の開発プロジェクト番号から引き継がれていると言う話です。

Baad152は、ドレスデンにあったVEB Flugzeugwerke Dresden(VEBフルクツォイヴェルケ ドレスデン)というメーカーで1956年に製造され、1961年までテストが続けられました。

1956年と言えば、昭和31年。この頃、ジェット旅客機を自力で製造できたというのは、正直、驚きです。

最もドイツは第二次世界大戦中にジェット戦闘機を独自に開発した実績がありますから、技術の蓄積があった訳です。そう考えると、ジェット旅客機の開発も頷けるものがあります。

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この旅客機ですが、翼が胴体の上(高翼)がある上に、車輪が前後に並ぶタンデム式という、かなり変わった格好をしています。

それもそのはず。実はドイツの名門航空機メーカーであるユンカースの技術者が、ソビエト連邦で設計したジェット爆撃機をベースにしているからです。なお、エンジンは、4機(2機をまとめてパイロンで吊す方式)搭載されています。

しかしタンデム式は安定が良くないため、翼端に引き出し式の補助輪を取り付けていました。

同機は、全長31.4メートル、全幅26.3メートル、全高9.0メートルで、ナローボディで通路は中央に1本、座席数は48名~72名、航続距離は2000km程度だったようです。

機体サイズに関しては、現在、三菱が開発中のMRJとよく似ています。

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February 15, 2017

インボラアップグレードよもやま話

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今日は「航空便の話題」をお伝えしましょう。

オーストリアと日本を往復する頻度が高くなった最近は、航空運賃が大きな負担になるので、最近は、もっぱらディスカウントYを愛用しているFeriですが、以前、何回かファーストクラスに搭乗したことがあります。

もちろん、フルフェア(正規料金)で乗れるはずもなく、航空会社側の都合でクラスが変更となる「インボラアップグレード」です。

海外旅行経験の多い方はご存じかと思いますが、航空会社では、予めキャンセルが出ることを想定して、多めに予約を入れています。

とくに団体旅行のお客さまが大量に入っている場合、直前まで利用人数が確定しないことがあります。ところが、出発の当日、予約のお客さまが全て来てしまうと、飛行機の提供座席数を上まわるオーバーブッキングが発生します。

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その際、他のクラスに振り替えて、対応することがあります。これがインボラアップグレードと呼ばれるものです。

具体的には絵コンミークラスから、プレミアムエコノミーやビジネス、ビジネスからファーストといったケースが多いようです。

なお、最悪の場合、クラス間調整でも全員が搭乗できない場合、別の日に振り替えるケースも出てきますが、この場合、ホテルの費用なども航空会社が負担してくれます。

どういう基準でインボラアップグレードのお客さまを選定するかは、航空会社によって異なるようですが、基本的には正規料金による個人利用のお客さまが優先される傾向があります。

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さらにマイレージ制度が導入されてからは、利用運賃よりも利用頻度の高い「上級会員」が対象となるケースが増えているようです。当たり前ですが、どのお客さまがインボラアップグレードの対象になるかは、公開されておらず、

過去の経験則で予測せざるを得ません。おおむね、団体利用のお客さまが集中する時期に発生することが多いようです。

なお、希に団体旅行利用者でも、インボラアップグレードが発生することがあるようです(Feriの友人が、過去に経験しています)。

Feriの経験では、チェックインの際、カウンターの係員が、どこかへ電話をすると、おおむねインボラアップグレードになります。

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October 05, 2016

オーストリア航空からのプレゼント

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早いもので、オーストリア航空が日本線から撤退して1ヶ月が経過しました。皆さま、日本からウィーンへお越しになる場合、乗り継ぎになるので、不便だと思います。

とくに旅慣れていないご年配の個人旅行者の場合、ヨーロッパ内の空港はターミナルが別れていて、複雑なところが多いので、乗り継ぎには抵抗があるかもしれません。

Feriは、フランクフルト・アム・マイン空港経由が多いのですが、比較的規模が小さいミュンヘンやヘルシンキは乗り継ぎが楽なような気がします。

さて、オーストリア航空日本支社では、日本線撤退に合わせて、1989年に日本路線を開設してから27年間の感謝を込め、プレゼントキャンペーンを実施していました。皆さま、ご存じでしたか?

これは電子メールで応募するもので、抽選でオーストリア航空のオリジナルグッズが当たるキャンペーンです。

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賞品Aではボーイング777モデルプレーンが4名、賞品Bではオーストリア航空ロゴグッズセットが3名、賞品Cでは日本語版機内誌「一望千里」1号から10号アーカイブセットが3名となっていました。ちなみに、締め切りは9月20日でした。

Feriは、いつも閲覧している航空関係のサイトで、この情報を知り、「ダメ元」で応募してみました。

何しろ、「くじ運」が極端に悪いFeri。今まで、宝くじはもちろん、まともな抽選で、まともな賞品が当たった試しがありません。ちなみにFeriの家族も同じ傾向があり、「くじ運のない一家」なのかもしれません。

応募したのも忘れていたのですが、先日、オーストリア航空日本支社から、「当選通知」のお知らせが、電子メールで入りました。普通、この手のキャンペーンでは、当選通知を省略し、賞品のみを送るケースが多いだけに、珍しいですね。

ちなみにFeriが申し込んだのは、「オーストリア航空ロゴグッズセット」でした。開封して写真を撮ってもらったのですが、グッズの内容はメモ帳やノート、付箋、ボールペン、マウスパッド、クリアファイル、ステッカー、絵葉書、MOZALTのCD、ビジネスクラスのアメニティキットなどでした。

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September 11, 2016

オーストリア航空スペシャルマーキング列伝

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オーストリア航空の日本線最終日に、当ブログは近年では珍しい1700以上のアクセスを記録しました。

アクセスを頂いたページは9月4日の記事だけでなく、2016年4月の「速報 オーストリア航空 今秋、日本線から撤退」や、2016年8月の「オーストリア航空 日本撤退に思う‥機材編」など、複数の記事でした。

やはり、「それだけインパクトがあった」ということなのでしょう。

という訳で、オーストリア航空に関するオマケの記事をお届けしましょう。題して「オーストリア航空スペシャルマーキング列伝」です。

日本の航空会社でも、話題づくりなどのためにスペシャルマーキングを施すことがありますが、オーストリア航空も、ヨーロッパの航空会社の中ではスペシャルマーキングが多い方だと思います。

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スペシャルマーキングの中で、最も目立つ存在だったのが、「WINER PHILHARMONIKER」塗装のA340-300(OE-LAL、愛称:Wiener Philharmoniker)だと思います。

尾翼には、ホルンと金貨をミックスしたイラストが描かれていた他、機体にも金貨や楽器のイラストが描かれていました。日本にも飛来していたので、ご覧になった(もしくは搭乗した)方もいらっしゃると思います。

残念ながら、同機の引退とともに、“Wiener Philharmoniker”という愛称の航空機はオーストリア航空からなくなってしまいました。

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September 05, 2016

写真特集 Auf Wiedersehen Austrian Airlines Japan Flüge

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9月4日、成田から最終のオーストリア航空52便がウィーンへ向けて出発しましたが、Feriの友人が、成田空港へお見送りに行ってくれました。さっそく、その写真を送ってくれたので、皆さまにご紹介することにしましょう。

友人は普通の航空ファンなので、制限エリアに入っての取材はできません。恐らく出発ゲートでは何らかのセレモニーが行われたと思います。友人は第一ターミナルの送迎デッキで出発を見送りました。

9月3日の19時43分にシュベヒャート空港を出発したOS51便(B777-2Z9ER、OE-LPC、愛称“Dream of Freedom”)は、4日の13時23分に成田空港に到着しました。ゲートは第1ターミナルの31番でした。

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その後、折り返しの準備を行い、定刻より1時間遅れの14時45分にランプアウトしたそうです。

その際、スポットにオーストリア航空日本支社の社員や、成田でカウンター業務を受託していた全日本空の地上旅客係員らが見送りに出ていたようです。

また、52便も操縦席の窓を開けて、機長が手を振っていました。

混雑する時間帯だったため、離陸までに若干、時間がかかり、ランウェイ16Rから太平洋側に向かって15時13分に離陸しました。

太平洋側に離陸したので、その後、旋回して本州を横断して、日本海へ出て、シベリアに向かったようです。

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September 04, 2016

Auf Wiedersehen Austrian Airlines Japan Flüge

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オーストリアと日本を結ぶオーストリア航空の日本線が、本日のNRT発VIE行きOS52便を最後に「休止」となります。

オーストリア国籍の他の航空会社が乗り入れる計画がないため、路線権を確保するため「運休」という形をとっていますが、実質的には「撤退」と考えた方が良いでしょう。

1989年以来、27年間、オーストリアと日本を結んでいただけに、寂しい気持ちで一杯です。ただ、団体旅行専用のようになってしまったことが、結果的に収益性を下げてしまい、経営状況の厳しいオーストリア航空にとって、維持する魅力がなくなった‥ということでしょう。

何しろ、ヨーロッパの各国は、商売相手として中国を選んでいますからね。

路線開設当初は、東京・日比谷にシティオフィスがあり、やる気満々だっただけに、終わり方が何とも寂しい限りです。

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9月3日のOS51便ですが、定刻よりも2時間ほど遅れて、19時43分にシュベヒャート空港を離陸しました。シップはB777-2Z9(ER)、レジストレーションはOE-LPCでした。

この遅れの背景ですが、実は9月3日に成田を出発したOS52便と同じシップが使われていることが要因のようです。成田到着も通常より、1時間遅れるようです。

通常とは違う運用になったのは「大人の事情」があるのかもしれません。

成田から撤退した航空会社では、ヴァージンアトランティック航空のラストフライトがなかなか感動的だったようですが、オーストリア航空はどうだったのでしょうね。

代わって9月5日からは、香港線の就航が始まります。ダイヤは、以下のようになっています。

-OS67便 ウィーン(VIE)17時50分発、香港(HKG)11時25分着
-OS68便 香港(HKG)12時55分、ウィーン(VIE)19時25分着

このように、概ね日本線を踏襲したダイヤになっています。ただ、香港での折り返し時間(ターンアラウンドタイム)が1時間というのは、長距離国際線では、かなり無理のある設定なので、また遅れが日常化しそうですね。

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August 08, 2016

オーストリア航空 日本撤退に思う‥機材編(下)

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今日は一昨日、昨日に引き続き、後1ヵ月で日本から撤退する「オーストリア航空の機材の変遷」をご紹介しましょう。

今回、オーストリア航空を中心に機材の写真を紹介していますが、同社では、1957年の発足後、ロゴを3回、変更しています。

1972年から採用されたロゴはA310にもペインティングされていたので、ご存じの方も多いでしょう。

その後、1995年に書体がスリムになったロゴに変更されました。そして、社名の下にはグラディエーション加工の帯が入っています。

このデザインはA340にも採用されたので、日本の皆さまにもおなじみかと思います。

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Feriは、このデザインのA340がスマートで最も気に入っていました。特に尾翼がオーストリア国旗をイメージした塗り分けになっていたのが、良かったですね。

そして、2003年からロゴが細くなり、グレーの影がついたタイプに変更されました。これが、現在の塗装になっています。

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B777は最初から、2003年のデザインですが、A340については、途中から塗装が変更になっています。左の写真は、新塗装になったA340型です。両者を比べてみると、旧デザインの方が美しいと思うのはFeriだけでしょうか。

右の写真が、最新の塗装になったA321型です。よく見ないと、どこが変わったのかはわかりませんね(笑)。見分けるポイントは、エンジンの塗り分けです。

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August 07, 2016

オーストリア航空 日本撤退に思う‥機材編(中)

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今日は昨日に引き続き、後1ヵ月で日本から撤退する「オーストリア航空の機材の変遷」をご紹介しましょう。

1987年から定期便の運行をはじめたラウダ航空はバカンスのお客さまを取り込むため、拡大路線を続け、1998年頃には、以下のようなフリートになっていました。

-B737-300:6機(2機は発注中)
-B767-300ER:6機
-B777-200ER:4機(3機は発注中、1998年10月以降、デリバリー)

興味深いのは、本来はラウダ航空が発注したB777のうち、3機はラウダ航空が健在なうちに引渡を受けましたが、4号機(OE-LPD)については、ラウダ航空がオーストリア航空に吸収されてから、引渡を受けた関係で、発注元もオーストリア航空に変更になっています。

そのため、ボーイング社のカスタマーコード(発注した航空会社を識別する2桁の記号)が1号機から3号機と4号機では異なっています。マニアックな話題ですが‥

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オーストリアの航空会社は、大規模な航空機事故とは、ほとんど無縁なのですが、唯一、乗客・乗員が全員死亡した事故が起こったのが、残念ながらラウダ航空です。

1991年5月、ラウダ航空004便(B767-300ER)がタイで墜落し、乗員・乗客223名が全員、亡くなっています。

この事故によって、ラウダ航空の経営状態が思わしくなくなり、結果としてオーストリア航空との経営統合に踏み切ることになります。

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なお、ラウダ航空自体は、名称を変えてチャーター専用の航空会社(Austrian myHoliday)として、再出発しています。

オーストリア航空との経営統合によって、同社のフリートは、大部分がオーストリア航空に引き継がれます。当初はB737などは、ラウダの塗装のままでしたが、その後、オーストリア航空の塗装に塗り替えられています。

しかし、使用する機材の種類が多いことは運航コストの面で降りになるため、B737については、2013年までに全機退役しています。

ところで、ニキ・ラウダ氏は、自分が立ち上げた航空会社がオーストリア航空に吸収されたのが面白くなかったようで、2003年にドイツのアエロ・ロイド航空のオーストリア子会社アエロ・ロイド・オーストリア(Aero Lloyd Austria)を買収し、LCCのニキ航空(NIKI Luftfahrt GmbH)を設立しました。

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その際、エア・ベルリンの支援を受けたことから、現在ではエア・ベルリンの傘下に入っています。しかし、このバイタリティには頭が下がりますね。

話をオーストリア航空に戻すと、同社も拡大路線をまっしぐら。フリートもエアバス系が増えて、充実してきました。

1998年頃のフリートは、以下の通りになっています。

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